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日の当たるカフェで

作者: 赤猪

カフェでのんびりしたい欲望を書きました。

 木の香りがするログハウス風のカフェで紅茶を待ちながら外を見る。

大きな窓は開け放たれて、地続きの広いテラスに出られるようになっている。5月の薫風と明るい陽光がそこから入ってきていた。

店内にはアコースティックギターと少女のような透き通る声でのんびりと名曲をカバーしたアルバムが流れている。


テラスの向こうに広がるのはのどかな田園風景とどこまでも続く山脈。こんな辺鄙なところに建っていて採算はとれるんだろうかなどと余計な心配がよぎったが、自分みたいなのが惚れ込んで通ってるんだろう。マスターも店内に流れる音楽同様、のんびり陽気にやっているようだった。


青く冴え渡った空とゆったり形を変えながら流れる綿菓子のような雲を眺めていると、布製のカバーをかけられたティーポットと温められたティーカップが運ばれてきた。ゆっくり一杯注いで、まずはストレートで香りを楽しむ。温かい紅茶は5月のさわやかな風で涼しくなった体を中から温めてくれる。二杯目はレモンの輪切りを浮かべて。


せっかくの休み、なんだか何をする気力も湧かずだからといって無為に過ごすのももったいなくて田舎道を相棒の二輪車を走らせやってきたカフェ。

身だしなみを整えるのも億劫でほぼ部屋着みたいな格好だが来てよかった。ここは時間を贅沢にしてくれる。


 そのうちにお腹が空いてきた。腕時計を見るともうお昼ごはんにしていい時間だ。メニューに目を通してランチプレートを注文する。

ポケットに入れてきた文庫本を取り出した。読んでのんびり待つことにしよう。

奥のキッチンの方からマスターと奥さんの話し声が聞こえる。少女のような歌声は外の鳥の鳴き声と自然に融和していた。テラスから時折入ってくる風は夏の気配がして土の匂いがした。ケーンケンとひび割れたような雉の鳴き声が響く。ギリリギリリ、と蛙が鳴く。


 柔和な奥さんがランチプレートとスープを運んできた。

レタスとパプリカのサラダには亜麻仁の種がのっていて自家製のドレッシングがかかっている。スープはとろりとしたポタージュでクルトンが浮いていた。お皿の上には手作りのおかずが少しずつ上品に並べられて、あとから奥さんが薄く紫に色づいた雑穀米を持ってきた。

いただきます、と手を合わせサラダから頬張る。


 カランコロン、とベルが鳴り他の客が一人入ってきた。自分が座っている十人弱座れそうな中央の大きな円形のテーブルの反対側にそのお客は座ってアイスティーとケーキを注文した。スープを飲んでいるとそのお客に奥さんがアイスティーとケーキを運んできた。アイスティーは紅茶の氷が詰め込まれたグラスにティーポットから紅茶を注いで作るもので、見た目にきれいで美味しそうであった。

無意識にそのアイスティーを見つめすぎていたのかこちらの視線に気づいた客がグラスに紅茶を注ぎつつこちらをチラと見て頭を軽く下げ微笑んだ。慌ててこちらも会釈した。


「雉の番がそこに居ましたよ」

気まずくなったのか客が話しだした。その割に落ち着いた話し方だった。

「そうですか、道理で。ここに居たら、近くで雉の鳴き声が聞こえたので」

「すぐそこの田んぼの畦ですよ。子育ての時期になったら雛を連れて歩いてるのをよく見ます」

ここで、誰も信じちゃくれないが、メスの雉が電線に止まっているのを見たことあるんだ、と話そうかと思ったがやめた。


客はぺろりとケーキを平らげ、レジでコーヒー豆を買って帰っていった。奥さんにスキーの話題を振られて少し談笑していた。話しぶりからするにスキーの選手のようだ。


 再び客一人となった店内で、マスターと奥さんがキッチンで小旅行の話をしている声が小さく聞こえてくる。デザートの西洋蕗のシャーベットを食べる前にアイスティーを注文した。

紅茶を注ぐと、紅茶色の氷がカランと小気味良い音を立てた。きりりと引き締まった味のアイスティーは美味しかったが、シャーベットと合わせると少し頭が痛くなる。

シャーベットを食べ終わって、紅茶の氷が解けるのを待ちながら文庫本の続きを読み出した。偶に雉がケーンケーンと鳴く。

窓の向こうには青い空に映える3千メートル級の白い山脈。水を張った田んぼにそれが見事に反転して映っている。


なかなか氷は解けきらない。あの客はどうやってあんなに早く平らげたんだろうと考えて、ああ氷は噛み砕いたのか、と合点がいって笑ってしまった。解けきらない氷を一個頬張って食べると頭がキーンとした。

お会計を済ませて、ついでにコーヒー豆を買って外に出ると、空気の中に雪解けの匂いが混ざっていた。スキー場で感じる雪の匂い。

なんだか山が恋しくなった。

「よし、今日はちょっと山の方まで走ろうか」

誰も聞いていないだろうと二輪車に話しかけボンボンと軽く叩くと、すぐ近くの田んぼから大きい塊が飛び立った。メスの雉だ。

よく見るとそばに鮮やかなオスの雉もいて、メスが突然飛んだことに驚いたようにメスを見ていたが慌てて置いて行かれまいと飛び立った。その飛び方はバタバタとしていて必死に羽ばたくにも関わらずその巨体を浮かせるのに精一杯でなかなか前に進むのが遅い、なんとも効率悪く見えるものだった。


さあ行くぞ、と相棒に跨り自分も負けじと走り出した。

夜にはさっき買ったコーヒー豆でコーヒーを淹れてまったりしよう。

今はどこにだって行ける、なんだってできる。自由の季節なのだ。



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