第13話 萌え
昨日は祝勝会という事で散々飲み食いした俺達は遅めの朝食を摂ると、ダルドさんに会うべく、再びギルドへ行こうとしていた。
「もう、行くよー」
「ちょっとまってぇ」
レヴィアが玄関から大きめの声で台所にいるレーナさんを呼ぶと、小走りで玄関まで来てくれた。
「お昼は用意しといていいのよねぇ?」
「うん、今日は依頼内容の確認と、コウ様の事だけだからすぐに帰ってくるよ」
「レーナさんいつもありがとうございます。お昼ご飯も楽しみにしています」
「ふふふ、ありがとう。じゃあ気をつけてねぇ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきまぁーす」
「行ってきます」
レーナさんは、俺達が見えなくなるまで手を振り、共に振動で揺れる胸をプルプルとさせながら見送ってくれた。
「こんなに毎日ギルドに来るなんて、初めてですよ」
レヴィアは少し疲れた様子で愚痴のように言葉を吐く。
「すまんな、俺のせいでもあるからな。この埋め合わせは必ずさせてもらうよ」
「え!それは私が決めてもいいんですか?」
低かったテンションは、俺の一言により急激に上昇した様子。そんなレヴィアは俺に胸を強く押し付けて、離れようとしない。
「ああ、レヴィアがしてもらいたい事があるなら、それが一番だと思うぞ」
「ぐふ……ふふふ……」
レヴィアは俺から一歩後退すると、俯き奇妙な笑い声をだしだした。
「……大丈夫か?」
「……は、はい!考えておきますので、後はお願いしますね!」
「お、おう。じゃあちゃっちゃっと用事を済ませようか」
興奮するレヴィアを宥めながら、俺達はギルドへと入っていった。
中へ入ると、すぐに気づいたギルド職員によりギルド長の部屋へと案内される。
「ようやく来やがったな」
扉を開けると、ダルドさんではなく、ベルドモンドさんが出迎えてくれた。
「どうも」
「こんにちは。ところでダルドさんは?」
「お兄ちゃんなら、すぐに来るはずだ」
「兄貴」ではなく「お兄ちゃん」と呼ぶのか。俺がそんな事を考えていると、扉がゆっくりと開き、ダルドさんが入ってきた。
「すまない、待たせたな」
「いえ今来た所です」
「どうも」
「ああ、では皆座ってくれ」
遅れてやってきたダルドさんに促されベルドモンドさんも含め、俺達は長椅子へと座った。
「いきなりだが先にこれを渡しておこう」
ダルドさんはそう言ってウエストポーチから、二つのブレスレットのようなものを出して、机の上に置いた。
「なんですかこれは?」
「君達が王国の依頼を受けた者達と証明する物だ。これを見せれば王国が関わっている全ての通行料・船や馬車等の金のかかるものが全て無料になり、更に危険区域への立ち入りも許可なく入れるようになる」
「それは至れり尽くせりですね」
胡散臭いという顔で皮肉でも言うように喋るレヴィア。だがダルドさんは、レヴィアがそんな顔をするのも仕方がないかのようにーー
「フッ、確かにな。あの王族共がここまでするとは、余程の一大事なんだろう」
ダルドさんは、まるでありえないと言ったように軽く笑うとーー
「お兄ちゃん」
ベルドモンドさんは脱線しかけた話を元に戻すかのようにダルドさんを呼んだ。
「ああ、では本題に入るとしよう。まずはこの度の王都からの依頼に変更があった」
えらく深刻な顔つきになったダルドさんがそう言うとーー
「変更?」
「そうだ。先日の手紙にあった通り、王都より少し離れた村に現れたとなっていたのだが、それとは別に各地で目撃情報が上がってきたのだ。それを受け王都からの依頼に変更が有り、目撃情報がでた地域のギルドはそこを早急に調査し、異常が無ければ、速やかに王都に来いとの事だ」
「……では、この近辺でも目撃情報が出たと?」
レヴィアの質問にコクリと頷くダルドさん。
「それでだ、君達にはまずそこを調査し、それから王都へと向かって欲しいのだ」
「場所は?」
とレヴィアが聞くとーー
「三巫蠱の森だ」
変わりにベルドモンドさんが答えてくれた。
「では目撃情報と言うのは……」
「そうだ。ウチの兵数名が訓練の帰りに発見したらしい。兵達によれば森の近くを歩いていると、森の中から黒い光と気味の悪い魔力を感じて、早々に逃げてきたとの事だ。いつもなら、調査くらいしろバカヤローっと言っているところなんだが、王都の件もあるし、これはお兄ちゃんに頼るしかないと思ってココにいる訳だ」
「黒い光ですか……」
レヴィアは何か心当たりがあるのだろうか、顎に指を当て、何かを考えている。
「そうなんだ。黒いのに光ってるって言うもんだから、俺も初め聞いた時は何を言っているんだと思ったんだが、あまりにも真剣に言うもんでな」
確かにそうだ。赤や緑の光は見たことがあるが、黒い光なんて見たことがないし、むしろどうやって光っているのかも疑問だ。もし人工的に作ったものなら、何に使うか聞いてみたい。と考えているとーー
「そういう訳だ。すぐに出発してほしいんだが、準備もあるだろう。いつ頃でれる?」
「あの森に行くとなれば、準備もしっかりしておきたいので、1週間程いただければ」
「わかった。では出発の前日にでも声をかけてくれ。コチラも王都に報告しなければならないからな」
「わかりました」
そうして俺達が席を立ち、部屋から出ようとするとーー
「兄ちゃん」
突然ベルドモンドさんが俺を呼び止めた。
「……ウチの兵にならないか?」
「……え?」
突然の引き抜きに俺は戸惑ってしまう。
「いや、なんだ……実はと言うと昨日の試合は途中から記憶が飛んでいてな、いつもなら、記憶が飛ぶくらい戦う者なら誰だってあるって言うんだが、あまりにもウチの兵共が優しく心配してくるもんだから、俺がどうなったか全部聞いたんだよ……そしたら兵共なんて言ったと思う?」
色々考えるが、何を言ったとしてもベルドモンドさんが俺を引き抜くようになる事が思いつかない。
「分かりません、だとよ」
「え?」
「コウサカの足が動いたと思ったら、俺が吹っ飛んでたんだとよ。それを聞いた瞬間分かったんだ。俺は何処までも手加減されてたんだってな……」
「いや!そんな!手加減て!」
懸命に弁明しようとすると、ベルドモンドさんは落ち着けと手の平を俺に向ける。
「い、いやーでもですね……」
ベルドモンドさんの熱意ある眼光に、流石の俺もハッキリと喋りづらくなってしまう。
「ガハハハハハハハハハハハ!勝者が敗者にかける言葉なんかなくていい!ただもう一度勝負がしたいだけだ」
笑わずにずっと静かだったベルドモンドさんが、今日初めて大声で笑うと俺の肩にポンっと手を置き、清々しい程の笑顔で再戦を要求された。
「はい!俺はいつでもいけますので、待っています!で、でも兵になるのは遠慮しておきます……」
「ガハハハハハハハハハハハ!分かってた!まあしばらくはやめとくが、鍛え直したらまた頼むわ!ガハハハハハハハハハハハ!」
大きな口を開け笑うベルドモンドさんの横で腕を組み、下を向いていたダルドさんはフッと小さく笑っているようだった。恐らく何かしら心配したダルドさんがベルドモンドさんに元気になってもらおうとココに呼んだのだろう。俺にはそう思えて仕方がなかった。
そして俺達は、本当に仲のいい兄弟に見送られながらギルドを後にした。
「早く終わりましたし、お昼まで少し時間があるので、コレから依頼の準備をしたいのですが良いでしょうか?」
「ああ、それもそうだな。俺は初めてで何を準備したらいいか分からないから、レヴィアのを見ながら参考にさせてもらうよ」
「はい!私にドンっ!とお任せ下さい!」
レヴィアは自分の胸を言葉通りドンっ!と叩くと、幸か不幸か大きな胸が盛大に揺れだしてしまった。俺の視線はそこに釘付けになり、自然と身体は前かがみになっていく。しかし大きく張ったテントに気づかないレヴィアは、俺の腕を持ち「さぁ行きましょう!」と引っ張って行くのであった。
「こっちです、こっちです」
子供の様にはしゃぐレヴィアは、俺の手を引っ張り目的の店へと入ると、すぐに買い物を済まし、またあっちへこっちへと色々な店を渡り歩いている。
「レヴィア」
少しはしゃぎ過ぎなレヴィアを落ち着かせようと名前を呼ぶとーー
「はい!なんでしょうか?あ!もしかして疲れてしまいましたか?すいません……こんなに楽しい買い物初めてで……」
レヴィアの元気いっぱいで向日葵のような笑顔が、名前言っただけで何を勘違いしたのか、どんどん萎れていってしまう。そんな顔を見ていると俺まで心苦しくなっていく。
「いや疲れたんじゃなくて、もうそろそろお昼だから次で最後の方がいいんじゃないか?」
「あ!そうだったんですか!そうですね、では最後の店に向かいましょう!」
そう言って、また笑顔になったレヴィアは俺の手を握り、再び走りだした。
「こ、ここなのか?」
「はい!」
俺達が訪れたのは、町の外れにある今にも崩れそうな小さなボロボロの小屋だった。
「見た目はボロボロですが、装備品の質はかなりいいものですよ」
「装備品って事は、防具とか武器って事か?」
「はい。流石に普通の服で森に行くのはだめですからね」
その言葉が俺の事を指しているのは間違いない。
「では入りましょうか」
「おう」
レヴィアがドアノブをゆっくりと回すと、ギギギギと今にも壊れそうな音を立てながら扉が開く。そして先に中に入っていったレヴィアは大声でーー
「買いに来ましたよー、出てきてくださーい」
すると店の奥からガサゴソと音が聞こえ、人影がこっちへと向かってきた。
「……うっせーな。普通に喋れないのか、化け乳が」
出ててきたのは、変わったマスクを被った人物だった。声からして男、背は俺よりも二回り程小さい。だがまず初めに目がいくのは間違いなくマスクだろう。頭頂部以外は全て覆われていて、薄い水色の髪がつんつんと立っているのが見える。目元には赤く丸いレンズ付いていて、鼻・耳の部分に穴はなく、口にはチャックが付いていて完全に閉じられている。だがその変わったマスクとは違い、服は普通で、茶色のシャツに青色のズボンという服装だ。そんな男はレヴィアに驚くべき暴言を吐きながら、コチラに近寄ってきた。
「化け乳じゃありません!見事に実っているだけです!」
「あーわかったわかった。お前も扉を開けっ放しでそんな所に突っ立ってないで、早く入って、早く閉めろ」
「す、すみません」
男は俺に扉を早く閉めるよう急かすと、振り返り店の奥へと入っていった。
「か、変わった人だな……」
「いつもあんな感じなんですよ……でも品物の質は良いんで……まぁとりあえずついて行きましょう」
俺達は遅れながらも店主の後を追いかけ、店の奥にある扉を開けた。
中は鍛冶場のようになっていた。炉に火は入っていないが、剣を作るための台や砥石、それにいくつかの剣が壁に飾られている。だが鍛冶場と言うには少し変わっていて、部屋の隅には煌びやかなドレスやパリッパリのタキシードが数着置かれている。
「……測れ」
部屋の中を見ていた俺に店主は身体を測るための革製のメジャーを投げつけてきた。
「え?なにをですか?」
「そこの化け乳の身体だ。お前はそこの化け乳に測ってもらえ。測ったらそこに置いてある紙に書いて俺を呼べ」
そう言って店主は部屋から出ていった。
「す、すいません……」
「い、いや、いいんだ」
俺は今レヴィアの背後から胸のサイズを測っている。大きく柔らかな胸に革製のメジャーがくい込んでいき、他の者が見れば、そういうプレイをしているように見えるだろう。現に俺の息子は元気よく立ち上がり、レヴィアの尻に掴まり立ちをしている状態だ。そしてそれに気づいているハズのレヴィアは腰をクネクネとくねらせ押し付けている。
「レ、レヴィアさん?」
「はい?なんですか?」
さも何も問題のないように返事をしているが、腰はずっと動いている。
「いえ……なんでもないです……」
快感には抗えない自分の情けなさに絶望しながらも、息子は元気いっぱいに遊んでもらっていた。
「すいませーん!書けましたよ」
扉を開け少し大きめの声で呼ぶと、店主はすぐに来てくれた。
「……お前ら、ここでするなよ」
その一言にレヴィアの顔は真っ赤になり、俺は驚いた表情で店主を見た。
「……あんな声を出してたら誰でも気づくぞ、猿共が……まぁいい、装備いつも通りでいいのか?」
店主の質問に更に顔を赤らめたレヴィアがーー
「……いつものとは別でお願いします……恐らく何度も激しい戦闘がされると予測されますので……」
「わかった。戦闘・耐久性重視でいいんだな。お前も一緒でいいのか」
「コウ様のも私と一緒でお願いします」
よく分からない俺の為にレヴィアが変わりに答えてくれた。
「……明日には出来ている」
レヴィアの少ない言葉で的確に、欲しい装備の種類を言い当てた店主は流石と言えよう。そんな店主は一言発すると、店の奥へと入って行くのであった。