第11話 祭り
俺達は再びダルドさんの部屋に呼ばれていた。
「昨日の件なんだが、その事に関する一通の手紙が今朝、王都よりファスティートバードにより届けられた」
「緊急を要する手紙という事ですね?」
「ああ。説明するよりは、見た方が早いだろう」
そう言って深刻な顔をしたダルドさんが、一通の手紙を懐から出し、手渡してくれた。
その手紙によると、10日前王都から少し離れた町の領主から、「謎の黒い魔物が現れ近くの村が一つ潰された」と報告を受けたそうだ。それを調査すべくスグに6名の兵士を派遣。だが帰ってきたのは1名だけ、その兵士の報告によれば手も足もでず、他の5人が囮となって自分を逃がしたそうだ。派遣された兵士達は王都でも選りすぐりの者達だったらしく、その事を重く見た王都の将軍は念の為と、一個中隊約200名を派遣。
しかし2日後に帰ってきたのは27名。しかも全身血塗れで身体に麻袋を括り付けられていたそうだ。だがおかしな事に、血塗れの割には身体に傷などは無く、王都に帰ってくると気絶するように眠ってしまう。スグには事情が聞けず、仕方なく括り付けられていた麻袋の中身を開いて見てみると、中には人の眼球がギッシリと入っており、他の袋も確認すると右手の親指だけが、更に別の袋には右耳だけが入っていたのだ。
全ての麻袋を確認した結果、手の指・足の指・睾丸・眼球・耳・舌・鼻が1人1人の袋にきっちりと分けられて入っていたらしい。そしてすぐに兵士達を揺すり起こし、事情を聞こうとすると、ある者は自分の右目を、ある者は舌を切り落とし初めたのだ。そう自分達が持っていた麻袋の中身と一緒の部位を。事が終わると生き残った兵士達は、自分の胸に剣を刺して死んでしまったそうだ。
この事から我々だけでは、また大きな被害が出ると考えた将軍は、ギルドにも力を貸してくれるようにと王に嘆願し、その結果がこの一通の手紙と言うことだ。
「この黒い魔物とはもしかして……」
と手紙を読んだレヴィアが俺が渡したスライムの核を異空間収納から手に取る。
「ああ、恐らくだが“これ”と同じ物かもしれん」
同調するように、ダルドさんも小瓶を取り出し、テーブルの上へ置き、沈黙が流れる。
ただ俺には、あの黒鬼やスライムが、話に出てきた魔物と同じには感じられない。何故なら俺が1人で倒しているからだ。現実的に考えて200人を殺す魔物が、たった1人の格闘家に負けるとは想像が出来ない。俺はそんな事を考えながら、ジーッと小瓶を見つめているとーー
「……そこでだ、私としても言い難いのだが……」
ダルドさんは喉まで出かかっている言葉を中々吐き出そうとしない。だがレヴィアも大凡の検討が着くのだろう。スっと顔をあげーー
「行きましょう。どうせここで待っていても、被害は更に増え、いつかは私達の元へとやってくるかも知れません。ならば此方から出向いた方が懸命かと思われます」
「そうか……すまない。流石の私もこの話をせず、死地に行けとは口が裂けても言えない……まぁ王都の兵士は、一番上のものでもBランク相当。Sランクのレヴィアに行ってもらえれば一瞬で片がつくかもしれないしな」
まるで自分自身に言い聞かせるように喋るダルドさん。
「……それって、Fランクでも受けていいんですか?」
話を聞いてうずうずしていた俺がダルドさんにそう聞くとーー
「先の話の件もあるからな、私はBランク以上からにしようと思っている……だが君は強いのだろ?」
ダルドさんは眼光鋭く、確信を持ったような目で俺を見つめた。
「対人戦なら、そこそこ行くんじゃないでしょうかね?流石にこの国で一番って事は無いでしょうけど」
「……フッハッハッハッハッハッハ!謙遜しているわりには、俺が一番って顔をしているぞ?」
片手で目を覆いながら天を向き、何がそんなに受けたのか大笑いしたダルドさんは、顎に手を当て少し思案する様子を見せるとーー
「そうだな……特別にこの町で一番強い者と戦ってもらおう。流石にFランクからBランクには試験も無しに上げることは出来ないが、その者に勝利すれば特別な枠を設け、依頼の受注をおこなえるようにしよう」
「それ本当に大丈夫なんですか?「人命だー」「規則だー」とうるさいギルドがそんな特例を作ってしまって」
ダルドさんの意外な提案に驚いた顔をしたレヴィア。
「事が事だしな、上も状況を選んで居られないはずだ。それにこれ程の実力を持っている者を見るのはしばらくぶりだ」
ダルドさんは俺の足先から頭までをじっくり見ながらそう言うとーー
「何故見ただけなのにわかるのですか?」
レヴィアが不思議そうな顔で質問をした。
「姿勢のあり方・行動時の力加減・雰囲気、だけでも長年戦闘を経験している者だと分かる。だがなんと言ってもその“目”。暴れ狂う炎のようで、それとは逆に大きな山のように落ち着いた光が見える。長い事ギルドの仕事にたずさわっているが、そこまでの者を私は見た事がない」
意外や意外。ダルドさんが俺の事をそこまで評価していたとは思わず、つい口がニヤけてしまう。
「さて話はここまでにして、いつにする?」
「今からでも」
堂々とした俺の言葉に、ダルドさんはニヤッと口角を上げーー
「では、ギルド訓練場にて3時間後にとりおこなう。尚、勝つ事が出来たという証明の為に、ウチの職員・冒険者・町の者を数名ずつ呼んで証人になってもらう。それでいいか?」
「はい、お願いします」
「よろしい。では楽しみに待っている」
俺達はギルドを後にし、時間もあるという事で早い昼飯食べに家に帰った。
「すいません、いただきますレーナさん」
早めに帰ってきた俺達はレーナさんに事の顛末を報告。「じゃあすぐにご飯にするわねぇ」と言って急いで昼食を作ってくた。
「いいのよぉコウくん。それにしても大丈夫なのぉ?この町で一番という事は、あの人よねぇ?レヴィちゃん」
口いっぱいに頬張りながら、急いで食べるレヴィアは、ちょっと待ってと手の平を前にかざし、モグモグゴックンしーー
「ふぅ……そうだよ。ベルドモンドさんだよ」
「あらぁ、やっぱりそうよねぇ?確かあの人、元Bランク冒険者だったわよねぇ?」
「うん。でもコレに勝たないと、私と一緒に依頼が受けれないし、何としても勝ってもらわないと……でも、もし負けそうになっても私がどうにかするので安心していってください!」
「……もし負けそうになったらどうするんだ?」
絶対なにか良からぬ事を企んでいるレヴィアに、恐る恐る質問をするとーー
「もちろんギルドと観客諸共吹き飛ばします!全てをなかった事にすれば、私も依頼を受けなくてよくなり万事解決です!」
「……それは俺達冒険者じゃ無くなるんじゃないか?」
「それも大丈夫です!今までの貯蓄もありますし、何処か田舎に引っ越して3人仲良く暮らしましょう!」
絶対に負けられない戦いが、今ココに宣言された瞬間であった。
そして俺達は再びギルドへ向かう。
ーーー
「……」
今コウ達はギルドの裏にある訓練場に来ている。小さめの運動場程の広さがあり、端には木人や、砂が入った皮袋など鍛錬道具がある。そして真ん中は模擬戦等が出来るように、テニスコート1面分程の長方形の線が引かれていて今俺はその中にいる。だがその周りを囲むように人がごった返していて、もはや見世物となっている。
「証人が数名じゃなかったのか……」
ボソリとコウが呟くと、試合場の真ん中にいるギルド長ダルドがーー
「まあ、人が多い方が楽しいじゃないか。それにこの町じゃ娯楽も少ないから、ちょっとした余興だよ」
ダルドがそう言っている後ろの方ではーー
「さぁーどっちが勝つか賭けた賭けた!大穴で引き分けもあるよー」
「おー俺は分け10000エルだ!」
「ならおれはベルドモンドさんだ!」
なかなか大盛況のようだ。それに、気づけば端っこの方で屋台まで出ている。これは完全に嵌められたやつだとコウが思っていると、聞いた事のある声で賭けに参加している者がいた。
「はいはい!私買います!コウ様に100000エル!」
「おおー姉ちゃん思いっきりがいいな!じゃあコレ引き換え券ね」
何かが書かれた紙を受け取ったレヴィアは、コウの方を向くと、紙を持った手を振りながら、大きく胸を揺らしていた。
「楽しそうで、ようござんした……」
少し目眩がしたよでコウが頭を振っていると、突然指笛が鳴り響く。
「では!コレより特別依頼参加の権利を賭けた勝負をおこなってもらう!それでは挑戦者の紹介だ!先日Fランク冒険者になったばかりのひよっこだが、我がギルドの至宝・レヴィアともの凄く仲がいいコウサカ アキ!」
ダルドはノリノリで実況を始めた。しかし「レヴィアともの凄く仲がいい」の余計な一言に、一部の男性からの「死ねぇ!」「俺のおっパイ!」「あいつぜってぇ殺す」等の罵詈雑言が凄まじい。
「そして相手をするのが、我が町の兵士長にして、元Bランク冒険者!皆知っての通り私の最愛の弟、ベルドモンドだぁーーー!」
「ブフォッ!……最愛……あの顔で……」
最愛とされている弟が俺の対面に立っているのだが、筋骨隆々、身長も2mはあるだろう。しかも弟と呼ぶには全く似ておらず、頭には髪の毛が存在しない。
そんなベルドモンドと呼ばれる弟は一歩前へ来るとーー
「ガハハハハハハハハハ!俺がベルドモンドだ!おめぇさん中々強そうだな!楽しみにしているぞ!ガハハハハハハハハハ!」
「はぁ……コウサカ アキです。よろしくお願いします」
「ガハハハハハハハハハ!礼儀正しいな!ガハハハハハハハハハ!」
やはり全然似ていなかった。
「挨拶はすませたな?では両者定位置に戻って」
コウとベルドモンドは試合場の端に移動した。
「ルールは武器・魔術・スキル等の使用は無制限!時間の制限も無し!ではコレより模擬戦を開始する!お互い構えて!……始め!」
開始の合図と共に俺とベルドモンドはお互い向かい走り出し、中央付近で睨み合うように止まった。
「おめぇさん得物は無いらしいな」
「しいて言うなら“コレ”ですかね?」
コウは拳を自分の目の前に上げる。
「ガハハハハハハハハハ!中々の自信家だな!だが俺は遠慮なく使わして貰うぞ!」
そう言いながら背中から取り出したのは、斧のようで槍のような、3mはあろうかという大きなハルバードだった。
「ガハハハハハハハハハ!……いくぞ!」
巨体の割には走り出しが速く、一気に間合いへと近づくと、ギュンッ!とハルバードが伸びたかと錯覚する程の速さで突いてくる。コウは大きくバックステップし、ハルバードの間合いから逃れた。
「おおー」
周りからどよめきが上がる。
「……ガハハハハハハハハハ!コレを目で見て避けるか!しかも後ろに!……これは本気でいかないと本当にヤバそうだな……」
突きより早く後ろにさがるのは、普通の人間なら不可能である。それを分かっているベルドモンドの雰囲気が明らかに変わる。先程より何倍も殺気を漲らせ、今にも襲いかかろうという形相だ。
「ふぅ……」
たったの一合でコウの戦力を分析した通り、ベルドモンドの実力は本物ようだ。コウもスイッチを入れ替えるように、丹田に意識を集中すると、大きく息を吐きーー
「シッ!! 」
地を這うように駆ける。
「!」
再び高速の突きがコウに向かう。
「……!」
だが突いた場所には誰も居ない。コウはハルバードが当たる直前、前宙し、空中へにげていたのだ。しかしそんな事を知らないベルドモンドは見失ってしまった焦りから動きが止まってしまう。この時既にベルドモンド顔目掛けて、コウの胴回し回転蹴りが放たれていた。
「クッ!」
すんでの所で気づいたベルドモンドは後ろに顔をひねろうとするが、時すでに遅く、コウのカカトが顔にめり込んでいき、次の瞬間には地面に叩きつけられ横たわるベルドモンドがいた。
「おおおーあの兄ちゃんベルドモンドさんに一撃入れやがった!しかも倒しやがったぞ!」
「コウ様ー流石でぇーす!やっちゃってくださぁーい!」
「やべぇよ、俺の1週間分の生活費が……」
様々な感情が入り交じった歓声が飛び交うが、コウは落ち着いた様子でベルドモンドの様子を伺っている。
「……ぐぅ……何故追撃してこない?」
ゆっくりと身体を起こすベルドモンドは、明らかに不機嫌な声でコウへと質問をする。
「……俺、ここら辺に来て人と試合するの初めてなんです。だから……もっと知りたいんです」
「……知りたい?」
イラついた顔で再びコウへ問いかける。
「ベルドモンドさん、まだ何か隠してますよね?」
その一言にベルドモンドか驚いた顔をした。
「……ガハハハハハハハハハハハハハハハ!そうか……舐めてたのは俺の方だったて訳か……兄ちゃん後悔すんなよ!!!」
するとベルドモンドの周りとハルバードに激しく風が渦巻く様にまとわりつきだす。ふとコウの顔を見ると、得も言われぬ顔で口角を釣り上げていた。
「……死ぬなよ!」
先程よりも何倍も速く突進し、間合いまで近づくとハルバードで薙ぎ払ってきた。だがコウは薙ぎ払われるハルバードと同じに向きにダッシュし、ベルドモンドの背後を取ると、右ストレートを放つ。
「……」
右ストレートが命中したと思った瞬間、コウの右手は弾かれ、拳からは血が滴っていた。
「……どうだ?全身に風を纏っている俺に、直接的な打撃は無意味なんだ。さあ降参でもするーー!」
ベルドモンドが心配の声をかけようとするが、そんなのお構い無しと、コウの連撃が始まった。
舞う血飛沫。
飛び散る肉片。
コウは痛みを感じていないのかという動きで、ベルドモンドへの連撃を止めない。むしろ先程よりも速くなっているくらいだ。観客達は明らかに分が悪いのはコウと考えるが、そんな予想外の光景に観客達は静まりかえり、更にはレヴィアやダルドでさえ驚いた表情で見ている。
そんな中、動きを止めているベルドモンド。
実はコウの始めの右ストレートは、もう少しで風の防御を突破していたのだ。それに驚いたベルドモンドは、どうにか平静を装ってコウに諦めさせようとしたのだが、コウはその事を知ってから知らずか、連撃を始めた。
「クッ……」
激しい連撃に少しでも他の行動をしようとすれば、魔術にたいする意識がそれ、風の防御を破られてしまう。そうしてベルドモンドは立ち尽くすしか無かった。
そして終わりの時は近づく。
「ハッ!」
とうとうコウの前蹴りが風の防御を抜け、腹部へと突き刺さる。
「グハッ!……」
あまりの息苦しさに前のめりになりながらベルドモンドは意識を失いそうになる。しかし一撃では倒されまいと、朦朧とする意識の中、足を踏ん張りコウの顔を睨む。だがコウはすでにこめかみへとハイキックを放っており、ベルドモンドはそれに気づくこともできずに吹っ飛ばされ、気を失ってしまった。
「…………」
観客達、否、訓練所にいる全ての者が静まりかえる。
「ふぅ……ん?なんでこんなに静かなの?」
コウの一言にダルドが我に返りーー
「し、試合終了!勝者コウサカ アキ!」
その言葉に観客達もようやく我に返り、歓声が鳴り響く。
「おおおーーすげーーー!なんだこれは!」
「俺達すげーもん見たな!これは一生もんの宝だぞ!」
「ココに来れなかった奴は一生後悔するだろうな!」
「ああそうだよな!俺達本当に幸せもんだな!」
そして1人の胸の大きな女性がコウへ走りながら近づいて来る。
「コウ様!」
「レヴィア!」
レヴィアはコウにダイブしながら、抱きつくとーー
「本当に心配しましたよ!手は、手は大丈夫ですか!?」
「ああ、スキルさえ使えばこれくらいはすぐだ。ただココで使ったらダメな気がしてな……かーっ痛てーなおい!」
レヴィアが心配するのも無理はない。コウの両拳と両足は肉が削げ落ち、完全に骨が見えていたのだ。
「そうですね!ではとりあえず、医務室に行きましょう。包帯をすれば隠せますし」
「ああ。すいませんダルドさん。医務室に行ってきますね」
「……ああ、観客には私が説明しておくよ。明日でいいから、またギルドに来てくれ」
そう言ってくれた、ダルドさんの説明により、今日の祭りは終わりになったのだった。