第24話 忍
馬車に揺られること2日。どうやら何処かの町に入ったようで、ガタガタとうるさかった車輪の音が、カタカタと音を変える。それから更に馬車に揺られ、ようやく馬車が止まったと思うと操っていた男が降りたのがわかった。
コンコン、コンコン、コン、コンコンコン。
何かをリズム良く叩く音が聞こえ、ガチャッと扉が開く音と共に誰かがやって来たのが分かる。そして次に彼らが発したであろう言葉に俺は耳をうたがった。
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」
喉の奥から出すような甲高い声で鳴いているのだ。その声を聞いているだけで、コイツらが得体の知れない者という事が分かり、言いようのない恐怖が悪寒となって全身を走る。しばらくすると気味の悪い声が聞こえなくなり、突然馬車のシートがめくられた。
「着いてこい」
先程の気味の悪い声ではなく、ふつうの声色で命令をしてきた男に、クナと俺はついて行く為馬車から降りた。時間は深夜、着いた先には倉庫のような大きな建物があった。男は大きなスライド式の扉を開け、クナを建物の中へと誘導する。
俺も後をつけて行き中へ入ると信じられない光景を目にした。中には数え切れない程の人達が虚ろな表情で、同じ方向を向きながら立っており、時折「い゛い゛い゛」と声を出しているのだ。
「……」
恐らく攫ってきた人達にここで何かをしているのだろう。俺の中に言い知れぬ恐怖とやり場のない怒りがこみ上げてくる。だがここで暴れても黒幕が分からなければ意味がない。俺はグッと拳を握りしめ、先に行ったクナの後を追う。
「ここで立っていろ」
クナは虚ろな表情の人達と同じように立たせられると、男は倉庫から出ていき扉が閉められた。
「……クナ」
精霊術により俺の声はクナにしか聞こえていないはずなのだが、この場の雰囲気で自然と小声でクナの名前を呼んでしまう。しかしちゃんと聞き取れていたようで、クナはコクリと頭を動かした。
「流石にこの中から娘さんを探すのは一苦労だ。それにどうせなら全員助けたい。ここからは作戦通りに頼む」
俺の提案に再びコクリと頭を動かし、小走りで入ってきた扉とは別の小さな扉へ手をかける。幸運な事に扉に鍵はかかっておらず、俺達は無事に外へと出ることが出来た。
「ここからはクナが姿を消してくれ。後は作戦通りに」
「了解であります!」
そうして二手に別れ、俺は探索を開始した。
ーーー
コウ達が倉庫から出て数分後、この場所を見つけた者がいた。
「……ここか」
殺気を含んだ声色でそう呟くと、月明かりに煌めく長い金髪を揺らし、コウ達が居た倉庫の中へと入っていった。
「!」
予想外の光景に一瞬驚いた顔をするが、すぐさま唇を噛み締め怒りのを表情をあらわにすると、誰かを探すように1人1人の顔を見ていく。
「キーナ!」
少し離れた場所から探し人を発見できたようで、名前を呼びながら、直ぐに近づくのだが、周りの人達といっしょで、虚ろな表情の女の子は名前を呼ばれても反応せず、ただ虚空を見つめるのみ。そんな女の子を大事そうに抱きしめながら、涙するのであった。
ーーー
あらかた調べ尽くしたが、めぼしい物は何も無く、俺達をここまで運んだ男の姿も発見する事ができず、残されたのは裏手に見える大きな屋敷となった。
「……」
不気味な屋敷の雰囲気に少し足が重くなるが、恐怖を飲み込みように、ゴクリと喉をならし屋敷の中へと忍び込む。
これだけの事をしているのにも関わらず、見張りも、それらしい罠も無く、難無く屋敷の一室に忍び込むことが出来た。
部屋には本当に何も置いていなく、パッと見ただけで調べる必要がないと悟った俺は、別の場所を調べるため慎重に扉を開いた。扉開くと廊下を挟んで大きなガラス窓があり、その奥には中庭のような場所が見えた。恐る恐る扉から顔を出し辺りを見渡すが、人の気配は無く、ただただ長い廊下を闇が支配していた。
「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない」
お化けでも出そうな雰囲気に背筋な寒くなるが、小声で何度も自分に言い聞かせながら廊下を歩いているとーー
「……!」
突然キィーっと扉を開けるような音が、廊下に響き渡る。焦るあまり叫びそうになるが、無理やり口の中に拳を突っ込み声を抑え、近くにあった扉を開き、すぐに中へと入った。
「……」
ドクンドクンと脈打つ音がやたらと大きく聞こえる中、扉に耳を当て様子をうかがう。するとコツコツコツと足音が聞こえ、俺のいる部屋を通り過ぎていく。内心ホッと胸を撫で下ろし安心したのもつかのま、ふと後ろを見るとーー
「おぉぉおおおおおおおおおぉぉお!!!」
絶叫してしまった。
俺は部屋から飛び出し、訳もわからず走り回る。だがいつまで経っても何も追ってこず、おかしいと思った俺は勇気を振り絞って、先程の部屋に戻ることにした。
「ふぅ……」
一つ深呼吸をして再び扉を開くと、やはり居た。目は虚ろ、肌は焼け爛れたかのようにボロボロで、時折蛆虫が顔を出す、ゾンビのような奴らが。だが立っているだけで何もしてこず、死んでいるのか?とよく見ると、浅く呼吸をしていて、首を傾げてしまう。
「……回れ」
もしやと思い命令してみると、10体程いるゾンビ達が一斉に回りだし、当たって欲しくなかった予想が的中してしまう。
「チッ……」
よくもこんな酷いことができるなと、歯を食いしばりイライラしていると、突然背後に気配を察知し、直ぐに振り返るとーー
「!」
何かを投げられ、俺が大きく飛び退くと、床にカカカカカっとクナイのような物が刺さる。
「……」
「……」
眼前に姿を現したのは、目と鼻、耳以外を黒い布で覆い、黒い忍び装束のようなものを纏った人物だった。
「いかにも過ぎて逆にビックリだな」
「……」
「格好から察するに忍びの者的な?」
「……」
「……ここの雰囲気で無言を続けられると流石に怖いんだけどな」
「……」
終始無言の忍者?は、俺の挑発に何も反応する事無く、足を1歩前へ踏み出すとーー
「!」
目の前から消えたと錯覚する程の速さで、一直線に突っ込んでくると、懐から取り出した小刀で首を切りつけてくる。
「危な!」
動作を全て見てからギリギリで避けると、忍は壁にぶつかる寸前で、三角飛びの要領で壁をタタッと蹴り、俺から離れた位置にスマートに着地する。まさか避けられるとは思っていなかったのか、黒い布の隙間から見える目が大きく見開かれ、忍は構えをとった。
「……」
「……」
「ちょっと待って!」
「!」
今まさに忍が駆け出そうとした瞬間、俺はある事が気になり大声をだした。
「皆さん、外に出て座っていて下さい」
俺達が相対している中、ずっとその場で回っていた人達に命令すると、ノロノロと部屋から出ていく。
「ありがとう。さて続きと行こうか」
「……」
律儀に待っていてくれた事に礼を言い、俺達の戦いが再びはじまる。
動き出しはほぼ同時。だが忍は俺から見て左回りに駆け、俺はそれを追う形で一直線に突っ込んでいく。先手は俺のスライディング気味の蹴り。しかし忍は俺の上を飛び越えて躱しつつ、右手に持っていた小刀で、身体を錐揉みさせながら切りつけてくる。小刀が当たる寸前、俺はスライディング状態の身体を無理やり反時計回りに捻り、回転している忍の腹部辺りへ右肘を入れた。
「っ!!」
忍は壁に叩きつけられたが、俺の頬にはうっすらと切り傷が出来ていた。
「やるな。あの一瞬でこれだけの高度な攻撃、本当に凄い」
本当に思った気持ちを、起き上がってきている忍に伝えるが、挑発ととらえたのか、先程よりも目を鋭くさせながらすぐさま攻撃をしかけてくる。
まずは数本のクナイを投げられ、それらをサイドステップで避けるとそれを読んでいたのか、忍が同じ方向にサイドステップをし、いつの間にか左右の手に持っていた小刀で交互に切りつけてくる。それらを見極めるように何度か余裕を持って避け、ここだ!というところで、コンパクトに振ってきた片方の小刀の背を掴み奪う。だが、それも想定の内かのように焦ること無く、もう片方の小刀をすぐさま投げつけてきた。
「うおっ!」
「……」
俺は間一髪の所で避け、少し焦るのだが、それにつけいろうともせず、忍は距離を保ったまま、俺をジッと見ている。
「?」
「……」
首を傾げ不思議そうにしていると、忍の目が弧を描き少し微笑んだ気がした。そして次の瞬間、これまでで一番の速さで飛び出してくると、俺の鳩尾に手刀を入れてきた。
当たる直前、俺は忍の手首を掴み手刀を止めるが間髪入れず、手首を掴まれたまま股間を蹴り上げてくるが、俺は押さえつけるように蹴り上げられた足を掴んだ。
「ちょっと痛くするぞ」
「!」
一言謝りを入れてから床へと叩きつける。
「かはっ!……」
背中から叩きつけられた忍は、口から空気を吐き出し、苦しそうに床に蹲った。
「やり過ぎたかな……でもこれとそれは別だ」
俺は腰のポーチからロープを取りだし、近くにあった椅子に忍の両手足を縛り動けなくした。
「さて、まずはこんな事をしている奴の正体から教えて貰おうか」
「……」
「知らないのか?じゃあお前はここで何をしている?」
「……」
「もしかして雇われで何も知らないとか?」
「……」
「……頼むよ、何か答えてくれよ」
「……」
一向に喋ろうとしない忍。先程の質問も含め俺は段々と苛立ちをおぼえ、忍の背後へと回る。
「分かった、お前はそっち系だな?どうせ「答えるくらいなら死を選ぶ」とか言うんだろ?もういいよここからは俺のイライラ解消に付き合ってもらう」
「……」
忍の背後から手を伸ばし肩に置くと、少しだけ忍の身体が震えた気がした。だがそんな事は関係ないと俺の中の悪魔が囁き、肩から手を滑らせるように目的地に移動させすぐに行動を起こす。
「地獄だぞ……」
「ひゃっ!……あ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「ほらほらほらほら」
この世界に来てから上がりに上がった高い身体能力に任せ、足の裏をこちょばし、太ももを揉み、脇をグリグリとし、耳の周りにこれでもかと息を吹き、これらを分身でもしたかのような速さで繰り返した。
「ひゃっひゃっ!ひゃひゃひゃひゃ!もう!ひゃっひゃひゃ!ダメ!やめてひゃひゃひゃ!くだはい ぃいい!ひゃひゃひゃひゃ!」
「おーおー、さっきまでの男前な態度はどこいった?それに人を殺そうとしておいて、それはどうかと思うぞ?」
「あひゃひゃひゃひゃ!ご!ひゃひゃひゃ!めんなさいぃいいいい!」
「もうしない?」
「は、はひぃいいいい!ひゃっひゃっひゃゃ!」
「よろしい」
満足した俺は忍を残し部屋から出ると、廊下にはゾンビ姿の人達が体育座りをしていた。
「どうにか出来るか聞いてきます。そこで待っていてください」
「……」
かけた言葉に反応は無く、俺はその場を後にした。
ーーー
屋敷のとある一室ーー
「くそっ!あの野郎早く帰ってこい!」
小汚い禿げた男は誰かに悪態を吐きながら、壁に向かってグラスを投げつける。
「楽な仕事って言うから来たのに、なんだよこの不気味な屋敷は!コイツらは何も喋らないし!なんなんだよ!くそ!」
近くにいる使用人らしき人物達を睨みながら、更に悪態をつき、近くにあった花瓶を投げつける。だが花瓶を投げつけられた使用人が反応する事は無く、ただただ男の怒声が響くだけであった。
「ちっ!早く帰ってこいよ……!」
男は情緒不安定なのか、親指の爪を噛みながら小さくなっていると、扉の向こうから足音が聞こえてきて、ビクッとなってしまう。
「う、嘘だろ……アイツはいつも足音なんて鳴らさずにいるのに……まさか!」
信じられないといった表情で男が怯えながら扉を見ていると、勢いよく扉が開いたのであった。
ーーー
「!」
1階の探索が終わり、続いて2階に上がろうと階段を登っていると、ガラスが割れる音が聞こえ、すぐに音のする方へと向かう。
「あそこか!」
目的地はすぐに判明し、開いていた扉へと真っ直ぐに走った。
「……やめろ!」
様子を伺う為、扉から顔だけを出すと、そこには片腕を切り落とさた禿げた男と、金色に輝く長髪の男が立っていた。金髪の男は俺の言葉に気がつくと、殺意のこもった目で睨みつけてきた。
「お前は、この薄汚い男の仲間か?」
「違う!ここには、ある人から娘が攫われたとの事できた。それでそいつを殺すのはストップだ。話を聞きたいし助かる人も助からないかもしれない」
「……」
金髪は俺の話を分かってくれたのか、スっと身を引いてくた。
「おい!下にいる人達や、顔が爛れている人達はどうやったら元に戻るんだ!」
「わ、わかりません!そ、それより、血を止めてくれ!このままだと死んでしまう……ぎゃあああ!」
「おい!」
小汚い男の言葉にイラッとしたのか、金髪の男は小汚い男の腕の切り口に火を放ち燃やした。
「止血だ」
「はぁ……おい、血は止まったんだからこれでいいだろ」
「腕が!腕が!」
「おい!!!」
「は、はぃ!」
錯乱する小汚い男に一発平手打ちをかますと、正気に戻ったのか、涙目で俺の顔を見ながら返事をする。
「さあ!早く答えろ!」
「わ、わかりません!」
「……お前死にたいらしいな」
「あーあ、これは俺も擁護できんな」
「ち、違うんだ!俺はただ命令されただけなんだ!金をやるから、この屋敷の管理と、毎日あの液体をかけるようにって!」
今にも泣きそうな男は怯えながらも、部屋の隅にある、大きな樽に目を向けた。
「あの忍び装束の奴は」
「あ、あいつらは俺の護衛だ!この仕事を受ける時に、勝手に付いてきたんだ!」
「なるほど……他に知っている事は?」
「ふ、不定期にここに来ては、何か実験みたいな事をしてから、何人か連れ帰っていた……そうだ!あの下にいたボロボロの奴らを見たんだろ!?あれは実験に失敗したとかで、置かれいる奴らだ!」
「ふむ……話の筋は通っているな」
「だ、だろ!?だから俺は無実なんだって……ヒィ!」
恐らく「無実」という言葉に反応したのだろう金髪は、レイピアのような長剣で小汚い男の首目掛けて突いてきた。寸前で気づいた俺は手甲を使い、どうにか長剣の突きを逸らしたのだった。
「何故邪魔をする。話は終わっただろ」
「流石に人殺しは嫌だからな。それにこんな怯えさせていては、何か忘れている事もあるかもしれないしな」
「チッ……」
「まあまあ、とりあえずウチの者を呼ぶから待ってくれ」
俺は窓際まで行くと、窓を開けウエストポーチから一本の筒を取り出し外に向け、打ち上げる。
それから10分程待つと、レヴィアが息を切らしながらやって来た。
「お疲れ、レヴィア」
「ゼーゼー……ご無事で……何よりです……」
「レヴィア……眼鏡で胸が大きい……もしかして賢者のレヴィアか!?」
レヴィアの風体をじっくりと見ながら、ハッとした顔をすると、目を見開きながら驚いた顔で確認してきた。
「ん?もしかして知り合い?」
「いや、直接は会ったことはないが、冒険者の間で、その強さはドラゴンをも一蹴すると噂されている程で、知らない方がおかしい」
いつもはおかしいが、本当にレヴィアって凄いんだっと思いながら少しだけレヴィアを見直してしまう。
「って事は俺達と同じ冒険者って事?」
「俺達という事は……そうだな、俺はAランク冒険者のキールという者だ。ここへは、妹を救う為にやって来た」
「俺はコウサカ アキ。Fランク冒険者だ」
「Fランク?嘘をつくな。俺の剣をああもあっさりと受け止めた奴がFランクな訳がないだろ?」
「い、いや、本当だって。一応特別枠って言うのには入れられてはいるが、つい最近冒険者になったばかりなんだ」
「特別枠……あのお堅いギルドがねぇ。まあそれも納得の雰囲気だがな」
「緊急事態らしいからな……あ、レヴィア!ちょっと確認したい事があるから、コイツを頼む!」
「は、はい!」
確信を持って忍を捕らえた部屋へ向かうと、やはりと言うべきか、そこはものけのからになっていた。
あの小汚い男は「奴ら」と言っていたからな、恐らくあの時聞こえた足音はもう一人の仲間だったんだろう。
何か手がかりが無いか、部屋を調べていると、忍を捕らえていた椅子に一枚の紙が置かれていた。
『今一度』
「いつでもかかってこい」
俺は手紙をウエストポーチに入れ、今は居ない忍へ一言つげるのであった。




