第15話 出発前
レヴィアの家に帰ってきた早々に、俺はリビングのソファに姿勢よく座っている。目の前には、細長い指さし棒を持ち、メガネをクイッと挙げる教師になりきったレヴィアが嬉しそうな表情で立っている。
「ではこれより日程や三巫蠱の森がどのような場所か、出現する魔物等の確認をしたいと思います」
「はい!」
家に帰ってきて早々、俺はレヴィア先生による個人授業を受ける事になった。冒険者になったばかりの俺は、三巫蠱の森の事や、今後の日程の組み方が分からなく、更には野営の仕方、見張りの交代等も知らない全くの初心者である事から行われた緊急措置である。
「現在三巫蠱の森に入るには、ギルドからの許可がいり、Aランクの冒険者が複数人居なければなりません。それには3つの理由があります」
レヴィアそう言いながら、どこからともなく出てきた黒板にスラスラと理由を書いていく。
1.出入りする為には相応の実力がいる
2.中には小さな魔物が多く、それを索敵・一掃できる者がいる。
3.更に各々の縄張りを支配する三体の魔物がおり、その危険度はAランクの冒険者を凌ぐ可能性がある。
「はい!」
「どうぞコウ様」
大きな声と共に挙手をすると、レヴィアに指さし棒を向けらる。
「1と2は大凡の検討がつくんですが、3はなぜ可能性なのですか?三体いるという事を確認できているなら強さの確認もできているんじゃないんですか?」
「流石コウ様……そこに気づきましたか。それはですね、この森には3つの縄張りがある事が確認されているのですが、その各々の縄張り内で、どうやらボスの座を巡って争いが起こっていると思われるのです」
俺の質問に大袈裟に褒めてくるレヴィア先生。
「思われる?」
「はい。この話は私が途中で参加した依頼なのですがーー」
と言ってレヴィア先生は知っている限りの事を教えてくれた。
あるAランク冒険者が依頼で三巫蠱の森にある素材を取りに行き、その時に縄張りのボスと言われていた魔物に突如襲われあえなく撤退。しかし次こそはと人数も増やし準備万端で、もう一度森にはいると、前回襲われた場所で、自分達を襲ってきたはずのボスが死んでいた。
「この時途中で参加したというのが私なんですが、確かにその時に死んでいた魔物は、間違いなくボスの一体でした」
「……他のボスが縄張りを広げようとして、殺した可能性もあるんじゃないのか?……」
真剣に話を聞いているせいで、生徒を演じている事を忘れてしまう。少しレヴィアの雰囲気に変化があった気がしたが、それについて何も苦情はなく、少しホッとする。
「はい。私もその可能性はあると思うのですが、今の所自分の縄張りから出たボスと言うのが確認されておらず、縄張りの広さも変わったと言う情報がありません。それにですね、魔物の死体を確認すると、明らかにその縄張りにしか出ない魔物の攻撃跡だったんですよ」
なるほど。縄張りのボスが代替わりするから可能性かと考えていると、一つ疑問が浮かぶ。
「ん?なら現在のボスがどんな魔物かは確認出来ていないという事だよな?」
「その通りです。ただ縄張りごとに出る魔物の種類は決まっていますので、それさえ覚えて頂ければ、ある程度の対処は出来るかと思われます」
その言葉に「まさか……」と頭によぎる。
「ではこれより三巫蠱の森に出現する魔物を全て覚えましょう」
「……せ、先生。それは、な、何体程いるんでしょうか」
急に生徒に戻った所で結果は変わらずーー
「ええっと……328種類ですね」
「……」
そして、俺の暗記地獄が始まった。
5日後の明朝ーー
「三巫蠱の森にいるクロウラー系は全部で何種類でしょうか。名前と一緒にお答え願います」
「ボトムクロウラー、ホルルクロウラー、ワイヤーヘッド、ギャリー、コクール……ちょ、ちょっと待って……ス……スチュルバン!」
「正解です!完璧ですね」
どうにかひねり出した答えに「正解」の言葉を貰い、俺は心底ホッとする。何故ならもし間違えようものなら、また一からあの暗記地獄が待っていたからだ。
「これで328種類の魔物とその特徴は完璧ですね。出発1日前で覚えて頂けるとは、流石コウ様です!」
「お、おう……頑張ったからな……」
覚えきれた安心感からか、5日間の徹夜疲れがどっと押し寄せてきて、机の上に前のめりに倒れていった。
「では明日は休息日にして、明後日出発にしましょう。よろしいですか?」
倒れたままの俺は手だけ挙げて、丸を作り意思表示をすし。
「私はお風呂に入ってから、ギルドに報告と食料の買い出しに行ってきますので、コウ様はお休みください」
あまりの眠たさに、あまり話が頭に入ってこないが、眠っていいという事だけはわかったので、再び手で丸を作り、俺はそのまま眠りに落ちていった。
「…………ん」
何かが唇に触れた気がして、俺は眠りから覚めた。
「あらぁおきちゃったのぉ。おはようコウくん」
「ん……おはようございます……え!?」
寝ぼけ眼を擦りながらうっすらと目を開けると、鼻先が触れる距離にレーナさんが見えた。
「ふふふふ、今からお昼作るから、後でリビングにきてねぇ」
レーナさんはベッドから下りると、そう言ってレヴィアの部屋から出ていった。
俺はレヴィアのベッドで横になっており、あの時確かにレーナさんも一緒に布団に入っていた。
「運んでくれたのか?申し訳無い事をしたな」
わざわざリビングからレヴィアの部屋に連れてきてくれたのであろう。俺はレーナさんに感謝の念を送りつつ、後でお礼を言おうと思った。
「それにしても本当に凄い量の本だな……」
部屋の中を見渡す。大きさは10畳程でかなり広い。扉のすぐ横には小さめの机と椅子があり、その横には俺が寝ていたベッドがある。しかしそれらと窓以外は全てが本棚で埋め尽くされていて、部屋の真ん中にすら、本屋に置いてあるような、両面に本が置ける本棚が置いてある。
「俺も勉強ぐらいした方がいいかな?」
さっきまでの暗記の件も相まって、少しでも冒険者に関する事を覚えておこうと思い、適当な本を探しにベッドから立ち上がった。
「森の魔物図鑑……旅の必需品……お、これいいな」
手に取ったのは【火魔術の基礎】なる本だ。
「どれどれ……」
◇◇◇
夜遅く私の部屋に来た第1皇子を部屋に招き入れると、突然私の背後にきてーー
「お前は俺のものだ」
そう言って、抱きついてきた。
「どうした?甘い声が出ているぞ?」
「そ、そんな事はございません!」
だが興奮しているのは事実だった。そうしてしばらく遊ばれていると、ゆっくりと服の中へ手が滑り込んできた。
「あぁ……こ、これ以上は……」
「何を言っているんだ、こんなに興奮しているじゃないか」
「そ、それは」
◇◇◇
俺はそっと本を閉じ、リビングへと向かった。
「もうすぐ出来るから座ってまっててぇ」
エプロン姿のレーナさんが台所で料理をしている最中であり、俺はその姿を堪能しながら椅子に座った。
「レーナさん、レヴィアはまだ帰ってきてないんですか?」
「お昼までには帰るってーー」
レーナさんば話しているの途中で玄関の扉が開く音が聞こえきたかと思うと、ダダダダダタっと何かがコチラへ走る音が聞こえた。
「ハァハァ……ただいま」
レヴィアが今日は倒れずに、多少息が乱れている程度で帰ってこれたようだ。
「おかえりレヴィア」
「おかえりなさい。もうご飯できるわよぉ」
「はぁーい」
レヴィアが席に座り、しばらく待つとレーナさんが出来たてのご飯を運んできてくれた。
「レーナさんありがとうございます」
「母さんありがとう」
「はいはい、ではいただきましょうかぁ」
そうして昼食をたべながら今後の予定を話し合った。
「明日は休息日に当てますので、今日のうちに装備の点検だけおこなっておきましょう」
「お、ようやく着れるのか。実は装備がどんなものか楽しみなんだよな」
「ふふふふ、コウくんなら何でも似合うと思うわよぉ」
「そうですか?なら着たら見せにきますね」
「ありがとう」
昼食が食べ終わり、俺は服を着替えにレヴィアの部屋に入りーー
「レヴィアも一緒に着替えるのか?」
「は、はい。ついでにと思いまして。ではコレを」
レヴィアは異空間収納から2つの麻袋を出し、一つはレヴィアが、もう一つは俺に渡してくれた。
「ありがとう。じゃあ着替えるな」
「では私も」
俺は麻袋の中身を取り出し、早速とばかりに着替え始めると、レヴィアも俺の目の前で着替え始めた。
レヴィアは初めに上着を脱ごうとするが胸に引っかかり、かなり脱ぎにくそうだ。やっとの事で脱げると、胸も引っ張り上げられていたためブルン!っと重力にしたがい下に落ちたかと思うと、プルンっと元に戻った。
「……」
いかんいかんと見とれている自分の頬を軽く叩き、俺はようやく着替えを始めた。
「どうですか?着れましたか?」
「おう!これカッコイイな!なんかこう……ワクワク感が止まらないぞ」
「フフ、装備の説明は入りますか?」
「ああ、頼む」
するとレヴィアは麻袋から一枚の紙を取り出した。
「ええっとーー」
一つ目は黒のインナー。特殊な技法で作られており、縫い目がなく身体にフィットしピチピチでテカテカな一枚。特徴としては液体状の酸や毒を弾き、擦り傷程度の攻撃なら、受け流してくれるとの事。予備として10枚入れてくれていた。ちなみにレヴィアが着替える所を見たが、あれはまさに凶器だった。
二つ目と三つ目は同じ素材で出来た、上着とズボンだ。深緑色と黄土色のリバーシブルでとても動きやすい。弓矢や剣等の刺突や斬撃に強く、火や水にも一定の耐性があるらしい。そして最大の特徴が、ある程度の魔力を流すと自動修復するらしい。ちなみに俺は深緑色で統一している。
四つ目が靴。ハイネックの茶色の革靴のようだが、触ると意外な事に鉄のように硬い。火の上や氷の上を歩いても熱気や冷気を遮断してくれ、更には針の上だって歩けてしまう程の耐久性との事だ。これは予備として3セット入っている。
五つ目が大小のウエストポーチが2個とベルト。ベルトは黒色で普通の物だがウエストポーチが素晴らしく、なんと異空間になっていて、A4サイズの大の方は馬が10頭は入る程で、手の平程の小は馬が3頭はいるらしい。本当に入れて確かめたのだろうか?少し気になる所ではあるが、これは本当に嬉しい。
そして最後がーー
「手甲と脚絆って中々かっこいいよな」
装備した手甲を見ながらそう言うとーー
「ん?私は入っていませんでしたよ。あ、コウ様宛に何か書いています」
中身確認すると相変わらずの口調で何故俺に手甲や脚絆があるかが書かれていた。
とりあえず着けとけ。
「……」
「……」
あの人らしい。と納得の沈黙が流れる。
「ま、まあまあ。あの人の事ですから、きっといいモノのはずですよ」
「それもそうだな。これで手を怪我しなくて済みそうだしな」
「フフフ、そうですね」
着替えが終わり、楽しいお喋りが一段落すると、俺達はレーナさんに服を見せに行くのであった。