兎が隔てた運命の恋
私は、今年34歳になるキャリアーウーマン。
まあ自分で言うのもなんだけど、それなりに仕事も出来るし収入もそこそこ。
数年前までは上司と不倫関係を結んで自分の出来上がったステイタスについて、心の中で優越感に浸っていた。
昔から年上が大好きで、その相手のステイタスや収入、相手に甘えることに寄って気の張った一日を癒すことが出来るのが私にとっては最大の、贅沢だった。私は年上しか好きになれない。そう思っていた。
仕事が終わると、私は駅から5分のアパートにコンビニで惣菜を買い、いつものように一人暮らしの寂しいテリトリーへ帰宅をした。
こんな生活も早10年が続く。私は何を求めているのか、時々鬱のような感覚になることが多い。
昔のように男達に弄ばれステイタスの分だけの食事やプレゼントが私の目の前に運ばれてくる毎日は、今では忘れ去れそうな今日の夢のように白くキリがかかっているのかも知れない。
テレビをつけてテーブルに惣菜を置く。
「あっつ…買い忘れた」
普段はめんどくさがりなので買いには行かないけど、その日は、買い忘れのものをどうしても欲しくて近所のスーパーに買いに行くことにした。
「いらっしゃいませ〜」
「…愛想のない声、、」
私は買い忘れたハチミツを手に取りレジに並んだ。
前を見るとお客さんと仲良くしゃべり合う若い店員さん。
普段待たされることが嫌いな私も彼の横顔を見ていると自然とせっかちな心が和らいでいるのが分かった。
それが私と彼の最初の出会いだった
チュンチュン・・・・
「ん〜もう朝かぁ」
仕事場に着き、私は取引先の相手に対して部下がお叱りを受けたので謝罪をしに行った。
取引先とは言え客商売なのでもちろん下手に下手に。プライドの高い私には、とてもストレスとの交換無しには堪えられなかった。「あーもうむかつく」
仕事が終わり家に帰る。今日は自炊なんかしてられない。
パン、惣菜を買いに、駅から少し遠回りをしてあの店員さんのいるスーパーに寄ることにした。
「いらっしゃいませー」
また客のおばさんと話してる…
「人気あるのね…」
惣菜のお弁当を買い家に帰る道で、箸が入っていないことに気がつきマイ箸があるにも関わらず、戻って文句を言いに行くことにした。
「いらっしゃいませー」
「すいません、箸入れ忘れていましたけど」
「あ、申し訳ございません、大変失礼致しました。」
見た目とはかなりのギャップのある対応に私は、怒りを人にぶつける自分が哀れに見えた。
「気をつけてくださいね」
それだけ言葉を添えて私は家に帰り、彼のことで頭がいっぱいになった。
「あの子いくつなんだろ。学生かな?名前なんだろ。」
気付いたら寝ていた。
朝になればまた仕事の毎日。
「恋は地位の高い年上と、自分のステイタスは相手で決まる…」
「余計な事は考える必要はない。部下よりも若い子なんか何のメリットもない。」
大袈裟だがあのスーパーに行くのは辞めた。そんなある日仕事に向かう途中、車で向かう同僚に会ったので、便乗させてもらうことにした。
「あたしも免許取ろうかな〜」
「取ったほうが通勤楽じゃない?」
「この年で教習所通いはないでしょー」
「そう?恵理子はプライド高いからね〜。ひょっとしたら運命の人と出会えるかもよ(笑)」
「っていっても高校生位でしょ?ガキに興味ないし」
今更行けないわよ、けど取引先との関係で少し離れた教習所に通うことになった。
次の週から仕事の合間を見て通うことにした。
若い子尽くしの教習所ほど辛いものはない。
上京して来た私には話し相手もいないし、取引先関連の教官が一人いるだけ。
正直嫌いなタイプ。
学科が終わり路上教習へ。
ポツンと煙草をフカシ休憩している私…
鐘がなり教官の元へ向かう私、あーあまたあの親父…
バタン…
がっかりしすぎてハンドブック落としちゃった(笑)
サッ…
「はい!」
「え…あ、ありがとう」
拾ってくれた心優しい青年
顔を見ると、あのスーパーの店員さんだったのだ。
「へへ(笑)前はすいませんでした。恵理子さんていうんですか!俺は大翔っていいます!」
「あ、はいよろしくね」
「学科一緒だったの気付きませんでした?俺恵理子さんの後ろで紙回されたときに気付いたのに」
確かに仕事のことで頭がいっぱいいっぱいだったけどまさか気付かないうちに手まで触れていたとは…
「じゃまたあとで(笑)」
そういいのこすと可愛い女性教官と同乗して行ってしまった。
指名したのかな?
何故か嫉妬している私がいた。
運転中、私はさっきのさわやかな青年のことが頭から離れなかった。
(私みたいなおばさん、あの子が必要とするはずなんかないよね…)
時間が終わり予約を入れるため受付前の席に着いていると、大翔くんがやってきた。
「俺、今年22歳で周りがみんな年下だからやりづらかったんです。俺群馬から上京して来て一人暮しで…」
「…あのね、22歳でやりづらいとか喧嘩売ってんの?私から見たらキミも高校生も変わらないわよ」
「あ、そんなつもりじゃ…」
私は思わず外に飛び出した。ただ、何故かこの言葉のせいで私の中で彼の顔がとてつもなく強い印象となったのである。
翌日も私は教習所に通った。大翔くんをみかけたが思わず避けてしまった。
それからしばらく私が彼に会うことはなくなったのである。
彼に会わなくとも、私には大多数のいわゆるキープ君たちがいたので、男には困らなかった。
年上のハンサムな大人な男達に、高級なレストランやカフェに行って、高価なプレゼントをもらうことで、私が抱えるプライドと優越感は満たされていった。
そんなある日デートの帰り道、スーパーの前を通るとリサイクルBoxを整理する大翔くんの姿があった。
向こうも私に気がついたのか近寄って来て、
「この前はすいませんでした。俺ひどいこといっちゃって…」
「別に…」
「俺あの日から恵理子さんのこと頭から離れなくなっちゃって…むしろ買い物に来てくれたときから…あの…もし俺でよかったら、恵理子さんの隣にいさせてください!」
リサイクルBoxの前でエプロン姿の12個も年下のイケメンに告白された私…
思わずのシチュエーションに笑ってしまった
「あのねー私34歳なの、冗談とか冷やかしなら辞めてよ」
あ!真剣になってしまった
…
「順序とかないわけ?例えば番号やアドレスを聞くだとか、あんた私を馬鹿にしてるわけ?それとも罪滅ぼしなわけ?」
「じゃアドレスだけでも…」
「名刺でよかったらあげるから連絡してきなさい」
「は、はい…」
顔が引き攣ってる彼を横目に私は部下にしている態度で突き放してしまった。
後悔することとも知らずに…
それからは私は一方的に見ないふりをした。
うれしかった。
でも、何か期待を裏切られたような虚しい気持ちになった。
普通に恋愛がしたかった。年下だろうがステイタスがなくたって。
あっという間に私は半年の時間をかけて教習所を卒業した。
大翔君には同世代の友達が出来たらしく、楽しそうにしていた。
私はというと相変わらず誰とも話す事なく黙々と念願の免許書にむけて、終わらせていった。
もう、会うことはきっとないんだ…
そんなある日のことだった。たまたま電車通勤をすることにした日、リュックをしょった大翔君を電車で見かけた。
もちろん発車駅は同じで、車両は違ったので向こうは気がついてすらいない。
「大学生なんだ〜」
暫く駅を越すと、女の子が乗って来た。
仲良さそうに話している姿を見て、無性に腹が立っている私がいた。
見かけて終わればいいものを…
デレデレしている大翔君に対して腹がたち、おばさん年齢なのをいいことに上目線で近寄り話しかけた。
「あら?彼女さん?随分可愛い子ぢゃない。」
「い、いや違うんですっ…」
「何が違うよ、デレデレしちゃって。お幸せにね、」
振り返り黙って下りるはずではない駅で私は下りた。
ベンチに座り次の電車を待つ。
知らぬ間に鼻をすする私がいた。
仕事が終わりその夜、
ピーンポーン
誰かが来た。
普段は女一人暮らし夜の訪問者は無視をする。
だけど偶然玄関前で、足音立ててしまったのもあり、素直に扉を開けた。
すると目の前には、今朝の女の子と大翔君がたっていた。
「ぁ…。え?どうしてうちが?」
「麻里、、、あいや、うちの妹が恵理子さんと同じマンションに住んでて、見たことあるっていうから今日の事もあり尋ねちゃいました。」
「い、妹?」
目がキョトーンとなった。
「はい、そうなんです。妹と久しぶりにこの前電車でばったり会って、そこで恵理子さんにも会って…」
気付くと涙目な大翔君がいた。
「あ、いやこの前は単なる嫌がらせしてやろうと思って冗談だから(笑)」
そういうと眩しい顔で思いっきり笑い、妹と帰って行った。
それから数日後、私は彼の働くスーパーの常連になっていた。
私にだけしか知らない彼の表情を他のお客さん達以上に知っている。
いつしか魅力がたっぷりで気付けばそんな彼の虜になってしまっていた自分がいた。
ある日の午後、いつも通り働いてるときだった。
突然の実家からの連絡。
祖父が倒れたのだった。
昔から私を大切に大切に見守っていてくれた祖父が、急に体調を崩し緊急病院に運ばれた。
仕事を早めに切り上げ、急いで病院に向かったが、
間に合わなかった…
倒れ込むようにして冷たくなった祖父に抱き着いて泣いた。
こんな急に何で?
曾孫を見せるまで長生きするって言ってくれていたのに何で?
私はただただ大声をあげてなくしかなかった。
それからしばらくは実家にもどり有休などで仕事を休みにした。
食事もとらずただ引きこもりのように家にいた。
そんな時電話がなった。
大翔君からだった。
「もしもし…」
「もしもし何かありました?最近店にも来てくれないし…」
「いや、なんでもないの。ちょっと食事が喉を通らなくなっちゃって」
「…。」
「何でもないから、気にしないでまた食料が尽きたら買いに行くから。」
「今から会えないですか?」
「今から?今実家だけど…1時間後くらいなら行けるけど」
「それなら○×の前で待ってます」
急いで支度をして飛び出るように家を出た。
「久しぶり」
「ども。どうしたんですか?心配したんですよ」
「だから大丈夫だって、そんな気にしてくれなくて」
「…。俺みたいなガキで良かったら…何でも話聞くよ?何も出来ないかもしれないけど、大きなドラム缶になるから。何にも言えないかもしれないけど聞くことは出来るから。」
私は思わず涙を流し泣いてしまった。肩をかりてむせながら。
祖父を亡くしたこと、曾孫を見せてあげられなかったこと全ての感情をぶつけた。
嫌な顔せず聞いてくれた励ましてくれた。
そして話をした後一人暮らしのアパートマンションへ一人帰っていった。
あの感情はなんだったのだろうか…
少しずつ気持ちが傾いているのも分かってはいながらごまかしていこうと思った。
プルルル…
不倫関係の上司からだ…
「はい?」
「あんた誰よ?あたしの夫となんなのよ!」
相手の奥さんにバレたようだ。
最悪だ…
特に上司には興味はない。
不倫関係になろうと言ったのも向こうだしうまくごまかしてくれるとも言っていた。
自分の会社での立ち居地や悪い女っていう自分に酔いしれていただけだし、ステイタス求めのほんの出来心だった。
「あんたみたいなのは地獄に堕ちる」
「卑猥な女」
「泥棒」
出るわ出るわ最低な形容詞。
半端なくたったの数分でズタズタにされたのだった…
それきりその上司とは慰謝料をもらいながらも時々会った。
刺激とか恐怖とか弱い自分を演じていることが気持ち良かったし、学生時代のように外見で判断される不良なんかと話が違うもん。
ただ胸の中に寂しいという気持ちはいつも弾け飛びそうなくらい残っていた。
大翔君とは毎日のようにスーパーで常連客として関わっていた。
ただ不倫ごとやら仕事やらで無視の居所が悪かった私は遂にじれったい一回りしたの少年にキレてしまったのである。
その日はちょうど買い物に行くと店の前で閉店作業をしていた。
平行線をたどる日々に気持ちをまた確かめたくて、好かれているか探るようにしつこくしてしまった。
仕事で疲れていたんだと思う。めんどくさそうに答えられ後で話をすることになった。
1時間ほど駅前のベンチで待たされて、ようやく大翔君が来た。
「どうしたんですか?虫の居所が悪かった見たいですが…」
「…あたしは最低な女なの。人の物を横取りしたり、人を自分の利益としか思えない。もちろん、本気で人を好きになったことなんかないの。昔から人より上位であって憧れられるステイタスがなきゃ嫌なの」
「…」
「やっぱりひくわよね」
「いや、何を言い出すかと思ってたけど、よかった」
「なにが?」
「俺だったらステイタスはないけど年下の男だって事で憧れられるんじゃないかな?
恵理子さん、恵理子さんの抱えて来たプライドは素敵です。俺じゃダメですか」
私は涙が零れ落ちた。
12個もしたなのに包まれてしまいそうな優しい言葉に静かに頷きました。
それは私と彼が年女年男であるうさぎ年の夜だった。
空にはお餅を付くうさぎが足元から覗くように下を見下ろしていた夜だった。
その夜は幸せな幸せな長い長い夜だった。
プライド、策略何もいらない幸せな…
そのまま寝てしまい朝になった。
机の上にかわいらしい男の子の字で手紙が置いてあった。
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恵理子さん
恵理子さんみたいな大人な女性が、俺みたいなガキ相手にしてくれてホントに嬉しかったです。
ありがとう。
あなたに会えてよかった。本気で人を好きになれた。
初めて結ばれた日にこんな置き手紙ごめんなさい。
お祖父さんのこと話してくれたとき、頼ってくれたときホントに嬉しかった。
力になれてよかった。
愛しかった。
だけど反対に悲しかった。
俺、実は子供作ることできない男なんです。
種のない精子しかでない。
ごめんなさい。
俺は希望に添えない。
会わない方がいいですよねすいません。
大翔
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私は手紙を見て急いで家を飛び出た。
妹の家、大家の家、スーパー…大翔君はスーパーを辞め妹と姿を消した。
私のプライドを取り除き捨て去ってくれた。
それから連絡も付かず姿も表さず過去の存在となった。
私はそれから数年後、同い年の男性と結婚をした。
子供も産まれ私は会社を辞めた。浮気、愛人、プライドを捨て去ってくれた彼に私は今も恋している。
月を見ながら今も思う。
私も旦那も子供も彼もみんなうさぎ年である。
私は兎とは縁が切れないみたいです。
子供みたいだけど、恥ずかしい話兎が運命をかえてくれたのだから。