第27話 地獄
独特な匂いと、湿気を含んだ暑さを感じ、ふと目が覚る。
「……」
目を開けると前にはレヴィアの寝顔が見え、背中にはクナと思われるやわらかな感触があった。
昨日は新たな試みを試行錯誤しながら明方までしたため、流石の性なる賢者も寝入ったまま。そんな姿を見て、今日は真面目に仕事をしようと決意する。
「起きるか……」
まだ完全に覚醒していない頭を起こすように、自分に言い聞かせながらベッドからおり、淀んだ空気を入れ替える為、窓を開ける。
外を見ると太陽は一番高いところまで登っており、食欲をそそるいい匂いと共に、多くの人々がメインストリートを歩いているのが見えた。
「昼か……寝すぎたな」
起きる時間は決めていなかったが、流石に昼まで寝ているとなると、心無しか罪悪感が芽生えてしまう。だが俺のそんな気持ちとは裏腹に、ベッドではレヴィアとクナが裸でシーツを身体にかけ、スヤスヤと気持ちよさそうき眠っている。
「……」
何度もその姿を見たはずなのに、シーツに浮かび上がる曲線美に思わず生唾を飲み込みこんでしまう。そんな2人の果実を少しだけとバレないように四揉みだけおこない、俺は顔を洗いに行った。
しばらくして戻ると、服を着て俺を待つ2人がベッドに座っていた。
「おはようございます」
「おはようであります!」
「ああ、おはよう。もう昼だが、メシはどうする?」
「それでしたら外に食べに行きませんか?一度王城の周りも見てみたいですし」
「了解」
* * *
途中の屋台で昼飯を買い食いしながら歩き続けて30分。俺達はようやく王城の近くまで来る事が出来た。
「コウ様、クナ、ここから不用意な会話はやめておきましょう」
「了解……」
真剣とわかるレヴィアの言葉に、俺とクナはコクリと頷き気を引き締めるが、何故か王城に近づくにつれ違和感を感じつつあった。
それから更に歩き、俺達は王城の手前にある検問所まで来ていた。
「代表者は身分を証明出来る物を出せ」
「コレでよろしいでしょうか」
「こ、これは……ぶ、無礼なもの言い申し訳ありませんでした、どうぞお通り下さい」
レヴィアがダルドさんから貰ったブレスレットを見せると、兵士は態度を180°変え、俺達3人を通してくれた。
「このブレスレットってそんなに凄い物なのか?」
「基本的に貴族以上しか持てない物です」
「なるほど、どうりであの変わりようか」
「はい。そんな物を一介の冒険者に渡さなければならない程緊急事態という事でもありますが……まぁそれは置いといて、行きましょうコウ様」
王城に近づくと、まばらに居る観光客と思われる人々が、皆同じように立ち止まり、王城を見上げて立ち尽くしている。
「……そういう事か」
俺も同じように見上げると、違和感の正体が判明した。
王城だ。
この現実離れした大きさが違和感の正体だ。遠くから見えていた時はさほど気にしていなかったが、王城のすぐそばまで来ると、その馬鹿げた大きさがよく分かる。
周りを囲む壁は綺麗な白に塗られており、高さ5mを超えるんじゃ無いかという程。だがそれほど大きく綺麗な壁がオマケに見えてしまうくらいに王城は高く大きく、屋根に至っては雲に届きそうだ。更にそれらを支える家一軒はあろうかというほどの、太く四角い柱。入口の門はキリンがそのまま入れうな程大きく、閉ざされた門の表面には、煌びやかな彫刻と宝石等の装飾品が散りばめられており、そこを通る人の目を釘付けにしていた。
「僕が色々と教えてあげようか?」
「……え?」
突然声をかけられ振り向いたのだが、そこにいた女性の見た目に驚いてしまった。
まず服装なのだが、この世界には似つかわしくない、露出の多いパンク系の格好に、指輪やブレスレット、を数多く身につけている。だが首輪だけは機械的で、少し雰囲気に会ってない気がするがそう言う物なのだろう。髪は全体的にショートカットだが、前髪だけは長く、顎まで届く程で右目に流している。髪色は頭頂部は黒色だが毛先に進むにつれ、綺麗な紫色に変わっている。肌は透き通るような白さで、睨みつけるような三白眼の目の下は黒く塗られている。
「きれーー」
「結構です」
思わず「綺麗な人……」と言いそうになるが、そのまえに後ろにいたレヴィアは食い気味にハッキリと断る。
「ああ、レヴィちんの連れか、気づかなかったよごめんな」
「……行きましょうコウ様、クナ」
「お、おう」
「また近々会えると思うから、その時はよろしく〜」
明らかにイライラしているレヴィアは、ヘラヘラとした態度で俺達に手を振る女性に一瞥もせず、俺とクナの手を引っ張り、王城を後にした。
* * *
「……」
「……」
あのパンクな女性と出会ってから機嫌の悪いレヴィアは、宿に戻ってきても今だイライラしており、無言のまま1人椅子に座っていた。
「………………すいません」
ようやく平静になったのか、レヴィアはバツが悪そうに俺達の方へ向くと、一言謝り頭を下げた。
「それは気にしてないから良いんだが……どういう知り合いなんだ?」
「知り合いと言うほどのものでもないのですが、初めは王主催のパーティでお会いしました……その時からなのですが、何故かアレの顔を見ると、心の奥底からフツフツと怒りがこみ上げてくるのです。しかも不思議な事に、それを分かっているかのような態度で私を挑発してくるんです!それに先程も絶対にコウ様に気づいていて、わざとあんな事を言ったのですよ!」
「お、おう、ちょっと落ち着こうか」
再びヒートアップしてきたレヴィアを宥めると「す、すいません……」一言謝り、深呼吸をして心を落ち着かせようとしているようだった。
それにしてもレヴィアが訳も分からず怒る事があるのだろうか?まだ出会ってからそれ程の月日は経っていないが、理由もなく怒るような子では無いことは分かる。なら何か原因があるはずだ。
「……魔術でイライラさせたりは出来るのか?」
落ち込んだ表情のレヴィアは、ハッとした顔をするが、また直ぐに暗い表情になった。
「どうした?」
「……精神に干渉する魔術はあるのですが、あまり使い勝手のいいものでも無く、自分よりレベルが下の者にしか使えません。それにもしアレが私よりレベルが高いとして、何故イライラさせるのかがわかりません」
「確かにそうだな……まあ、もう居ないんだし、先に予定の方を決めないか?クナも暇そうだし」
「それもそうですね……ではーー」
レヴィアは立ち上がり、結構な勢いで自分の顔をグーで殴ると、心配する俺達をよそに今後の予定を決めていくのであった。
ーーー
「あぁぁぁ!何でだよレヴィちん!」
光も入らない真っ暗な部屋で、先程コウ達と出会った女性は、怒気を含んだ声を出し、壁を殴っていた。
「君は僕のモノじゃないか!なんで男なんて連れてるんだよ……あの胸も、声も、顔も、好きにして良いのは僕だけなんだ!あの糞野郎、その汚らわしい〇〇〇と指を全部引きちぎって〇〇の穴に突っ込んでヤル」
血塗れになった拳を気にすることなく壁を殴り続けている女性は、突然何かを思いついたかのようにピタっと動きを止めーー
「……やっぱり殺すしかないよね?」
ニヤっと口角を上げると、いつの間にか治っていた拳で再び壁を殴りだすのであった。
ーーー
「ちょっと気になっていたんだが、王城ってあんなに大きかったか?この宿から見たらそこまで大きく見えないんだが……」
「あぁ、あれは幻魔術の一種です。遠くからは的になりにくいよう小さく見え、攻められた時に近くから見ると王城が大きく見えるようになっています……まぁ敵の士気を下げる為の威嚇みたいなものです」
「……でも、魔力はどこから捻出しているんだ?」
「住民です。王都の住民達はここに住める代価として、魔力を少しづつ抜かれているのです」
「住民達は魔力を抜かれる代価として守ってもらい、王都は王都で魔力を使い守るというわけか……確かに理にかなっているな」
なるほど、勉強になるなーっとウンウン頷づき、視線をレヴィアへと戻す。
「では、コレで決定でよろしいでしょうか?」
「うん、これ以上のモノは無いだろ。じゃあ決行は明日だ……!」
「……!」
「どうしたでありますか?」
突然ビクッとした俺とレヴィアに、不思議そうに声をかけてきたクナ。
「なんか、これまでに無いほどの悪寒を感じたんだが……」
「わ、私もです……」
「昨日あんだけ汗をかいたから少し体調が悪いのかもな。明日は忙しくなるだろうし今日は早めに寝るか」
「……そうですね」
暗い表情で何処か歯切れの悪いレヴィア。
「大丈夫か?何か気になることがあるんなら言ってくれよ?」
「は、はい、ありがとうございます!ちょっと考え事をしていました。そうですね、明日は頑張りましょう」
俺の心配は杞憂だったのか、声をかけるといつも通りのレヴィアに戻り、それからは何事もなく一日は過ぎていった。
* * *
次の日の深夜、俺達は王城近くの路地に来ていた。
「最終確認は大丈夫だな?」
「はい」
「完璧であります!」
小声で確認すると、レヴィアとクナも小声になり返事をしてくれた。
「クナ、頼む」
「はいであります!」
クナは元気よく小声で返事をすると、俺に手をかざす。次の瞬間には俺の姿が消えていき、クナの「完了であります!」の言葉を聞き、レヴィアを抱きかかえて近くの屋根まで飛び上がる。それから屋根伝いに、跳躍を繰り返し、その勢いのままあの大きな門の上へと登った。
「……あの周辺でお願いします」
俺はレヴィアが指さした、いくつもの銅像が建ち並ぶ場所へと降り立ち、そっとレヴィアを下ろす。
「私はここで待機しますので、後は作戦通りにお願いします」
俺は「了解」とレヴィアに聞こえるはずの無い返事をし、王城へと向かって駆け出した。
* * *
入れる所は無いかと適当に走っていると、近くからキィーっと何が開く音が聞こえ、俺は音のする方へと向かった。
「オロロロロロロロロロロロ」
心配性な俺は姿が消えているにも関わらず、柱の影からそっと音のする方を覗く。窓からは凄まじい酒気を感じ、筋骨隆々とした男が手に持ったバケツに嘔吐している最中であった。
「お前飲み過ぎなんだよ!」
「……はぁ、はぁ。ちょっと捨ててくる……」
「絶対こぼすなよ!マジで殺されるからな!」
「わ、わかってる……」
一連のやり取りを済ませた吐いた男は、開けた窓をそのままにしながら、部屋の奥へと向かった。今しかないと俺はゆっくりと窓へ近づき中を確認する。部屋には男が1人いて、コップに酒を注いでいる途中であった。チャンスとばかりに慎重に窓枠に足を置き中へそっと入る。
「おっと、少しこぼれちまった」
チラリと男を確認する。やはりというべきかコチラに気づいた様子は無く、こぼれた酒を意地汚く舐めていた。流石クナさん!と心の中で褒めたたえ、俺は吐いた男が出ていった扉の前で待機した。
しばらく待つと、ゆっくりと開けられたドアの向こうからヨロヨロとした男が部屋へ入ろうとする。俺は少し空いた、男と扉の隙間に身体を滑り込ませ、ようやく王城の中へと侵入する事が出来た。
「……」
周りを確認するが、長く続く廊下があるだけで、現在地が分からない。さすがに見取り図を見たとはいえ、目印のような物が無ければ意味がなく、俺はとりあえずとそれらしい場所を見つけるべく走り出した。
想像よりも広く長い王城に驚きながらも、いくつかの扉を見つけ、その配置から現在地を予測する。運がいい事に目的地の側まで来ていたようで、俺が間違っていなければ、もうそろそろで下へと降りる階段が見えるはずだ。
「ーーだな」
もう少しでという所で声が聞こえ、俺はスピードを落とし、様子を確認する。
「そうだよな、なんで誰も入っていないのに2人で見張りなんだろうか?」
「今地下牢に入っている奴は、誰もいないはずなんだがな」
「まあ、命令だし仕方ないだろ」
どうやら目的地はここのようだ。残念ながら素直に入れそうにないが、気になることを聞けたのは幸いだった。誰もいない地下牢を見張るとはそういう事だろう。俺は目的地はここだと確信を持ち、入れる隙を伺うことにするが、それはすぐにやってきた。
「やぁ、そこをあけてくれないか?」
足音も立てずにやって来たのは、昼間に出会った、あのパンクな女性だった。
「こ、これはマオ様、ど、どうぞお通り下さい」
「ありがとう」
かなり高い役職の者なのか、マオ様と呼ばれたパンクな女性は見張りに頭を下げられながら、地下牢へと通ずる階段へと入っていく。姿が見えなくなるまで頭を下げていた見張りの隙をつき、少ししてから俺も中へと入っていった。
階段を下りていると、どこかで嗅いだ事のある匂いを感じる。
「……こんな所で?」
すぐに匂いの正体がわかり、は思わず口に出してしまう……なんせ昨日の晩にも、似た匂いを嗅いでいたのだから。俺は足を早め階段を下りていく。
下りた先には当然だが、誰も入っていない空っぽの牢屋がいくつかあるのだが、そのうちの1つの牢屋に入ろうとしているマオを見つけ、様子を伺う。
マオは中へ入り壁に手をそえると、ブツブツと何かを唱えた。すると壁が微かに光り、スーッと壁が引き戸のように開き、マオはその中へと入っていく。マオの姿が見えなくなり、俺も後をつけて中へ入ると、壁は自動でしまった。
「……」
あの匂いは更に濃くなる。俺は生唾をゴクリと飲み込み、見取り図には載っていなかった、どこに続くとも知らない階段をおりて行った。
ーーー
「今日はお前の気分だ、地下の方へ来い)」
伝声管から聞こえてきたのは、いつもの豚の声だ。豚はそれだけ言うと、僕の返事を待たずして、伝声管のフタをカチャっと閉めたようだ。
僕はベッドから下り、いつものように身支度を整え、ベッド以外何も無い真っ暗な部屋から出た。
「やぁ、そこをあけてくれないか?」
地下牢へ下りる階段を見張っていた者に、声をかけると頭を下げながらすぐに通してくた。
「……」
階段を一段一段ゆっくりと覚悟を決めながら下りていく。こんな情けない自分が嫌いだ。何年も同じ事をされているのに一向に慣れず、足取りは更に重くなる。だがそうこうしているうちに、地下牢の前まで着いてしまい、少しばかり心が乱れてしまう。そんな自分を落ち着かせる為に深呼吸を何度かし、それから僕は扉を開いた。
「遅いぞ!呼ばれたらすぐに来るんだ!」
「そんなに怒る事はないですよ……焦らしてくれただけですよね?マオ」
唾を撒き散らしながら僕を怒鳴ったデブを、気色の悪い笑顔で止めてくれた細身の男。これは決して優しさなんかでは無い。ただそういうプレイをしているだけだ。
「チッ……まあいい、ちょうどコイツも反応し無くなったところだ」
そう言いながらも豚は玩具を弄び、更に数人の男達が群がって遊んでいる。
「おい」
「……どうぞ今晩も好きにお使い下さい」
「そこまで言うなら仕方がないな……その前にいつものを頼む。今出したばかりだから流石に勃たねえからな」
「はい」
反吐が出るセリフを無理やり口から捻り出すと、豚共は不気味な笑みを浮かべ僕に近づくと、勢い良く僕の着ていた服を破り捨てる。
あーあ……また直さないといけないな……
そんな事を考えながら、目をつぶり少し集中するとーー
「おお、キタキタ!」
「私のもです、いやはや本当に素晴らしいですね」
「ギャハハハ!だな!」
何人かのふにゃふにゃになっていたモノがいきり立ち、豚共が喜び出す。ワーワー言っている中、1人の豚が我慢出来ずと僕を押し倒した。
「オラッ!どうだ気持ちいいだろ!」
豚は小さなそれを振りながら、気持ちの悪い言葉の羅列を吐いてくる。しばらく経つと、他の者も我慢出来なくなったのか、更にもう1人、もう1人と僕に群がり始め、本当の地獄が始まる。
「オラァ!」
まずは右腕。
「ギャハハハ!」
その次は左腕。
血飛沫を上げ、僕の腕が無くなっていく。
死にたい。
そう願っても中々死ねない身体。
ふと、ベッドに横たわり目に穴が空いたまま、息絶える玩具が目に入る。いたるところに無数の釘が打ちつけられ、末端はバラバラにされ、更に成人男性の腕ほどある棒が何本もねじ込まれている。
あぁ。なんて運がいいんだ。
明日と言う苦痛を感じない幸せ。
あぁ。僕も早くそうなりたい……
「……!」
叶わない願いを呪文のように唱え、気を紛らわせていると、誰もいないはずの場所から、身もすくむような殺気を感じ、この場にいる全員の意識がそこへ向くとーー
「……え?」
信じられない光景を目にする。僕の腕を切っていた豚がひとりでに吹っ飛ぶと、そこに突然現れたのは、殺してやりたいと思っていた1人の男だった。
「……やめろ」
男はその身から出す、身体がすくむような殺気とは裏腹に、小さく震えた声でそう言うと、次の瞬間、姿が見えなくなったと思うと、この場にいた豚共全員が、両手両足を砕かれ、泣き叫んでいる光景が広がった。
「……」
豚共の声にイラついたのか、男は再び姿を消すと、豚共は床に倒れた。
「おい!大丈夫か!」
先程までの殺気はどこにいったのか、本当に心配そうな顔で僕に近づいてくる。
「ハハ……君はレヴィアと一緒にいた人だよね?そんな君が僕なんかを心配してくれるのかい?」
「こんな事をされてる人を見て心配しない奴がいるか!とりあえず外に出るまでの我慢だ!レヴィアがいるから、すぐに治してくれるはずだ!」
「そうか……レヴィアも来ているのか……」
「とりあえず出るぞ!」
そう言って担ごうしてきた。
「僕は大丈夫……」
伸ばされた手を拒絶し、僕は能力を発動させた。




