壱話 人外(甚害)
ジリリリリリrrrr――
ボク――回帰人折は、目覚まし時計を止めた。
朝七時。
カーテンは閉めてあったが、カーテンの隙間から僅かばかりの日差しがボクに当たる。その日差しを憂鬱だと思うボクは異常者だろうか。
ベッドで寝るのはあまりにも心地がいい。正直言って、このまま永遠と寝ることができたなら――と思う。でもそれは人間に生まれ――人間として生きている以上、不可能だ。
とはいえ、今すぐ動かなければ人間ではなくなるかと問われれば、もちろんそんなことは無い。
でも今日は平日だ。いつも通り、高校の登校日。起きなければいけいない。
憂鬱だけど、起きようと決意する。
「さて、起きますか」
言葉にすれば、行動に移しやすい。それを知っているので、わざわざ声に出し、そして起きた。
眠さに抵抗しながらもパジャマから制服に着替える。
さて、歩美も起こそう。
六畳の洋室の扉を開けて、同じ階――二階の別の部屋に入る。
ボクの部屋と似ていて、物が散乱していない。
そこは歩美がいる部屋だ。
歩美はベッドの上で、すぴーと静かに息を漏らしながらも寝ていた。歩美の長い黒髪は艶やかで、毎日会っているボクでなければ無意識に触ってしまうんじゃないか――そう思ってしまうほどいつも通り綺麗だ。
と、見惚れてて目的を忘れてた――歩美を起こさないと。
「歩美、朝だぞ」
ボクの言葉に、反応しない。全く、微動だにも反応しない。
その理由は分かっていた。
だからこそ、呼び方を変える。
「朝だぞ、……歩美ちゃん」
「ん、んー……。お、ひーちゃん。おはよう。いや、こんにちは、かな?」
「朝だからおはようで合ってるよ。というか学校だ。適当に身支度しといて、それから朝食だ、歩美」
「りょーかいだよ、ひーちゃん!」
ビシっ、と敬礼をするような手の動かし方をしながら、歩美はボクに笑みを向けた。
ボクと歩美は同棲生活中。二人とも高校三年なわけだけど。いろいろあって、両親と離れ、二人のみで生活している。
この家は、二人で使うには広さを持て余している――持て余し過ぎていると言ったほうが正鵠かもしれない。
階段を降り、一階。右扉を開くと、リビングがある。その隣にあるキッチンにボクは足を運ぼうとしたとき、
ピンポーン
と、玄関のチャイムが鳴る。
キッチンに行く足を止め、玄関に行き、扉を開くと、
「よっ、回帰! 今日も清々しき朝だな!」
何故かサムズアップして、ボクにいつもの如く笑顔を見せていた。彼は剥沼解夢。こいつとボクとの関係は、端的にいうなれば友達で、一緒に学校に行くくらいの仲良しだ。
解夢がボクの家に来た時間はいつもより早かった。
「なあ解夢。お前、こんなに朝早く来るの珍しいな」
「ん、ああ」と相槌を打った後、再び言葉を紡ぐ。「俺思ったんだよな。受験生だから、静かな環境で勉強やんないとマズイよなって」
「適度な雑音があったほうが、効果あるともいわれるけどね」
ボクはこの前知った知識を披露すると、解夢はキョトンとした。
「なんだって……!? 嘘だろ!? 俺が今日、ここまで早く来た意味は……」
「意味がないね」
まあ、勉強法なんて極論人それぞれだけど、彼――解夢ならば、ある程度雑音があった方が集中しやすいんじゃないかと思う。彼はシングルタスクってよりは、マルチタスクな人間だし。
「うぉ……そりゃねえぜ、せっかく早く来たっつうのに徒労になっちまうとはな。ま、せっかく来たから家に入れさせろよ。んで、お前と歩美のイチャイチャコラコラな二人の私生活を俺に見せろ!」
「散々言うようだけど、ボクと歩美はそういう関係じゃないよ。いろいろと条件が重なってこうなってるってだけだ」
「どうだっていいぜ。兎に角、お前ん家に入れさせろ!」
「はいはい、どうぞ」と言いながら、解夢をリビングに招待する。
リビングに着くと、もう歩美は身支度を終え、リビングで読書していた。相も変わらず綺麗だと思う――それを口にするのはボクにとって禁忌だけど。
「はー、相変わらず可愛いよな、歩美は」
「そう? ありがとう」
キョトンとしながら応えるさまはまるでお人形のようだと思える。
「それで解夢。お前はどこで勉強したいんだ?」
「あー。勉強するには雑音ある方がいいんだろ?」
「お前の性格的にはね」
「それなら、もう勉強しなくていいや、メンドイしな。その代わり……、歩美を愛でさせろ!!」
そのまま急ぎ足に歩美のもとに駆け寄ると抱きしめる。
「あー……落ち着く」
「相変わらずの、ヘンタイ、だね」
歩美はそういいながらも拒絶も抵抗もしない。
「うーん、この罵倒。キツイ言葉だぁー」
キツイ罵倒とはいっても、解夢は辛そうな表情をしていない。そのことから、やはり解夢は人に罵られて喜ぶ超弩変態なのだと改めて感じた。まあ、それでも彼は、その部分をくりぬいてしまえば普通の性格だったりする。
そんな性格の彼とボクが友達になったのは、『そういう性格でも受け入れてくれる存在』がボクだけだったからという、なんとも言いがたい理由だ。
クラスには解夢の些細な異常性を受け入れてくれる人は中々いないようで、だからボクは仕方なく友達になったのが始まり。彼のことを嫌いじゃない――と思えるような男友達が現れないので、ボクはまだ彼の友達でいるのが現状だ。
トースターに入れておいたパンが焼けたようで、チン、と音が鳴った。
ボクはトースターからパンを二つ取り出し、別々の皿に乗せる。冷蔵庫からマーガリンを取り出しパンに塗り、そして歩美に片方の皿を渡す。
「ありがと、ひーちゃん」
そのままボクと歩美はいただきますと言いながらパンにかじりつく。
……そう言えば、最近物騒な話があったことを唐突に思い出した。
「解夢。この前先生が言っていたこと――あれ、本当だと思うか?」
「あれってなんだよ?」
「猫が解剖されていたって話だよ。道端で車に轢かれたわけじゃなく、道端で解体された――解解になった猫が数匹程度、散乱していたっていう、あの異常な事件」
「あ、それか。まー本当にあったんじゃねーの。学校側から言ったことだろ、ってことは間違いであるほうがおかしい。だから猫が解剖されたのは本当なんじゃねえのか?」
「そう、か」
「なんだよ。えらく分からない質問をぶつけてきたな。何か考えていたのか?」
「いや、特には」
異常な誇大妄想を友達に語るべきではない。
猫を解剖した人間――そんな存在がいると証明されている。恐らくその人間は、解剖が大好きなんだろう。それで始めは小さい存在を解剖していたのだろうが、ついに猫にまで手を出した。だからいずれ――人間に手を出し――人間を解解にするんじゃないか。
そんな妄想を解夢に言えるわけがない。
この考えは、ボクの身の回りで殺人事件が起きやすいから妄想してしまうボクの悪い癖だ。
「ごちそうさま」
ボクが意味不明な思考をしていても、やっぱり時は進んでいるようで歩美は既に朝食を食べ終わっていた。ボクも丁度最後の一口だったので食べきり、皿を持ちキッチンに移動して片付けた。
そのあと、ボクたち三人は学校に向かう。
異常な事態が起きていると無意識に予感しながら。