マンザイ魔法と少女とノコギリと
自由自裁、通称ノンスタイル。
一定のリズムで右側の太ももを叩き続けることで爆発的な笑魔法を発動し続ける、この新たなシステム。唯一無二であるがゆえに、このシステムは使い手の男を世界の頂点へと立たせた、言わば奥義。
しかしながら、『モウエエワ』を唱え終わったときに、少女から返ってきたのは笑いではなかった。
ごめんね。
少女はそういって、すぐそばに立つ男の腹を裂いた。脳を焼くような痛み。ずるりと何かがこぼれ落ちる。
「きゃは、キャハハハハハ!」
少女は嗤う。
それは、笑わせたのではなく笑われた。男にとって敗北を意味した。
◆
「死んだわ俺」
「蘇った一言目がそれですか」
顔馴染みの神官が魔力消費の少ないツッコミを返す。やはり良い腕をしている、と男は感心する。
「俺と組まないか」
「神に仕える方が生活が安定するので、嫌です。 それで、今回もあの少女ですか?」
あの少女。
彼女は、本当の笑いを知らず、狂気による笑いしか知らない。さっき、男の腹を裂いた少女だ。
「ああ」
神官は、棚から酒を引っ張り出してきて、椅子にどっかり座った。
「今回はどのシステムを?」
「自由自裁だ」
「なんと」
神官の目が驚きに見開かれる。単に、酒をこぼしたから驚いただけかもしれない。
「都市崩し(ダウンタウン)システムも、挟劇男システムも、あの子には届かなかった…………」
「落ち込んでる感じ出てますけど、口元ニッコニコですねあんた」
「次は……そうだな。 セオリーを壊してみるか」
「今度こそ死んでも蘇生しませんからね」
◆
魔法の始まりは『ハイドウモ』であり、終わりは『モウエエワ』。その二本の足で地面に立ち、詠唱中はあまり大きく移動できない。
これは、魔法の絶対的ルールである。『モウエエワ』は『イッタンヤメサセテモライマス』や『アリガトウゴザイマシター!』といったアレンジを加えることも可能であるが、『ハイドウモ』に関しては変更すると魔法が魔法でなくなる。
ゆえに、セオリーをぶち壊すには、詠唱の中盤部分。
ということで、立つことをやめてみた。
「それは魔法じゃないんじゃない……? ごめんね、私にはわからないの。 ほんとうにごめんね…………」
トスンと刺されて、男は死んだ。
少女の哄笑が響き渡る。
『愛しき呪文』は破れたのだ。
◆
「どうも、少女(審査員)には響かなかったみたいだ」
「二年後くらいにリベンジできるんじゃないですか?」
いつものごとく教会である。
なんだかんだ言って、男をちゃんと蘇生するあたり神官はツンデレっぽい部分があるらしい。
「そろそろ諦めません? 毎回毎回、ゲラゲラ嗤いながらあんたを引きずってくる女の子の相手をするの嫌になってきたんですが」
「今回で掴めた。 詠唱を言葉でする必要はないんだ」
「人の話聞けよ、おい」
◆
ギュイーーーーーン! と、男の秘密兵器が唸りをあげる。
少女は顔をしかめた。
「やっぱり、私あなたに殺されちゃうの?」
「は?」
男は意味がわからなかった。
「だって、それ……」
処刑道具として有名な魔道ノコギリである。少女にはこの男から恨まれる心当たりが多すぎる。
「ああ……何を勘違いしているかと思えば。 これはそんな無粋なもんじゃあない。 もっと高尚な」
「…………」
「君を、本当の意味で笑顔にできる、神聖な道具さ」
男は手近な木に近づく。
「さあ──いこうか」
それは伐る道具ではない。
それは人を傷つける道具ではない。
それはもっと。
もっと。
だいじな。
音を奏でる。
楽器なのだ。
空に音が響く。
ギューギュギュギュギューギュギュ!
それはやさしいおと。
それは風に触れるような音色で。
ギューギュギュギュギューギュギュ!
呆気にとられた少女に語りかける。
笑って良いのだと。
世界は広いのだと。
──果たして。
「ふふ」
男は死んでいない。
「はは、あははははは!」
少女は笑った。
◆
「ということで、やり遂げた」
「おめでとうございます。 それはそれとして、なんであんた死んでんだよ」
「操作ミスでちょっと……」
危険なので良い子は気を付けなければならない。
「神官。 俺は、あの音色に、主神の名をつけようと思う。 一人の少女を救ったんだ、赦しをくださるだろうさ」
「勝手にしてください」
「ありがとう」
その優しい音の名は──。
アホノサカタ。