Smile though your heart is aching.
スマホで共通テストのニュースを見ながら、私は大きな欠伸をした。
共通テストなんて受けたのは、もう、何年も前の事で、その時こそばかりは必至な思いで勉強をしていたものであるのだが、いざ、合格してしまったり、大学に入学してしまえばこっちのもので、その必死さというのは薄れてしまってしまうのであった。
朝に最寄りの喫茶店に行っては、コーヒーとスマホを片手にだらだらするだらけ切った日常だ。
「おや? マスター、その鏡は?」
カウンターの真ん中頃に座っていた私は、カウンターの一番端の席、壁に接する席に小さな鏡台が置かれているのを見つけた。今まで、そのカウンターには何も置かれていなかったはずだ。少なくとも昨日までは。
「いやな、実を言うと、奇妙な客が置いていったんだよ。なんでも、この店は辛気臭いからって」
「その辛気臭いのが気に入っているんだけどなぁ」
マスターに断りを淹れてから、私はその鏡台の前に座った。なんてことはない。小さな手鏡程度の鏡台である。より正確にいうならば、卓上ミラーとでもいうのが正しいだろう。安っぽくはないが、かと言って、高そうという訳でもなさそうな代物である。支柱部分には、口角を上げよ、と彫られているのが見て取れた。
私はその通り、口角を上げてみた。
不器用に笑って、潰れた顔が見える。
指を話すと、そのまま顔が笑っていたので、なるほど、効果はありそうだと思った。
からんからん、と扉に取り付けてある鈴が鳴る音がして、来客が入ってきた。
目を向ければ、いかにも不幸のどん底というような女である。
私は、女の為に鏡台の置かれている席から元の席に戻ると、今まさに、自分が座っていた席へと女を座るように促した。マスターは心得たというように、女をその鏡台のある席へと案内し、適当に注文を聞く。
女はしばらく悲嘆に暮れていた面持ちであったが、鏡台に目が向くと、私の目論見通り、くいっと口角を指で押し上げた。そして、鏡に映った自分の顔を見て笑顔を見せ、その馬鹿馬鹿しさに心を前向きにさせてい
女は突如、鏡を床に投げ捨てた。
「こんな! 笑顔で! 悲しみが消えると思うな!」
私とマスターを交互に見ながら、女は言って、そのまま、どかどかと大きな足音を立てながら店を出ていった。
あの様子ではしばらく幸運は来そうに無さそうである。
「じゃ、よろしく」
ぼんやりとそんな風に思っている私に、マスターが塵取りと箒を手渡してきた。