第39話 旅路
夕暮れ前に王都へと帰ってきた俺達はすぐに準備を済ませ、次の日の早朝ギルドへと来ていた。
「こちらも情報が入り次第連絡する。各地のギルドにこの事は共有しておくから、レヴィア達は定期的に近くのギルドに寄ってくれ。そうすればある程度の情報共有は出来るだろう」
「わかりました。では行ってまいります」
「よろしく頼むぞ」
「行ってくるであります」
「あぁクナよ、やはり行ってしまうのか……」
「当然であります、自分はコウ様のモノでありますから」
真顔でさらっとトンデモ発言するクナに俺は今が誰も居ない早朝で良かったと心底安堵してしまう。
「そうか……それは残念だが、近くに帰ってきた時は絶対に立ち寄ってくれ」
「もちろんであります!」
「うんうん」
頷きながらクナへと力強く抱きつくが、勢いに任せ尻や太ももを堪能するように揉み散らかしている。
クナは何も言わず暫く身を任せていると、満足したのか「ふぅ」っと一仕事終わったかのような健やかな顔で離れていく。
「……あ、そうだお前たち、ヤリすぎて無駄に日程を長引かせるなよ!」
「お、大声で言わないでくださいよ!じゃあそろそろ行きますね」
「あぁ」
ようやく俺達はギルドから出てヤナさんの見送りのもと背を向け歩みだす。だが四〜五歩進んだ辺りで突然ーー
「コウ!な、なかなか、き、きもちよかったぞ!ままままままま、またしてくれてもいいからな!竜とはしばらく我慢しておくしな!戻ってきたらスグに!来てくれ」
「え……えええええええええええええぇぇぇぇ!」
ヤナさんは逃げるようにギルドの中へと入っていった。
だがそれよりも……ヤナさんとしていたという事実に俺は目玉が飛び出そうになるほどの驚きと興奮に包み込まれ、全力で一昨日の事を思い出そうと奮闘してしまう。
しかし残念な事に俺の脳内にはヤナさんの声色や表情、服の下に隠れる神秘の秘宝の情報が一欠片も無く、俺の希望と興奮は徐々に鎮火していく。
「……」
「コウ様どうしましたか?」
「え、い、いや、何もないよ!さあ姫様を救出しに行こうではないか!」
目の前にこんな美女が2人もいるのに、俺はなんて最低な事を考えていたのだろうと自分の金魂を心の中でボコボコにし誤魔化すように先へと歩いていくのだった。
* * *
その日の晩ーー
「急がないと行けないのはわかるんだけど……本当に綺麗だな〜」
静寂が支配する森の中、小さな焚き火がパチパチと満天の星空に添えられるように鳴り、俺の心に久々の平穏が訪れていた。
「確かに綺麗ですね」
「……全部解決したらこういう所でまた風呂にでも入りたいな」
「あの時のようにですね」
レヴィアと初めて会った時の事を思い浮かべ、それほど月日が経っていないのにも関わらず、懐かしさを感じてしまう。
「そう言えばレーナさんに手紙とか送ってるのか?」
「はい、たまにですがギルドに立ち寄った時に手紙の配達をお願いしています」
「へぇーギルドってそんな事もしてくれるのか?」
「配達とは少し違うんですが、依頼で商業会の護衛等があるんです。そのついでに手紙等を届けて貰えるというわけです」
「なるほど」
「でも、そういう依頼も日用品の運搬等が基本ですから、二十日に一回とかになってしまうのですが」
「確かに魔物がいるかもしれない街道を毎日護衛を付けて配達は無理だな」
納得の理由に答えるかのように焚き火が少し大きくパチッと弾ける。
「レヴィア様のお母様でありますよね?レーナ様とは」
「そうですよクナ」
「会ってみたいであります」
「そうですね、この依頼の帰りにでも一度帰りますか」
「賛成であります!」
「お、いいなそれ」
「楽しみであります!」
「珍しいなクナが、そこまで楽しそうなの」
「はい、コウ様の記憶によればかなり興奮する身体でありますからね!それは一度生で見てみたいであります」
「……」
パチッ。静寂の中、更に大きく焚き火が弾け、俺の精神状態とは裏腹に森の中を一瞬明るくした気がするのだった。
翌朝、太陽が微かに森を照らしだした頃、朝特有の匂いと薄暗さを楽しみながら俺達はすでに出発していた。
「気持ちいいな」
「自分は少し眠いであります」
「仕方がないですね。あと二日は同じになりますよ」
「そうでありますか……でもコウ様とレヴィア様は本当に凄いでありますね」
「早起きがか?」
「違うであります、昨日夜遅くまであんなにしたでありますのに、早起きが出来るからであります」
「……そ、そりゃ大人だからな」
「そうですよクナ。あなたもこれくらいは出来るようにならないといけませんよ?」
「今日もでありますからね、頑張るであります!」
「その意気ですよクナ」
「おおーであります」
「……そ、そういえば、あまり魔物とか見ないな」
「王都でアレだけ派手に事が起きましたから、弱い魔物は様子を見るため身を隠していると思われます」
「そりゃそうか」
「ですが、ある程度の強さを持った魔物は表にでている可能性がありますので、魔物と会う時はお気をつけください」
「了解だ」
それからしばらく歩き続けるとレヴィアの予想通りの結果になる事となった。
「前方に1体、更に右方向に1体。このまま進むと二百秒程で前方の1体にぶつかります」
「避けるか?」
「残念ながら魔物の索敵範囲が広く、避けるだけで大幅に時間がかかります。この感じですと強さ的にはBランク相当ですので、このまま倒して進んで行くのがいいかと」
「了解」
そうして警戒しつつ歩き続けると、鬱蒼と生い茂る木々の間に体長3m程の猿がコチラに背を向ける形で闊歩していた。
「ローランド・フットですね。普通に歩いてはいますが、すでにコチラには気づいていますのでお気をつけください」
「油断を誘ってるって事か……」
演技をする程の知能を持ち合わせている事に、やはり元は猿なのだろうかと疑問を浮かべる。
「ではここは私がーー」
「俺が行っていいか?」
「はい、コウ様の望むままにお願いします」
「ありがとう」
未知なる敵への好奇心。自分の我儘を通させてもらい、まだ背中を向けているローランドの背後へと躍り出た。
「ガチッガチッガチッガチッ」
「歯なんて鳴らしてないでコッチを向いたらどうだ?」
言葉なんて通じる訳がない。しかし格闘家の性なのか分かってはいても挑発をしてしまう。
だがローランドはそれに答えるかのようにコチラに振り返り、その信じられない顔を俺へと向けた。
「……」
「ガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッ」
鳴っていたのは歯ではなく頭頂部についた角のようなモノだった。灰色の体毛でわあるが猿のような体つきにで、その顔部分や腹部にはカブト虫のような脚がビッシリと付いておりそれらが一斉に波打つように動いている。
「ええ……顔と名前があってませんが……」
その目が何処にあるかも分からない異様な姿に、俺は悪寒と共に吐露してしまう。
次の瞬間、俺が恐怖してしまったのをとらえたのか、四足歩行でコチラへと猛突進してきた。
「ああ、目はそこですか……」
頭頂部が見え疑問が解決する。ついていたのは角ではなく顎、その他にも蟻のような触覚に、ぷっくりと前にでた真っ黒な目がついており、それはたしかに俺を注視しているようだった。
「ふぅ……」
大きく息を吐き気持ちを切り替え、腰を落とし待ち構える。
「……フンッ!」
衝突する直前右へと回り込み、前後の左脚に水平蹴りを放つ。俺の左脚にドンと衝撃が伝わったかと思うと、すぐにパキパキと昆虫の足を折る感触が伝わり、またすぐにドンと衝撃が伝わってきた。
「……ぅうおおおおおお」
あまりの気持ち悪さに瞬時に全身へと広がる鳥肌と心の声。
「コウ様〜頑張れであります!」
「お、おう」
それを心配したのかクナからの声援が飛び、俺は平静を装って返事をした。
木を数本なぎ倒しながら止まったローランドの近くへ様子を見に行くと、前後の左足があらぬ方向へと曲がった状態で木に頭を突っ込んだまま伏していた。
「……」
「……!」
反応が無く死んだのかと思った瞬間、尻尾が鞭のようにしなりながら俺の顔目掛けて飛んできた。
パンッ。
手で受けたことによって綺麗になったその音を切っ掛けにローランドはすぐに起き上がり、折れているはずの左前足で薙ぎ払うように振ってくる。それをダッキングで躱しそのまま懐へと潜り込み、腹へと左右のフックを何発か撃ち込むと一瞬の間の後、グラりと身体を揺らし地面へと倒れていった。
「おおーであります」
「お疲れ様ですコウ様、ですがもう一体がすぐそばまで来ています」
「了解」
クナの驚きの声が上がり一瞬リングでの歓声が脳裏に蘇る。だがレヴィアの警告を受け俺はすぐに臨戦態勢をとる。
「ガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッ」
威嚇音なのかガチッガチッと顎をずっと鳴らしながら、先程の倍はあるローランド・フットが現れた。
「……怒ってる?」
「確かに怒っています。恐らく番いかと」
「なるほど、嫁がやられて怒ってるんだな」
「コウ様すみません、そちらが嫁です」
「……ご、ごめんなさい」
通じるわけのない謝罪を口にし、チラリと見てみるとーー
「ガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッガチッ」
「……!」
挑発されていると思ったのか顔をコチラに向け顎から茶褐色の糸と呼ぶには太すぎる物を吐き出す。
俺はステップで横に躱し、糸がぶつかった場所を見ると人の胴体程ある木が貫かれており、更には触れている部分がシューッと溶けだしていた。
仕方なく俺は仁王立ちのローランドの足元へ飛び出し、象のように太い足へ下段蹴りを放つ。俺の脚はメリメリと右足にめり込んでいき、ボキッという音を鳴らしていく。
倒れる。いつものようにそう思い待っていると???は予想に反し俺の頭上へ両腕を振り下ろした。
ドンッ。
地面を揺らす程の衝撃が辺りに伝わる。その影響で木々の葉っぱがパラパラと落ち始めた頃、身体がくの字に曲がったままのローランドが地に付していた。
「おおー見えなかったであります」
「流石コウ様です」
「ありがとう、もう襲ってこないと思うがコイツらは放っておいてもいいのか?」
「食料は人を含む肉類なので近隣の安全の為にも処理しておくのがいいですね。後はお任せ下さい。」
「了解」
倒れていたローランド・フットにレヴィアが顔を向けるとパキキキキと瞬時に凍っていき次の瞬間、粉々に砕け散っていった。
「お待たせしました、それでは出発いたしましょうか」
「おう」
「おう、であります!」
俺の口調を真似たクナの声にフッと笑顔を浮かべ、俺達は森の中へと進んで行った。
それからも何度か大型の魔物と戦闘をして行き二日目の夕暮れ時にようやく森を抜け平野へと出てくる事が出来た。
「ようやく抜けたな」
「長かったであります」
「日も暮れてきましたし、今日はここで野営にしましょう」
「そうだな」
するとレヴィアは土の小屋を創り出しーー
「手頃なのがいますね」
そう言いいながら草むらに手を向け、ついでと言わんばかりに何かを高速で放った。
「取ってくるであります!」
「俺も行くよ」
「ありがとうございます。私は食事の準備をしておきますね」
レヴィアは異空間収納から鍋や食器を取り出し、いつの間にか創り出していたテーブルや釜戸に準備していった。
「中々美味しそうでありますね」
「この状態で美味しそうと言われてもな……」
少し歩くとそこに倒れていたのは2羽の野うさぎ。頭にはうっすらと血が滲んでいて極小の何かで貫いている事がわかる。
「とりあえず血抜きしてから行くか」
「任して下さいであります!」
クナが目をつぶり少し経つと俺が逆さまに持っていた2羽の野うさぎの首がポロッと落ち、同時に血もドバッと流れ野うさぎを持つ手が軽くなった。
「精霊さんありがとうであります」
「ありがとうございます」
俺が礼を言う必要は無いのかもしれないが、本心を言葉にし俺も頭を下げた。
「精霊さんがありがとうって言ってるであります」
「そうかそれは良かった。じゃあそろそろ戻ろうか」
「了解であります!」
その場を後にしようとお礼を言った場所に背を向けると不思議な事に周りの風がフワフワと流れ、俺達を見送るように感じるのであった。
「ありがとうございます」
「準備ありがとうレヴィア」
「ありがとうでございます」
「いえいえ、当然の事をしたまでです。後は調理するだけですのでお任せ下さい」
「ああ、頼む」
その会話はまさに予定調和であり、いつもの野営の風景でもあった。
そんな状況に俺は幸せを感じつつ、食事の準備をしていく、と言っても椅子に座るだけなのだが。
「……!」
椅子に座り何気なく料理をしているレヴィアを見ると激しく動く訳でもないのにやたらと胸と尻がポヨンポヨン・プルンプルンと揺れていた。レヴィアなら「もっと見て下さい」と言うのは分かってはいるのだが、何故か悪い事をしている気がしてすぐに視線をずらし横目にチラリと見てしまう。目の端にかろうじて見える程度だが俺の目から入り込む情報は全て揺れるモノに支配されドンドンと目に力が入っていく。
そして俺は更なる高みに気づく。そうそれはピッチリめの服の下から下着の形が浮き上がっていたのだ。
黒のブラに黒のレースのパンツ……それだけならまだしも、たまにしか履かないガーターベルトも装着されているのだった。
「……んぐ」
食欲が薄れていき、真性なる欲が溢れだしてくるのがわかる。だがそんな幸せでもあり耐え難い幸せな時間はいきなり別れを告げる。
「出来ました」
「お、おう、あ、ありがとう」
「いい匂いであります」
「そ、そうだな」
切り分けられた肉が各々に配られていく。だがすぐに治まる訳がなく俺は目の前に置かれた肉に全神経を集中させ、どうにか抑え込もうと奮闘する。
「……」
「コウ様?」
「え?あ、すまない……それではいただきます」
「いただきます」
「いただくであります!」
俺はどうにか口に肉を運び、香草や塩で味付けされた肉をひと噛みひと噛み味わいその美味しさに、精神は落ち着いていく。
「……手紙どうやって入れたんだろうな?」
落ち着いた拍子に疑問に思っていた事を口にする。
「誰も気づきませんでしたからね。かなり高位の魔術もしくは体術、どれかは分かりませんがやはり只者ではないことは確かです」
そう俺達が最後に小間使いと別れた後、いつの間にか俺の胸ポケットに一枚の手紙が入っていたのだ。
内容は単純なものだったが「ゾクガイ内で王女と従者が三日前に目撃された」というものだった。
「それ程の体術なら一度手合わせ願いたいものだな……それであとどれくらいで着くんだ?」
「物資の補給を一度行いたいですので、後八日程かと」
「そんなもんか」
「近道はしていますので、かなり時間短縮にはなっています」
「そうか……間に合うかな?」
「そうですね、見つかった場所があの街でなければこれ程急ぐ事もなかったのですが……」
「ある程度は聞いたがそれ程ヤバい街なのか?」
「はい、無法地帯もいい所です。王国と隣国の国境を跨ぐ形で街を形成しているため両国が関与しづらく、そのせいで様々な種族や犯罪者が最後の場所にと行き着く先になっています」
「なんでそんな所に街を建てれたんだ?普通ならどっちかの国が怒るんじゃないのか?」
「そうなんですが……初めは小さな賊のアジトだったらしいのです。しかしアタマの手腕がよかったのか奴隷売買や賭博で少しづつ力をつけていき、そして今では街の名物となった闘技場を作ってそこら辺の領主よりも稼ぐ人物となったのです」
「でも賊は賊だよな?」
「はい。ですがそこは金さえあればと言うやつで、多額の賄賂を渡して、両国の爵位を手に入れたらしいのです」
「両国のってそんな事できるのか?」
「普通なら無理ですね。ですが賄賂だけではなく、性奴隷や戦闘要員となる優秀な人材を無料で提供したらしく、そんな自分達にとって都合のいい賊を手放すより、税金と言って奴隷や金を貰えるならその方が良いと判断したのでしょう」
「なるほどな、それで今も好き放題の無法地帯ということか」
「ですが王女が従者と2人で行くにはあまりにも過酷であり、もしかすると2人はすでに何らかの影響下にあるかもしれません」
「影響下ね……今は願うのみか」
俺の応えにレヴィアはコクリと頷き、あたりは夜の静けさへと変容していった。
ーーー
「ハァハァ……ハァハァ……」
金髪の女性が汚水の臭いがする裏路地で、肩を上下させながら身を隠していた。
「探せ!あんな上玉なかなかいねぇぞ!」
「でもさ、俺達みたいな下っ端が捕まえたっ先にヤレるわけでもないんだがらゆっくり探そうぜ。二日酔いで頭がいてぇんだわ」
「バカヤロー!ちょっとはなんか貰えるだろ!きっと!」
「今までメシしか貰えてないのにか?」
「頑張ればきっとくれるはずだ!」
「きっとって……まあ一応探すけど俺は一旦休憩するぜ」
「休憩終わったら絶対に探せよ!」
「分かった分かった」
何日もあるっていないような髪がボサボサの男は、もう一人のやる気あるボサボサと喋り終わるとどこかへと歩いていった。
「さあーどこかなー?金髪ちゃん」
やる気あるボサボサは語尾にハートが付きそうな喋り方で女性を再び探し始め出す。
「一人なら……」
会話を聞いていた女性は何かを決心したかのようにボソッと一言零し、男が近寄ってくるのをじっと待つ。そしてゴミに埋もれた自分の前を通り過ぎた瞬間ーー
「おら!!」
「!……」
勢いよく股間を蹴り上げられた男は少し身体が浮く程の衝撃を股間から受け、痙攣しながら倒れていった。
「死ね!」
女性はよほどムカついていたのか罵詈雑言を吐き、気絶している男の股間を再び蹴る。すると男は大きく身体を跳ねさせ完全に沈黙した。
「ああ!なんでアイツは捕まるのよ!」
女性はブツブツと喋りながら倒れている男を自分が隠れていたゴミの中へと放り投げ誰かを探すべく歩み出したのであった。




