落ちこぼれ『俺は主人公じゃない』
ズキン、と頭が痛む。
森の中で戦闘中だった俺は、思わず頭を抱えた。
大木の影に体を隠し、息を吐く。
「……またかよ」
この頭痛は昔から稀にあった。
最近になって、特に増えている。
痛みと共に――なにかが脳を過ぎる。
遠い昔の記憶が、呼び覚まされてるような――
「……っと、まずい。気を抜いてる場合じゃねえ」
木の影に隠れたまま、背後への警戒を強める。
今は戦闘中。
相手はゴブリン三体。
冒険者ギルドによればDランク相当のクエストらしい。
Dランク冒険者である俺にとっては分相応なクエストとも言えるが、ソロかパーティーかでクエストの難易度は一気に変わる。
今の俺にとっては……かなりの苦戦を強いられるものだった。
「……笑っちまうよな。今更ゴブリンに苦戦するなんて」
舐めていた、と言っていいだろう。
あいつらと一緒だったら、Aランクのクエストだって余裕でクリアできたのに。
ソロの自分が、こんなにも弱いとは思わなかった。
三ヶ月前――
「レイル、お前とはここでお別れだ」
冒険者ギルドに併設されている酒場。
パーティーの長であるエリザは、毅然とした態度で告げた。
艶やかで長い髪。鋭い眼光。
触れるものを切り裂くような、凜然とした空気を纏う美女である。
「私達は明日、王都へと向かう。これから先の戦いでは、お前は足手まといになるだろう」
冒険者パーティー『青き雷霆』。
この片田舎の街『ファスタ』にて、二年前に結成された。
リーダーのエリザを筆頭に精鋭達が集まり、凄まじい勢いで成長した。
現在では王都までその名が轟くほどだ。
俺もその一員だった……はずなのだが。
「あははっ。ま、しょうがないよね。レイルちゃん、雑魚なんだもん」
エリザの後ろから顔を出したのは、パーティーの一員、クルエス。
あどけない顔つきの少年だが、底知れぬ才能を持つ天才魔術士だ。
「いくら頑張っても全然成長しない。覚えるのは変なスキルばっか。ちょーっとはセンスありそうな魔法も、発動速度が遅すぎて実践じゃさっぱり使えない」
「……っ」
「僕らみたいな天才とは、住む世界が違ったんだろうね」
小馬鹿にしたような台詞に腹が立つ。
もちろん――自分自身に対してた。
クルエスの言葉は正しい。
ある時期から、俺の成長は止まっていた。
異様な速度で成長していく仲間達に、ついていくことができなかった。
俺以外は全員Aランクで、俺だけがDランクから先へ行けない。
最近の戦闘ではほとんど活躍できず、雑用みたいな仕事をしてどうにかパーティにしがみついている状態だった。
支援術士のマーシャも、
「……レ、レイルさんのことは好きですよ? 人間として尊敬しています。ですが……」
戦士のバランも、
「……まっ、仕方ねえだろうな」
言いたいことは同じらしい。
「もう一度言おう」
再びエリザが口を開く。
凜然とした目で、射抜くように俺に睨みながら。
「我らは必ず成り上がる。七大ダンジョンを踏破し、大陸全土に名を馳せてみせる。今のお前では足手まといだ、レイル」
選ばれし強者のみが発する威圧感に、圧倒される。
あまりに鋭いその眼光から、俺はつ目を逸らしてしまう。
「……わかったよ」
どうにか笑顔を作った。
「薄々感じてたさ。いつかこうなるって。俺とお前達じゃ、モノが違うもんな。ははっ、悪かったな。凡人が天才様にくっついて回って」
笑う。
寒々しいと思いながらも、無理して笑う。
「お前らの活躍、この街から応援してるぜ。いつか自慢させてもらうよ。こんなすげえ連中と、俺は昔仲間だったんだぜ、ってさ」
物わかりのいいフリをするのが、精一杯の強がりだった。
かくして俺は、パーティから抜けた。
翌日からは食い扶持を稼ぐための地道な冒険者活動。
今日は少し背伸びをして、Dランクのクエストを受注した。
ギルドの受付嬢さんから「レイルさん一人での攻略は難しいと思います」と忠告されながらも、無視してしまった。
その結果――このザマだ。
「……ははっ。ほんと嫌になるぜ」
たかだかゴブリン三体に大苦戦。
あいつらだったら一撃で三体葬っていたことだろう。
実力不足を痛感する。
やはり俺はあいつらとは違う。
英雄になるべき存在とは違う。
物語の主人公には、なれない――
「――ギギッ」
「……っ。まずいっ」
ぼんやりと自虐的な思考をしているうちに、ゴブリンに見つかってしまった。
手斧を持った三体のゴブリンが襲いかかってくる。
俺は手に持った剣で必死に防御しつつ、反撃の隙を窺う。
まずは一番大きな奴に――いや、小さい方から片づけるべきか。
「……ぐうっ」
一瞬の判断の迷いで、ダメージを追う。
仰け反りつつも、反撃の魔法を発動する。
初級火炎系魔法「火炎球」
俺の覚えている魔法の中で最も発動速度が速い魔法だったが――しかし、遅い。
遅すぎる。
発動に時間がかかりすぎたため、ゴブリンからは簡単に避けられてしまった。
「くそっ」
これが俺の弱さ。無能の証明。
魔法の火力自体ならば人並み以上という自負があるが、発動速度や命中性能に難があり、実践ではほとんど役に立たない。
剣技にしても、咄嗟の迷いが太刀筋に出てしまう。
エリザ達と共に戦っていてよくわかった。
強い奴らはとにかく判断が早い。
戦場の最中で、最善の一手を瞬時に導き出す。
判断の遅いボンクラは、実践では足手まとい以外の何者でもない。
体勢を立て直し、三体のゴブリンの動きに意識を集中して――
「うっ――」
ズキン、とまた頭が痛む。
くそ。こんなときに……!
痛みと共に――なにかが脳に溢れてくる。
遠い昔に感じたような、映像、音、匂い。
俺ではない誰かが体験した記憶。
『……やっぱりターン制バトルだよな』
ああ。
そうか。
直感でわかった。
なんとなく、わかってしまった。
これは――俺の前世の記憶だ。
小説家になろうでは始めまして、望公太です!
初投稿です! 一生懸命頑張ります!
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