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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
1/85

月と犬

 犬が、見ていた。

 油断したと思う。このあたりの川原で、野盗がいると思っていなかった。街道を外れている。まともな人間が夜を過ごす場所ではない。野党が待ち伏せするには、効率が悪すぎる。

 でも、現実的にそれに出くわしている。前にいる男は兜と胴丸に袖つき。籠手(こて)脛当(すねあて)も身につけ、そこそこの重武装だ。

 そして、さらにふたりいる。背後に感じる。

 かなり、まずい。

 保護対象は、真後ろだった。これを守って、さらに3人を斬る必要がある。

 右後ろは、弓だろう。左後ろは、保護対象を捕縛しようとしている。前方は重武装でこちらを引きつける気だ。

 川面を風が動く。焚いていた小さな火が、パチパチと音をたてる。


 何かが、動けばいい。

その隙さえあれば、弓に匕首(あいくち)を放てる。振り返って、左後方の男を斬る。首から上の数寸で十分だ。

 目の前の防具は、上から叩き割るか、防具のないところを突く。

 それが関長生(せきのながたか)の活路だった。

でも、きっかけがない。保護対象に向け、長く大きな手を広げて言う。

「娘、動くな。お前の位置が変わると、算段が狂う」

 後ろで保護対象がうなずいてくれた。これで、活路が残った。


 月が出ている。満月。明るさは双方に利した。だが、長生にはありがたかった。相手の位置が把握できた。

 待つしかない。瞬間のきっかけを。たぶん、右後ろの弓が動く。それを避けさえできれば……。

 そう思った瞬間だった。岩の上の犬が月を見た。天を向いた。

「オォオーン!」

 吠えた!

 包囲網が驚いた。長生は右後方へ左手で匕首を放った。弓手の右目に当たった。そのまま、右腰に吊った太刀を握る。

「えおぉっ!」

 飛ぶと同時に切っ先が走る。左後方の賊の額をかすめた。十分!

 振り返る。前に飛ぶ。犬が防具まみれの男の前で吠えていた。それを見た分だけ、防具は遅れた。これも十分!

 長生はまっすぐに突いた。防具のない、胴丸の上。喉だ。

 貫いた。

 さらに左腕をひねる。兜を頂いた頭が不可思議な角度になる。命を絶った。


 太刀を抜くと同時に振り返る。右目を失い、悶絶していた弓手に迫る。左後ろにいた男は脳を絶たれ絶命していた。

「娘をねらったか?」

 喉元をつかみ、口に切っ先を突っ込んでいた。舌は切れていただろう。

 男は涙を流しながら、うなずいた。

 長生は少しだけ目をつぶり、次に左腕を突きだした。太刀は弓の男の喉を貫き、3人目が死んだ。


 (むくろ)となった男の衣で太刀をぬぐう。弓と矢をもぎ取った。

 振り返ると、犬が骸の匂いを嗅いでいる。恩のある犬だった。人肉を喰らわせたくはない。

「犬っ!」

 強い声で言う。犬と目が合う。

「そんなもの、口にするな。よく見ろ」

 言って、手にした弓に矢をつがえる。放つ。バサバサッと音が鳴る。

「とってこい。戻ってきたら、食わせてやろう」

 すると、犬の顔が変わる。

(ホンマですか?)

 そんな顔になった。大喜びして走る。

 長生は保護対象である娘を見て、少し笑う。

「すまなかった。ここは血の匂いでむせる。場所を移そう」

 娘はうなずいた。


 川沿いを歩き、さらに丘へ離れた、林の中に場所を置いた。

 犬は、なぜか射た鳩をくわえて長生らの元に戻ってきた。娘がうれしそうに犬をなでていた。長生は鳩の首を打ち。血を抜き、羽をむしった。はらわたを抜き、いくつかの草を突っ込み、火に投げ入れる。

 肉が焼ける匂いがする。娘は犬と遊んでいた。

「真っ白でキレイな子。お月様みたいやわあ。お前をツキと呼ぼう」

 娘は笑っていた。たしかに、犬はツキを呼んだ。おかげで生きている。いい名かもしれない。

 焼けた鳩を長生は太刀で割った。

「ツキよ。褒美じゃ。食え」

 そう言って投げる。

(こんなにいただけるんですか!)

そういう顔をして、犬はうれしそうにかぶりついた。

「ワシらは、これを食おう。ツキにやったとこと違い、ちゃんと塩もした。うまいぞ」

 残った部分の食いやすいところを娘に渡す。

「おいしい。鳩って、こんなにおいしいんやね」


 本当の名は、長生も知らない。「ヒナギク」と呼ばれてきた。鎌倉まで送れと、依頼されていた。

「ヒナギクの素性は聞くな。ただ、鎌倉の足利屋敷に連れていけばよい」

 長生にそう言った男は、どこか雅やかで、かすかな京なまりがあった。

 うまそうに鳩を口にする娘を見る。15をいくつか過ぎた歳だろう。暗く、下ばかり見ているように思えたが、虎口を脱したからか、犬と戯れたからか、腹が減っていたのか、元気に食っていた。

「何? 私の顔になんかついとる?」

 素直な言葉に、長生は笑った。

「いや、闊達なところをはじめて見た。少し、驚いている。ついでに、口の周りが脂まみれだ」

 娘はあわてて口をぬぐう。少し、非難めいた目で長生を見る。

「いじわる言うな。お腹空いてた。長生なんか信用してなかった。でも、ツキが来た。野盗も来た。長生が私を守ってくれるのを知った。お前は強いともわかった」

 長生は少し面食らう。この娘の不安が、ようやくわかったからだ。誰だかわからない男に預けられ、野を枕に寝てきたのだ。

「すまなかった。信用してくれ、とは言わないが、私がそなたを守るのはたしかだ。それは理解して、心を安んじてほしい」

 娘がまだ骨をかじっている犬を見る。少し笑い、長生を振り返る。

「アンタ、ツキに人を食わせるのを嫌がった。こんなおいしいもんを犬にやった。私にも、おいしいところくれた。悪くない」

 長生は少し不思議な気分になる。褒められた、そんな気になったのだ。

「ツキっ! 今日は一緒に寝よか? 互いに寒くない。少しだけ幸せになれるぞ」

 ヒナギクは言う。

(あたたかいのは好きです)

そんな顔で、ツキはうれしそうに走ってきた。


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