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世界を救うヒーローはコンドームを持って

作者: 吉冨☆凛

 宇宙に憧れていた。幼いときの夢は宇宙飛行士になることだった。

 そして、大人になった彼はコンドーム製造会社の営業になった。

 夢? そんな物はどこかに置き忘れてきてしまった。

 自分の子供たちが彼の苗字と彼の仕事を掛け合わせた駄洒落で同級生たちにからかわれていることも知っていた。だが、それが何だというのだ? 会社での待遇は悪くなかったし、子供たちを養っていけるのも、彼がその仕事をしているからなのだ。それに、少しは社会の役に立つ仕事だという自負もある。

 仕事を終えた帰り道、冬の夜空を見上げる。無数の星がきらめく空だ。

 夢を追っていれば、あそこにいるどこかの国の誰かのように、星々の世界へ飛び立つことができたのだろうか? そこまで考えて、彼はため息をつく。

 夢物語の主人公でもあるまい、宇宙開発といってもほんのとば口に立ったばかりで、せいぜい地球の周りを回るだけなのだ。

 昔夢見たようなヒーローになって地球を危機から救ったりできるわけじゃない。

 彼はコートの襟を立て、白い息を吐きながら家路を急いだ。


「パパ! 宇宙人」

 帰宅した彼を出迎えたのは下の息子の意味不明な一言だった。

「なんだ? 新しいアニメの話か?」

 鞄を玄関先に置き駆け寄る息子を抱き上げる。

「違うの! テレビのニュースでやってるの!」

 下の息子も現実とアニメの区別くらいは付く年齢になっている。何かただならぬ事が起きているようだった。

 急いでテレビの前まで行くと。臨時ニュースの真っ最中だった。幾つもの国に異星から来た宇宙船が着陸し、各国首脳との交渉を始めたとの事だった。

 しばらくの間、彼はチャンネルを変えながらそのニュースに夢中になっていたが、食事を終えて晩酌をしている間にすっかりどうでもよくなっていた。


 翌日出勤すると、挨拶代わりに宇宙からの来訪者の話題は出たものの、それ以上のことはだれも話そうとはしなかった。

 国の代表と会談している宇宙人など、所詮遠い世界の出来事と思っているのだろう。

「近藤君、ちょっといいかな?」

 営業部長に呼ばれたのは、昼食後に販促用の資料を検討している最中だった。

「ええ、すぐに行きます」

 ボールペンと手帳だけを持って、指定された会議室に向かう。この不景気の中、何か悪い話でないといいのだが、という考えも頭をよぎる。

「失礼します」

 ドアを開けると宇宙人と社長がいた。

 言葉を失って立ち尽くす彼に、社長が座るように促した。

 椅子に腰掛けて、もう一度面子を見渡す。見た事があるが少なくとも社員ではない男が混ざっている。

「外務大臣だ」

 怪訝な顔をしている彼の耳元で部長が囁く。

「はじめまして、○×△から来た■○△です。ジョンとでも呼んでください」

 宇宙人の口から出たのは、その異形からは想像もつかない流暢な日本語だった。

「単刀直入に言いましょう。わが星にコンドームを普及させてください」

 ジョンの話によれば、彼らは定期的に性行為をしないとホルモンバランスが崩れて死んでしまう生命体だということだった。

 そのおかげで文明の発達とともに人口は爆発的に増え、彼らの母星では深刻な人口問題が起きているという。

「恒星間飛行を実現させる方たちが、こんな物すら作れないとは思えないのですが」

 ジョンは素材の問題と、人口増加に対する考え方の違いだと答える。なんでも、元々彼らの母星には広大な土地があったうえに、恒星間飛行の実現が早かったせいもあり、他の星への進出による人口問題の解決も容易だったようだ。

「これまでは増え過ぎたら他の星に移り住んで、本能の赴くままに増えてゆけばよかった。問題は知的生命体が居住していた場合です」

 今までは圧倒的な武力による制圧を行っていたけれど、指導者の考え方が変わったせいで別の解決法を模索し始めたのだという。

 厳格な一夫一婦制が遺伝子レベルまで組み込まれた彼らは、戦いでパートナーを失った場合、残された者も狂い死ぬ運命にあり、実質、戦死者の二倍の損害が出るという事が、厭戦感を加速させたようだ。

「つまり、この地球もさっさと侵略してしまえば簡単だけれど、あなた方はお互いのために違う解決法を模索し始めたということですね」

 近藤は自分の声が震えていることに気付いた。ジョンはゆっくりと頷く。

「そこで、わが社の製品に白羽の矢が立ったのだよ。いや、矢が立ったりするのは不味いな、製品の性質上」

 社長もどこか動揺しているようだった。

「わかりました。やってみましょう」

 近藤の発した言葉に、皆が驚くと同時に安堵の表情を浮かべる。いや、顔色がわからない相手が一人いた。もしかしたら、ジョンが体を揺すっているのは喜びの表現かもしれない。

「出発はいつにしますか?」

 販促資料を揃えて、実演ができる道具も必要かもしれない。彼の頭脳は猛スピードで回転を始めた。


 12月24日早朝、近藤は宇宙船に取り付けられたタラップに足を掛けた。ここ半月というもの、ほとんど寝ていない。だが、気力は充実している。心残りといえば、子供たちにクリスマスプレゼントを買ってやれなかったことくらいだ。

 タラップを途中まで登ったところで足を止め、振り返る。ふいに涙がこぼれた。

 子供たちには人類の未来という最高のクリスマスプレゼントを贈ってやれると気付いたのだ。そして異星の人々にも未来を。

 近藤武蔵。

 ついに彼は幼い日に夢見た、世界を救うヒーローになった。

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