第19話 魔の精霊水晶
俺達は日が沈む頃には町に戻ることができ、どうにか空いてる宿を探し出し一息入れているところだった。
「あのクロウラーは生きたまま異空間収納に入れたんだよな?」
「はい、そうですよ」
俺の問いかけに、ベッドに腰掛けているレヴィアは上着を脱ぎながら答えてくれた。
「なら、強そうな魔物でも異空間収納に入る大きさなら、入れてしまえば最強じゃないのか?」
「ふぅ……。それは出来ないんですよ。異空間収納には制限があって、自身のレベルの1/10以下のレベルを持つ魔物しか入れることが出来ないんです」
「……そ、そうなんだな」
服が胸に引っかかりながらも、どうにか服を脱ぐ事が出来たレヴィア。説明してくれている今の姿は上下共に黒のインナー1枚で、それが肌にピッチリとフィットし、誰もが触れたくなるようなボディラインが強調されている。そのため俺はそれどころではなくなってしまいそうだった。
「では、お風呂の前に残りの仕事を終わらせましょうか」
そう言うと部屋の壁や床に何やら薄い膜が現れ、レヴィアの目の前に異空間収納が現れる。
「一応逃げ出されないように結界は張りましたが、念の為目を離さないようにお願いします」
「了解」
異空間収納からポンッと放り出された黒い水晶は、床にタタッと軽快に着地すると、カサカサと高速で部屋の隅へと逃げていく。
「この部屋からは逃げれませんよ。あなたに拒否権はありません、大人しく質問に答えなさい」
「……」
「あなたは本当にクロウラーですか?」
「……」
「……何故その水晶が背中に付いてしまったか心当たりはありますか?」
「……」
レヴィアの質問にクロウラーは沈黙のまま微動だにしない。
「……いいでしょう」
レヴィアは顔色を変えずにそう言うと、急に部屋の温度が下がり始める。
「レ、レヴィア!お、落ち着こう!まだまだ時間はあるんだし、そう急いで答えを求めなくてもいいじゃないか」
今にも何かの魔術が撃ち込まれそうな気配を察知した俺は、即座にレヴィアに近づき説得を始める。俺としては、見た目がゴキブリとはいえ、意思疎通が出来るのであれば、無益な殺生は避けたいところ。それに、なんだかクロウラーから感じる雰囲気は、可愛さを感じてしまうほど、真面目なボクっ娘という印象だった。
「コウ様がそうおっしゃるのであれば、そういたしましょう。ですが、このまま黙秘を続けるのであれば、わかっていますね?」
俺の言葉に思いとどまってくれたレヴィアだが、クロウラーには冷徹に言葉の釘を刺す。
「まあまあ、コイツも無理やりここに連れて来られたんだから、流石に怖がってしまってるんだろう。もし一日二日経ってもこのままなら、その時に考えればいいんじゃないか?」
「それもそうーー」
「お、落ち着くそうであります!」
今日はこのままお開きになるのかと思われた瞬間、クロウラーが突然喋り始めた。
「誰が落ち着くのですか?」
レヴィアはクロウラーの突然の発言に驚く事もせず、すぐに質問を返した。
「この、魔の精霊水晶がそう言っているであります」
「“魔”の精霊水晶……」
レヴィアは顎に手を添えながら、何故か確かめるようにクロウラーの言葉を繰り返す。
「……その水晶と意思疎通ができるのですか?」
「偶にでありますが、コイツから話しかけてくるであります」
「その事を証明出来ることはできますか?」
「しょ、証明は出来ないであります……自分の頭中に声が響くだけですので……」
「ふむ……では、あなたが自分を自分であると、自覚したのはいつ頃からですか?」
その言葉にクロウラーが俺の方を向いた気がするとーー
「……そこにいる、コウサカ様の頭に乗っている所からです」
「……ん?ちょっと待て、俺の名前をいつ知ったんだ?」
「いつと言うか、初めから知っていたであります」
レヴィアは俺の事をコウ様としか呼ばないし、この町に来てから名前を書いた事も言った事も無い。しかも初めからと意味のわからない事を話すクロウラーに、俺は気味が悪いと感じてしまう。
「それはコウ様の頭に乗ってからという事ですね?」
「そうであります。気づいた時にはコウサカ様の毛髪と頭皮を咀嚼しておりました」
「そ、咀嚼ってお前……」
表情はわからないが、その事を普通に話すクロウラーに俺は若干引いてしまう。
「これでだいたい分りましたね」
何が分かったのか分からないが、レヴィアは眼鏡の端をクイッと持ち上げると、レンズがキラっと光、一人納得しているようだった。
「何がわかったんだ?」
「ええっと、まずは精霊水晶の事から説明いたしますね」
そう言ってレヴィアは何も分かっていない俺の為に、優しく詳しく教えてくれた。
精霊とは空気・大地・水・火等、全てに宿るものであり、数や種類、果ては文化・言葉・どうやって生きているか等も全く分かっていなく、直接見ることも出来ない。
ここで問題になるのが本当に精霊はいるのか?という事だが、この世界には精霊術というものがあり、それを唯一使えることができる精霊術士という職業がある。その者達には時折精霊の声が聞こえるらしく、聞くことが出来れば、その精霊が力を貸してくれるようになるとの事。ただ、力を貸してくれる精霊の種類は自分で選ぶ事ができなく、使える力はバラバラ。例えば特定の木の精霊なら、その種類の木を動かしたり、成長させたりと言うことをできたりと、条件は限られるが何かを自由に使えるようになる事が多い。ここで勘違いしてはいけないのが、精霊術は魔力では無く、精霊の力であると言うこと。更に精霊術士である者には魔力は無く、精霊の力は魔力と常に反発しあう油と水の様な関係とのこと。
ちなみにだが、精霊術士が精霊術を使っていない時は魔術での回復等は可能だが、精霊術を使い出すと、途端に魔術を跳ね返すそうだ。その為魔物の魔術を防ぐ盾にもされる事があるらしいが、戦力として安定しない為、基本的には戦力外、つまりハズレ職業だ。
さてコレが精霊の説明なのだが、普通の人には見えもしない精霊が作ったと思われているのが、精霊水晶というもの。これは簡単に言えば、精霊の声が聞こえない人でも、精霊の力使えますよーって事らしい。これでは精霊術士が涙目となりそうだが、残念ながら数が少なく、精霊水晶の能力にはかなりのバラツキがある。殆どが水を出したり、木の発育を手助けする物が多く、戦いや治療等に使える物は、初めの精霊水晶が発見されてから200年が経った今でも三つだけ。
そんな激レアな精霊水晶が目の前にあり、尚且つその名前にはあってはならない“魔”の一文字が入っている。この精霊水晶、何か問題があるとしか思えない。俺が破壊した方が良いのでは無いだろうかと聞くとーー
「それが無理なんです。叩いても切っても削っても、なんなら爆破したオマケに、衝撃で空高く放り出されて落ちてきても無傷なんです。それに魔力と反発する性質があるので、魔術も効かない。もうお手上げです」
「なるほど、だからレヴィアの魔術にも無傷だったんだな……」
「そうなんです……あ、すいません、話しが逸れましたね」
「いや、俺が質問なんかしたからだな、すまない」
「いえいえ……それでここからは憶測に過ぎないのですが、恐らくクロウラーはコウ様の身体の一部を体内に取り入れた事による突然変異と思われます」
突然変異という言葉に、俺はドロドロと溶けた人間を思い浮かべてしまう。
「え?それじゃ俺の身体食べたら突然変異するの?」
俺からの当然の質問に、レヴィアは自信満々の顔をしてーー
「少なくとも人間には影響はないかと思われます」
「な、なんで言いきれるの?」
「私が証拠です」
そう言うとレヴィアは顔を赤らめ恍惚の表情で、俺の下半身に目をやる。
「……」
「あとの要因はいくつかあります。コウ様の身体が女神様によって作られたという事、そして僅かですが、このクロウラーからは黒い魔物の魔力を感じますので、それも要因かもしれません」
「な、なるほど……」
「お、お話中申しわけないのですが……じ、自分はこの後どうなるでありますか?」
クロウラーは話を聞いていて嫌な予感がしたのか、恐る恐る聞いてきた。
「そうですね……このまま森に帰すわけにも行きませんし、出来れば生かしておきたいので、異空間収納に閉じ込める感じですかね」
「そ、そうでありますか」
「すまないな、偶に出してもらうから我慢してくれよな」
「い、いえ!自分の状況くらいは分かってるであります!生かしてもらえるだけ、ありがたいのであります!」
俺が気遣いの言葉をかけると、クロウラーはこれでもかと言うくらい、腰を低くし、頭を下げたように見えた。
「それって本当に壊れないんだよな?」
「はい。本当に精霊水晶であるならば、今の私達では無理です」
レヴィアに確認をし、俺は興味本位で魔の精霊水晶を手に取る。
そしてーー
「フン!……なんちゃ……た!?」
手に力を込め本気で水晶を握ると、パキョっという音と共に、ビキビキとヒビが入り、ゆっくりと中から白と黒の煙が綺麗に分かれながら、床へと流れ出した。
「え!?うそ!?これもしかしなくてもヤバイ?」
「わぁーーー!なんか身体の力が抜けていくでありまく!もしかして自分は死ぬでありますか!?嫌であります!嫌であります!自分はもっと色々したかったであります!」
「そ、そんな!壊れるはずは……!コウ様!部屋から出ましょう!何かおかしな気配を感じます!」
「で、でも!」
「コウ様!」
レヴィアは俺の手に持っていた水晶を叩き落とすと、俺の手を握り慌てて部屋を飛び出し扉を閉めた。
「わぁーーー!煙が増えているでありますー!死ぬでありますー!自分はーー……」
扉の向こうから聞こえていた、クロウラーの声は突然聞こえなくなっていく。
「……これって俺のせいだよな……はぁ……」
「仕方ありませんコウ様。初めから、ああなる運命だったのですよ」
「すまないクロウラー……」
俺達は扉の前で立ち尽くすしかなかった。