たまごが割れている
ぐしゃっ!!
「あっ…すみません。」
夕飯の買い物に行き、かごの商品をピッしてもらってたら、お姉さんが卵パックを落としてしまった。落ちた先は、清算済みのかごの中のトマトとジャガイモの上。…手際があまりよろしくないのは、多分まだ新人さんだからかなあ。ま、こういう事もあるわな。
「3221円です。」
お会計を済ませて、サッカ台で買ったものをエコバッグに詰めていく。…むむ、卵がちょっと割れてるな。さっき落とした時に割れちゃったのか。…替えてもらう?いやいや、どうせすぐ食い散らかすんだし、まあいっか。私はひび割れた卵の入ったパックを、エコバッグの中のジャガイモとトマトの上に無造作に乗せた。その上に菓子パンやらお菓子やらどかどかと入れ込んでと。…パンパンになったエコバックを持ち上げると、卵パックがつぶれるような音がした。やば、ひびがさらにひどくなったかな?…まいっか。
エコバッグを自転車の前かごに入れると、またもや卵パックのつぶれる音がした。…卵パックってなんでこう、すぐに破壊音をまき散らすのかね。派手な音をたてる割にはそんなに卵に被害は出ないと思ってる私がここにいる。卵パックってひ弱だけどさ、案外衝撃吸収能力高くてね?
卵パックに相当の信頼を寄せつつ、帰路に就く。
どかっ!!ぐしゃっ!!!
歩道の段差で思いのほかダメージを喰らってしまって、かごの中のエコバッグが一瞬、浮いた。そして派手な卵パックの破壊音がしてですね。…なんか卵の完全に割れ切った音がしたような気がするんですけど、気のせいですかね。…エコバッグの中が生卵だらけになってるかも。ま、それならそれで仕方あるまい。使えそうなやつ使ってオムレツに使っちゃお。
家について、キッチンでエコバッグを広げる。卵パックを取り出すと、割れてるけど無事みたい、良かった。あとで割れてない奴だけ冷蔵庫に入れるか。…とりあえず今日買ってきたパンやら食材を定位置にしまって、ついでに晩御飯の準備もしようかな。今日のメニューはチーズオムレツにマカロニサラダ、チキンとトマトのマスタード炒めにコーンスープ…。
無事な卵を冷蔵庫に入れようと、買ってきたばかりの卵パックを開ける。ええと端の三つはひび入ってるからよけておいてと…ん?!
「うわ!!何これ!!中身がない!!!」
割れてる卵をボウルの中に入れようと思ってですね!!持ち上げたらなんかめっちゃ軽いんですけど!!!よく見るとひびの下のほうは穴が開いてて、見た目だけなら完全中身流出パターンのはずなんですけど!中身、中身っ?!流れ出たはずの中身はどこ行った!!!…ひとつ割ってみると、やっぱり入っとらん!!なんだこれ!!!殻だけのたまごなんて初めて割ったわ!!!
「ごめんなさい、僕…。」
腰のあたりから声がしたので振り返ると…げえ!!この子雨降り坊主だ!!!いつの間に?!雨降り大王の一人息子…このところ人間界に興味津々で神出鬼没だと聞いたことがあるような。豪気な父ちゃんと違ってやけにまじめで臆病者という噂だったけど…まったく持ってその通りだ!!!勝手に卵を食べちゃう大胆さと、してしまったことが悪いことだと認識するまじめさ、自分の非を認めてきちんと謝れる律儀さと、怒られることに対する不安に涙が浮かぶ臆病ッぷり!!!
…ちょ!!泣かせたらまた雨が降ってくるやつじゃん!!くっ!!今にも泣きそうだ!!そういえば今日は朝から激しく雨が降ってたから…さては晴れ上がっちゃったもんだから父ちゃんに置いてけぼり喰らったんだな!!ぐう…。
「怒ってないよ、あのね、買ってきた食材にね、卵がつかなくて助かったから。ありがとね?」
おそらく、割れた卵はエコバッグの中で生卵爆弾化するはずだったのだ。この子が食べてくれたおかげでその被害から免れることができたんですよ、ええ。
「でも、勝手に食べちゃったから、ごめんなさい。」
うん、確かにね、勝手に食べるのはいけないけどね、でも謝ってるし、保護者いないし、こちらも助かったんだからね。…ちゃんと謝れる子はいい子だと思うんだよ。
「うん、次からは、食べていいか聞いた方がいいかな、今日はきちんと謝れたからいいよ、気にしないで…ああ、そうだ、お土産持って行きな?」
「…いいの?」
ええと、朝方仕込んでおいたフランスパンのフレンチトーストがあったはず。焼いて渡すか。私の作るフランスパンフレンチトーストはね、めっちゃおいしいのですよ!!
フレンチトーストを焼いていると、急にあたりが暗くなってきた。…お迎えがちょうど来たみたい。ゲリラ豪雨と共に父ちゃんが迎えに来た模様。慌てて焼き立てのフレンチトーストをタッパーに入れて坊主に渡す。
「はい、これお土産ね。父ちゃん入ってくると家の中びっしゃびしゃになるから、君早く外に行きなさいね。」
「ありがとう!!」
雨降り小僧はにこにこして…私の目の前から消えた。そろそろ家族の返ってくる時間だ。急いでご飯の準備をしないとね。今日もきっと派手に食い散らかすんだよ、間違いない。
私が夕食の準備に取り掛かろうと一歩踏み出すと。
「うは!!置き土産だ!!!」
キッチンの床がまあまあぬれていたけれど。…床の水拭きしばらくしてなかったからね!うん!!!前向きにとらえることは良きかな。
ピカピカになったキッチンの床に立ち、私は夕食を作り始めたのであった。