第14話 罠
夕暮れ時ーー
「ああ、コウ様ぁ。私我慢できません……こんなの生殺しじゃないですか……」
レヴィアは甘い声で俺を誘う。
あれから俺達は真っ直ぐ家に帰り、レーナさんが作ってくれていた昼食を食べると、レヴィアは俺を自室へと誘った。
初めはダラダラとすごしていたのだが、密室に2人でいるせいか、だんだんとレヴィアの息遣いが荒くなり、気づけば俺の身体にソフトタッチからハードタッチまでを幾度となく繰り返した。俺の方が生殺しだと言いたい所だが、実は我慢できずに、揉んだりつねったり撫でたりしているので人の事は言えない。
「レヴィア……ここは我慢だ」
レーナさんが近くをトタトタと歩く音が聞こえるなか、そんな行為を出来るはずもない。だがレヴィアはーー
「何故ですか……」
と少し涙目になりながら聞いてくる。
「その……あれだ。我慢すればするほど後が楽しめるじゃないか!それにレーナさんにも気を使わないといけないし、まさに一石二鳥だろ?」
「ぐ……わかりました。ですが、後で本当にお願いしますよ。……それで昼間の約束なんですが……」
「ああ、埋め合わせの件か。今までずっと世話になってるしな。俺が出来ることなら何でもさせてもらうよ」
すると先程まで唇を噛み締めながら、グヌヌヌと言っていたレヴィアが急に笑顔になった。
「絶対ですよ!絶対ですからね!お願いしますね!キャーどれをお願いしちゃおうかなー」
俺に念を押すと、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、何をお願いしようかと喜びながら悩んでいる。俺はそんな微笑ましい風景の中、激しく揺れる胸に視線を動かしテントを張っているとーー
ガチャっと突然、部屋の扉が開きレーナさんが顔を覗かせた。
「あらあらぁ。楽しそうねぇ、私も一緒にまざりたいけど、もうご飯ができるから早くきてねぇ?」
まざりたいのですか?それは是非レーナさんもぴょんぴょんと飛び跳ねて下さい。とは言えず俺は「すぐ行きます」としか言えなかった。
「いただきまーす」
「いつもありがとうございます。では、いただきます」
感謝の気持ちをレーナさんに伝えると、俺は大きめのスプーンを手に持つ。テーブルには5種類のおかずとパンが置かれ、どれもがいい匂いを放ち、なにから食べようか悩んでしまう。悩んだ結果、目の前に置いてある人参やブロコッリー鶏肉等が小さな賽の目に切られた具沢山のクリームシチューの皿を手に取る。見ただけでも手間暇かけている事がわかり、更にはレーナさんが作っているのだ。そんなクリームシチューが美味くないわけがなくーー
「美味いです!」
「ありがとぉ。まだまだあるからいっぱい食べてねぇ?」
レーナさんは俺の皿に残り4種類のおかずを盛り付け、俺の目の前へ置いてくれる。
「ありがとうございます」
「ふふふ、良いのよぉ?」
手を口にそえて、聖母のように微笑ましく笑うレーナさんだがーー
「あ、そうだ母さん。依頼でしばらくは家から居なくなるよ」
レヴィアの言葉に、レーナさんが目の色を変えた気がした。
「あらぁ。じゃぁしばらくはコウくんと2人っきりなのねぇ……それはたのしみだわぁ」
気のせいなのか、レーナさんが急に艶のある声で喋りだした。
「残念ながらコウ様も私と一緒に行くことになってるよ」
「あらぁ……そうなのぉ……」
事実を告げられると、いつも笑顔のレーナさんが珍しくしょんぼりしてしまった。
「し、しばらくと言っても、解決すれば早く帰って来れますし、だ、大丈夫ですよ!」
何が大丈夫なのかは分からないが、俺ができる精一杯のフォローをするとーー
「ふふ、そんなに励ましてくれなくてもだいじょうぶよぉ。レヴィちゃんが数日家に居ないなんてぇ、たまにある事だし、寂しいのは寂しいけどぉ、大丈夫よぉ」
そう言っていつも通りのにこやかな表情に戻ったレーナさんは、食事を再開した。
それから夕食を食べ終わり、皆で食器を台所へと運んでいるとーー
「あ、コウ様。今日は先にお風呂に入ってもらっていいですか?母さんと話があるので」
「ああ、了解」
「って事で母さん、食器洗い終わったらリビングに来てね」
「はぁい。わかったわぁ」
たまの母娘で話したい事もあるよな。と思い俺はすぐさま風呂に入ることにした。
「いつ見ても広くて落ち着かんな……」
この家に来てまだ数度目の入浴。風呂場は8畳程の広さでまるで銭湯のようだ。流石にシャワーは無いが、風呂好きのレヴィアのこだわりらしく、身体や頭を洗う用の石鹸が四種類置いてある。
「ふう」
少し熱めのお湯を身体にかけ、風呂場に置いてある小さな椅子にすわると、俺は石鹸を手に取り一気に泡立てる。泡立ちのいい石鹸はすぐに大量の泡を作り、それを頭から足先まで順に擦りながらつけて洗っていく。
「あ、タオル……」
身体洗うためのタオルを忘れた事を思い出すが、全身泡まみれで、視界も泡によってふさがれている。まぁ背中は明日洗えば良いかっと考えた瞬間、ガチャっと風呂場の扉が開く音がした。
「レヴィアか?すまんが、タオル取ってくれないか?身体を洗うやつを忘れてしまって」
いつものレヴィアのスキンシップだろうと思い、座ったまま扉に背中を向けている俺は、首だけを少し扉の方に向けてタオルが無いことを伝えた。すると何も言葉を発さずに、ヒタヒタと風呂場の中に入ってくると、背後で立ち止まり、ピタっと背中に柔らかい何かがあてられた。
「レ、レヴィアさん?」
「……」
名前を呼ぶが返事はなく、それを合図にするかのように背中に当てられたものがゆっくりと上下していく。更に身体に付いている泡が丁度いい潤滑油になり、俺の背中を優しく包み込む様に洗っていく。
「……ああぁ」
身体についた泡を使い、慣れた手つきで身体を優しく洗ってくれる。
しばらく身体を洗ってもらっている気持ちよさに身をまかせていると、スっと手が離れていき、かわりに何かが耳元にちかづいてくる気配を感じるた。
「私の部屋にきてぇ……」
声を聞いた瞬間、心臓が飛び跳ねる程に驚き、自分の耳を疑う。
それは確かにレーナさんの声だった。
俺は高鳴る心臓を抑えながら、恐る恐る風呂を出て、身体も拭かずに濡れたまま服を着ると、すぐにレヴィアの部屋へと向かう。
「あれ?……レヴィア?」
扉を開くと、ランタンの灯りは消えたままで、中にレヴィアは居なかった。一旦落ち着こうと思い、レヴィアのベッドで横になるがーー
「……レーナさん……だったよな?」
頭の中は先程の事でいっぱいになり、落ち着く事も出来ずに、ソワソワするばかりになってしまう。更には待てども待てどもレヴィアは来ず、何故か心臓の鼓動が大きくなっていき、俺の脳裏に先程の言葉が蘇る。
続きは私の部屋でねぇ……
思い出すだけで、レヴィアへ対する罪悪感と、今すぐに行きたいと言う感情に板挟みになり、今にもおかしくなってしまいそうだ。そうして布団にくるまり、自分自身と戦っていると、扉の向こうから水っぽい何かの音が聞こえてくる。
「ん?」
この悪夢から抜け出せるなら何でもいいと思い、俺は音のする方へと歩きだした。
「リビング……じゃない。あっちか?」
音は廊下の奥から聞こえていて、偶然なのか、それはレーナさんの部屋からしていた。
「水拭き中?」
そんなまさか。と思いながらも、俺はレーナさんの部屋の前までくると、ほんの少し開いていた扉の隙間から目を覗かせるとーー
「!」
レーナさんが遊んでいる最中であった。俺はそれを食い入るように見てしまう。
「あぁ……コウくん」
艶のある声と一緒に出された自分の名前に、俺は動揺してしまい、ガタッと足音を出してしまう。ヤバイ見つかった、思い逃げようとしたが、何故か扉の向こうが気になり、再び隙間に目を向けてしまいーー
「!」
目の前にレーナさんの豊満な胸が見えた。
「コウくん……おそかったわねぇ……」
そう言いながら、ゆっくりと開いていく扉。俺は握ったままの相棒を隠すこともせず、ただただその光景を見ていた。そして完全に開いた扉からレーナさんが俺の手を握った。
翌朝ーー
昨日は最高の夢を見たような気がした俺は、何かの違和感を感じ、まだ眠っていたい衝動を抑えながら、うっすらと目を開いていく。
「……は!」
目を開けると、見知らぬ天井が見え、ここがどこだか分からなくなってしまう。数秒の思案のもと、まさかと思い額に汗を吹き出しながら、横を見てみると。
「あらぁ早起きなのねぇ。昨日あんなに出したのに凄いわぁ」
と言いながらレーナさんは俺の腕を胸の間に挟みながら抱きついてくる。
俺がそれに対して固まっているとーー
「ちょっと!母さん!次は私だよ!」
レヴィアがクローゼットから勢いよく出てきた。
「……レヴィアさん?」
「コ、コウ様!こ、これはそのぉ……クローゼットの中で様子を監視していたというか……参考にしていたというか……研究していたというか……」
「……知ってた」
その言葉にレヴィアは口を開き、まさかという顔で俺を見てくる。
「正確に言えば途中からだな。レーナさんが気絶して、そのまま俺も寝ていたら……掃除しにきただろう?いや、あれは掃除では無く……自分が飲みたーー」
「ああーーー!母さん!いつまでも引っ付いてないで朝ごはん作って!」
俺が最後の言葉をいい切る前に大声を出したレヴィアは、誤魔化すようにレーナさんを注意すると、そのまま部屋を出ていってしまった。
「ふふ、あの子も混ざれば良かったのにぃ……」
結局俺はこの母娘に遊ばれただけなのかと思いながら俺は服を着始めるのであった。
俺達は朝食を食べ、昨日の武具店へと向かっていた。
「なあレヴィア」
「は、はい!どうしました?」
流石のレヴィアも俺に悪い事をしたと思っているのか、いつもよりもよそよそしい返事が返ってくる。
「いや、怒ってないから普通にしてくれ」
「え?そうなんですか?それは良かったです。このまま何処かに行ってしまうのではないかと心配で心配で」
そんなに心配するなら、あんな事をしなければ良かったのに、とは口には出さずに、他に気になった事を口に出した。
「俺、レーナさんとやっちゃったけど本当に良かったのか?ってかレヴィアがレーナさんに俺を誘うように言ったのか?」
「私がいいましたが……も、もしかして、嫌っだたんですか!?わ、私の知識によりますと、コウ様程の人間なら女の子の100や200は当たり前へと思っていたんですが……コウ様は私達母娘とするのは、嫌ですか?」
何の知識だと聞きたい所だ。
「え?ひゃ、100や200?」
「い、いやですからね、こ、こんな胸の大きな母娘に迫られるなんてコウ様は、こ、興奮しませんか?わ、私は凄く興奮するんですが……今回は見てただけですけど……次は3人でしたかったのですが……」
真剣すぎる眼差しに俺はーー
「お、おう」
としか言えなかった。
道中レヴィアの熱意ある話を聞きながら歩いていると、気がつけば目的地へと着いていた。
「商品取りに来ましたよー」
レヴィアが扉を開け大声で店主を呼ぶ。
「……相変わらずうるせーな、垂れパイ」
相変わらずの口調で店の奥からでてきた店主。
「た、た、垂れパイじゃありません!ねぇ!?コウ様!」
俺に振るんじゃないと思いつつも、事実無根な話はダメと頭を縦に振った。
「……まぁいい。コレだ」
店主はどこからともなく、大きな麻袋を4つ俺達の前へと投げつける。
「……金」
「もう!ゆっくり置いてくださいよ!はい!お金です」
「……まいどあり」
最後に店主らしく一言話すと、店主は店の奥へと戻っていった。
「さあ私達も家に戻り、装備の確認や今後の予定を決めましょう」
「ああ」
レヴィアが店から出て、俺もその後に続き扉から出ようとすると、急に店の奥から風が吹き出し、何故か懐かしく感じるやわらかく心地よい風が俺を包み込んだ。
「……」
「どうしました?」
「いや、何でもない。行こうか」
「はい!」
ふと店主の方が気になったのだが、行ったところで文句を言われるだけか。そう思った俺は何故か後ろ髪を引かれながらも店を後にした。
ーーー
店の奥へと入って行った店主は、鍛冶場へと繋がる扉を開けすぐに閉めると、その場に座り込んだ。
「はぁーやっと来やがったか……」
誰の事を言っているのか、そう言った店主の身体が、指先から段々と光の粒へと変化していき、身体が徐々に消えいく。
「……頼むぜ。ルナ様を助け出してくれよ……たくっもっと早くこいってんだ……」
そう言って男は消えていった。
あの特徴的なマスクを残して。