【2】
自分の作った料理を自画自賛しながら2本目の缶ビールを手に持ったその時、ふと庭の隅の方で何かの気配を感じてそちらの方へと視線を移した。
庭の隅、月や部屋の明かりが届かず暗がりになっている場所で何か動いたような・・・目を懲らすと、暗闇の中に確かに何かの形が見える。
「ん?」
漸く暗闇に目が慣れてきたのか、段々とはっきり見えてきた大きな物体は時折ピクリと動いてはいるが、かなりグッタリしている様子の大きな真っ黒な犬。
「君、具合悪いの?大丈夫?!」
縁側にあったサンダルを履いて急いでそちらへと近寄ると、虚ろな目でチラっとこちらを見るも逃げる様子すら見せず、ただそこに横たわり、見知らぬ人間を見ても警戒する訳でもないし吠えもしない。
静かに手を伸ばし犬の背中に触れると、犬は一瞬ビクッと体を揺らした後、重そうな瞼をゆっくりと開けてこちらに視線を向けた。
こちらに向けたその瞳は・・・シルバー?
こんな色の瞳の犬は初めて見た、綺麗な瞳。
「心配しないで大丈夫だよ、具合悪いなら家においで・・・って、動けそうもないし自分で来るわけないよね、よし!」
気合いを入れて犬の前足の下に腕を回し持ち上げ、抱き締めるように持ち上げたはいいが、予想以上の重さで上半身がやっとだ。後ろ足は引きずる形となってしまったが、縁側の上まで何とか押し上げた。
その間、犬は少しビクビクしていたが暴れる様子もなく完全にされるがままの状態だった。
「余程具合が悪いんだね。それにしても君デカいなぁ」
そっと背中を撫でると、その毛質は柔らかく手触りもとても良く気持ちがいい。
「片手にビール、片手にモフモフ、ていうか今のこの状況って最高の癒しじゃない!」
左手は犬のモフモフの完全に虜になり撫でる手を止めずに、右手は箸で鶏の照り焼きを摘み口に入れようとしたその時、僅かに反応したシルバーの瞳と視線が重なった。
「もしかしてお腹空いてる?鶏肉食べれる?」
手のひらに鶏の照り焼きを乗せて犬の口の前に持っていくと、鼻を近づけクンクンと匂いを嗅いだ後、恐る恐るという様子で鶏の照り焼きを口に含んだ。
鶏肉を口に入れ一度咀嚼すると、途端に目が煌めいたと思った次の瞬間には、まさにモリモリと言う表現がピッタリと言う勢いで犬は鶏の照り焼きを食べて飲み込んだ。
「ふふふっ、君はお腹空いていたんだね。鶏の照り焼きが気にいったならもっと食べる?」
鶏の照り焼きのお皿ごと犬の口の前に置くと、顔を少しだけ持ち上げガツガツと食べ始めた。
「いっぱい食べて元気になりなよ~。元気になるまでここに居てもいいからね。あ、でも家の人は君が居なくなって心配しているかもね~」
犬は鶏の照り焼きを食べ終えるとお腹が満たされたのか、瞼を閉じたと思うとすぐにスースーと寝息が聞こえ始めた。
「何この子、可愛すぎ~」
犬の寝顔と残っている料理をツマミに、3本目の缶ビールのフタを開けた。
いつもより楽しい気分で晩酌を終えると、ひとまずテーブルの上を片付けた。
さて、この寝てしまった犬はどうしよう?
そのままにはしておく訳にはいかないので体を少し揺すってみたがピクリともしない、完全に爆睡中のようだ。
うーん、仕方ない。
犬の上半身を抱きかかえ、また後ろ足を引きずり居間の中へと運び入れた。
「ふぅ~、汗かいた」
犬を運ぶだけでかなり重労働をした気分だ。
犬を居間のカーペットの上に運び、その大きな体にそっとタオルケットをかけた。
よし、これで安心して私も寝れる
戸締りをして自分の部屋へと向かった。
翌日の朝、起きて居間に行くと犬はまだ寝ているようだったので起こさないように静かにキッチンに向かい、コーヒーを煎れ飲みながら朝食の準備を始めた。
今朝はトーストと目玉焼き、レタスを少しとウィンナーを焼いてお皿に盛り付けた。お皿を持ち居間の方に振り返ると、いつの間にか目を覚ましていた犬と目が合った。
じっーとこちらを見つめる犬。
でも見ているのは私ではなく、その視線は確実にウィンナーに向いているようで、犬の口元は今にも涎が垂れそうだ。
焼いたウィンナーっていい匂いするもんね
もう一度キッチンに戻り、冷蔵庫の中に残っているウィンナーも全部焼き、ウィンナーだけ別のお皿に盛って犬の前に置くと、寝そべったままだが輝きが増したシルバーの瞳、そして盛大に左右に揺れている尻尾。相当嬉しいのか、目の前のウィンナーを顔を少し上げて勢い良く食べ始めた。
ハグハグとウィンナーを食べる犬を微笑ましく眺めながら、自分もトーストを齧りコーヒーを啜った。
犬はウィンナーに満足したのか、また眠りについたようだが、その顔は笑みを浮かべているようにも見えた。
「可愛い~。でも犬に人間と同じ物与え続けてたら駄目だよね?犬って何食べるんだろ?」
飼い主が見つかるまでで、決して長く飼う訳では無いから、ドッグフードを買うのはな・・・
蒸し鶏とかでいいのかな?ササミとか?
スマホを取り出して犬の食べ物を検索していたはずなのに、気づいたら色んなサイトに飛び服や酒、お菓子などを見ていた。まぁ良くある事よね~
本当は部屋の掃除したいんだけどね、寝てる犬を起こしたら可哀想だし・・・なんて犬をモフりながら考えていたはずか、ウトウトといつの間にか眠りに落ちていた。