依頼人A
客人をあまり待たせてはならないと急ぎ足で玄関へ急ぐ。
玄関についた大神はドアを開け、客人を確認した。
そこには、ピシッとした黒いスーツに身を包む女性が立っていた。
歳はそこまでとってはいないが、若くもない。
30代前半といったところか。20代の大神にとっては年上にあたることになるだろう。
髪は肩より短く、その風貌は美人ながらに威圧感もある。
「先程連絡した、相宮と申します。大神相談所というのはこちらで間違いありませんね?」
細く、静かな声で、それでいてハッキリとした物言いで客人、相宮は大神に話しかける。
「お待ちしておりました。私が大神です。どうぞ、中へ」
雨の中立ち話を続ける訳にはいかない。
大神は相宮を事務所の応接室へと案内する。
「どうぞ」
応接室のドアを開け、中に入る2人。
「失礼します。……いい香りですね」
部屋の中は先程のコーヒーの匂いがしていた。
「飲み物はコーヒーでもいいですか?紅茶もありますが」
「ありがとうございます。では折角ですからコーヒーを」
「わかりました。真夜、コーヒーを頼む」
大神が奥にいる真夜に呼びかける。
「はい。少々お待ちください」
真夜が返事をした。
大神と相宮はテーブルを挟み向かい合ってソファーに座ると、コーヒーを待ちながら話を始めた。
「雨は大丈夫でしたか?朝の天気が嘘のように降っていますが」
最初から仕事の話をするのに躊躇った大神が、当たり障りのない話を相宮にする。
「ええ。途中まで車で迎えがありましたので、濡れずにすみました」
相宮が答える。
「それならよかったです」
そう大神が言うと、真夜がコーヒーカップと角砂糖、ミルクをお盆に載せて持ってきた。
「失礼します」
真夜がコーヒーを相宮の前に置く。
「ありがとう」
相宮は微笑みながら真夜にそういった。
真夜は角砂糖とミルクもテーブルに置くと大神の横に座った。
「助手の外里です。よろしくお願いします」
真夜が相宮に挨拶をする。
「お若いのね。学生さん?」
「はい。今高校に通っています」
真夜が答えた。
「そう。若いながらにしっかりしている助手でいいわね」
「ええ。しかも腕は確かだ」
今度は真夜ではなく大神が答える。
そして大神は続けて、
「ところで、仕事のお話ですね」
といった。
「ええ。そうね」
相宮はそう答えると続けて、
「ただ、私は知り合いからの紹介で来たので、ここのことは何もわからないの。依頼内容も内容なので、最初に簡単に説明いただきたいわ」
といった。
相宮の言葉に、大神はコーヒーを飲みながら数秒考える仕草をした後、カップをテーブルに置いた。
「わかりました。まず、この相談所についてですね。この大川相談所の依頼内容は他とは少し違っています。ここに来る依頼人の大半は警察に相手されなかったり、似非霊媒師に騙された人です。内容も様々で、呪いをかけられた、ポルターガイスト、怨念に生霊等。この相談所ではそういった『非科学的な存在』の対応をしています。平たく言えば心霊現象ですね」
「なるほど」
説明しながら相宮の様子をうかがう大神。
「私たちにはそれを、同じく非科学的なアプローチを行うことで、解決することができます。
端的にいうと、私と真夜には霊に干渉する力を持っているんです。いわゆる霊能力者ですね。
少し胡散臭いかもしれませんが、真偽はすぐにわかりますよ」
「霊能力者……。確かに少し信じ難いことね」
相宮は気難しい顔で言う。
当然のことながら相宮は信じられていないようだ。
「そうでしょう。しかし今は信じて頂くしかありません」
「……わかりました。私にも事情があります。早急に対処して頂けるのであればそれで構いません」
相宮の言葉を聴き、ひとまずの一安心を得る大神。
「では、具体的な依頼内容をお願いします」
「あなたが先ほどいった通り、お願いしたいのはそういう処理よ」
相宮はそういうと、もっていたカバンから茶色い紙袋をとりだしてテーブルに置いた。
「……?開けても?」
「ええ」
大神は相宮の許可を得ると、紙袋を自分の方に引き寄せ、中身を確認する。
「……。これは?」
中身をみて驚く大神。
その様子をみて真夜も中身が気になり始める。
「大神さん。なにが入ってるんですか?」
真夜の言葉に、大神は静かに中身をテーブルの上に取り出した。
紙袋から出てきたのは、4つの札束だった。
一束おそらく100万だろう。4つで……。
「前金よ。相場がわからないからとりあえずそれだけ」
「そ、それだけって……。大金じゃないですか!」
相宮の言葉に真夜が反応する。
「依頼を私が納得いく解決をしてくれたらこの3倍の報酬を出す予定よ」
3倍と聞くと真夜の表情はさらに固まった。
「なるほど。私には前金というよりは口止め料のように感じるのですが、失礼ながらお仕事はなにを?」
あまりの値段に怪しいと感じた大神が相宮に問いかける。
「口止め料……。ええ、その通りですね。私の仕事はいうまでもないかと」
「や、やっぱり怪しい仕事ですか?闇の家業的な…」
真夜が聞く。
「ふふ、そんな意味じゃないわ。今ちょうどテレビに映っているから言うまでもない、ということよ」
相宮の答えに、真夜と大神はいつの間にか消すのを忘れていたテレビの方を見る。
番組は先ほどと変わっておらず、相変わらず雨川市の観光情報だった。
そして今映っているのは……。
「雨川遊園地……ですか?」
大神が少し間の抜けた声で聞く。
「その通りです。申し遅れましたが、雨川遊園地のオーナーをやっております、相宮佳奈子と言います」
相宮はそういうと2人分の名刺を差し出す。
「ありがとうございます。なるほど、では依頼というのは雨川遊園地に関することでしょうか?」
「ええ。その通りです」
もはや目の前に置いてある大金のことは気にせず、大神と相宮は会話を続ける。
その様子を見る真夜は、ちらちらとテーブルの上の札束を気にかけている。
「3日前のことです。もう閉園時間を過ぎて、薄暗くなってきた頃に突然観覧車から制御室へ危険信号が送られてきました」
遊園地において観覧車はとりわけ目立ち、人気もある。
雨川遊園地も例外ではない。
「開演時間は普通で、今は人も乗っていなければ、もう動かしてもいないアトラクションに異常が起きるなんて珍しわ。もちろん変に思った従業員は観覧車を見に行った」
「はい」
相宮の話に大神は相槌を打つ。
相宮は話を続ける。
「そして観覧車についた従業員は、不可解な光景を目の当たりにしました」
「というと?」
「観覧車の中心部分に少年のような人影が浮いているのを見たんです。高さは50メートル程ですから登れるわけもありません。正体を確かめようと、じっとその姿を見ていると、その少年は段々と近づいてきて高さ10メートルくらいまで降りてきました」
大神達は黙って相宮の話を聞く。
「目視出来るほど近づいた時、その少年は従業員にこう言いました。『5日後に沢山の人が死ぬ』それだけ告げると少年はやがてその姿を消しました」
相宮は話し終わると、静かにコーヒーを口に入れた。
「……。なるほど、事情はわかりました」
相宮の話が終わると大神は再び目の前の大金を手に取る。
「この依頼受けましょう。この話が3日前でその時点から5日後ということは、宣告された日は明後日ですか」
「ええ。そうなります」
「明後日といえば日曜日だ。運営はするんですか?」
大神は壁にかけてあるカレンダーを見ながら相宮に聞く。
「ええ、もちろんです。幽霊のために閉演するなんてありえません。そのためにあなたたちに依頼をしたのです」
大神の問いに即答する相宮。
それをきいた大神は、
「なるほど、ごもっともです。では我々はその日に遊園地に向かいます」
「お願いしたわ。話は通しておきますので、当日は受付にきてください」
「わかりました」
「場所は大丈夫ですか?もしよろしければ迎えのものをよこしますが?」
「それには及びません。場所も把握していますから。それよりも時間はどうしましょうか?」
「開園時間が9時ですからその1時間前程に来てくださればありがたいです」
「了解しました。ではその時間にお伺いします」
当日の打ち合わせを行う二人。
「さて、それではあとは当日にですね」
大神がそういうと、相宮は少し意外な顔をして、
「ということは今日はこれでおしまいですか?」
といった。
「そうですね。不安なこととかありますか?」
相宮の問いに大神が答える。
「いえ、ただあまりにあっさりしているなと」
「ああ……。確かにそうですね。ただ情報が少ない以上当日にならないとわからないでしょう。
相宮様に呪いでもかかっていれば糸口にもなりましたが、幸か不幸かそんな気配まったくありませんし」
大神はコーヒーをのみながら答えた。
「呪い……?そんなことわかるの?」
相宮が大神に聞くと、代わりに真夜が答える。
「はい。私達もその専門というわけではありませんが、呪詛の類はその人を見ればわかります。
オーラというかなんというか、呪いを受けているものには禍々しさがあります。しかし相宮さんにはそれがありません」
真夜は続けて、
「それと相宮さんにはとてもいい守護霊がついていますから、大抵の呪いも効果がないかもしれませんね」
という。
「そうなのね。わたしにはそういうことがわかりませんから、あなた方がそういうのであれば信じましょう」
相宮はどうにも歯切れが悪い言葉を並べる。
「こちらも当日までの時間に色々準備しておきます。何か新しい情報がありましたら、この事務所に電話をかけてください」
「ええ。わかりました」
そういうと2人はソファから立ち、玄関に向かう。
「では、よろしくお願いします。それとくれぐれもこのことは内密に」
「はい、承知してます。では、お気をつけて」
相宮を見送る大神。
数メートル先に黒い車が止まっており、相宮を乗せると、その車は発進した。
大神もそれを見届けると、応接室へと戻る。
応接室では、真夜が2人分のカップを片付けているところだった。
「ああ。ありがとう、真夜。コーヒー美味しかったよ」
「ありがとうございます。今テーブル拭きますね」
そういうと、真夜は布巾を持ってきてテーブルを拭く。
テーブルは光を得たように綺麗になった。
その上には例の紙袋だけが置いてある。
「にしても、前金でここまでの金額を出せるとは……。遊園地は余程儲けているんだな」
紙袋から札束を再度確認する大神。
「行ったことないのでわからないですが、雨川きっての観光地ですから。依頼が達成したら一体いくら貰えるんでしょうか」
真夜が目を輝かせている。
「さぁな。でもボーナス位は期待しておけ。もっとも高校生に相応しい額にはするけどな」
真夜に微笑む大神。
それに対し真夜は、
「精一杯頑張りますね。……それにしても大神さん。相宮さんのことどう思いました?」
依頼人のことが気になっていた。
「美人で遊園地のオーナー。しかも噂によるとビジネスの道では有名な手腕をしてるらしい。この金も納得だな」
大神が紙袋を手にしながら、問いに答える。
「そうなんですか。いえ、聞きたいのはそこではなくてですね。主観ながら相宮さんは幽霊を信じてない様子でした。なのに何故こんな大金を出してまで私たちを呼ぶのでしょうか」
真夜の問いは大神も感じていた。
相宮の言葉はどれも、信じると言いながらに否定を欲しているように思えたのだ。
「確かにな。ただ、信じてないのではなくて、信じたくないのかもしれない」
「というと?」
「遊園地に出たという少年霊の話。あくまで可能性だが、相宮が第三者視点で語っていたあの話は、実は相宮自身が体験したんじゃないか?」
大神がそういうと、真夜は相宮の話を思い出す。
「確かに。相宮さんの話の臨場感は、プロの怖い話にも匹敵してました。自身の体験であればこそとも考えれます。それに相宮さんはいかにも生真面目な性格ですから、トラブルがあれば自分も確認しに行くと思います。観覧車の異常を確認しに行ったのが相宮さん自身だとしても不思議には思いません」
「相宮自身、オーナーという立場を軽くする人物には見えない。余程のことがない限りは現場に行くことも無い気がするが、閉園後だと状況も様々あるのかもしれないな。
最もあの話もビジネスで身につけた話術かもしれない。どの道まだわからないな」
大神がそういうと同時に、応接室の時計の鐘の音が鳴った。
「いつの間にかもう7時ですか。そろそろご飯にしましょう」
真夜はそういうと台所へと向かい、料理を始めた。
大神もその後に続いて台所のテーブルに座る。
台所には、トントン、と一定のリズムが鳴り響き、次第に良い香りがしてきた。
大神はテーブルに座ったまま考え事をしている。
依頼人相宮のこと。
相宮は明らかに幽霊を信じるタイプではない。しかし、それにしては行動が早すぎる。なによりこんな怪しい事務所に前金であんな大金を出すこと自体が不自然極まりない。
雨川遊園地で起こる可能性のこと、謎の少年のこと。
少年は何者で、なにを宣告したのだろうか。
幽霊が普通の人間に目視、会話するためには膨大な霊力が必要になるはずだ。となると少なくとも……。
大神の考えがまとまる前に、真夜は夕飯を作り終え、テーブルに皿を並べていた。
「できましたよ。急いで作ったのであまり味は保証出来ませんが……」
真夜が苦笑しながら料理を並べる。
テーブルに置かれたのはカレーだった。
「いや、美味しそうだ。あまり急がなくてよかったんだが、俺も手伝えばよかったな」
「いえいえ!大丈夫ですよ。大神さんの料理は……その……」
真夜が慌てて答える。
言葉詰まった真夜を助けるように、
「……個性的か?」
と、大神が聞く。
「そうですね」
真夜はまた苦笑した。
席につき、2人は夕食を始めた。
「真夜、遊園地の少年のことだが。あの話の通りならランクはどの程度だと思う?」
大神が皿の3分の1程を食べた頃に先程の話を持ち出した。
「そうですね……。一方的とはいえ言葉を伝えるということはC以上は確定ですね。たくさんの人間を殺す、というのが遊園地の利用者全てだとすると被害は計り知れません。その場合はAと考えるべきだと思います」
真夜が答える。
ランクというのは危険度の様なものだ。
基本的には、
姿は見えないし何にも触れることの出来ないEランク。
姿は見えないがポルターガイストのようにものを触れるDランク。
人間と話すことができる程度の存在であるCランク。
人間を傷つける、殺すことができるBランク。
大勢の人間を殺すことができるAランク。
そして、人間の文明に大打撃を与える力を持つSランク。
「俺もその通りだと思う。だが、正直Aランクなんてそうそういないし、わざわざ宣告してきたのも気になる」
「大量殺人の予告は単なるイタズラだと?」
「可能性としてはな。勿論そうであればいいのだが、別の可能性もある以上本当に起こすつもりだと考えざるをえない」
そうこう話しているうちに、2人の皿の上にはスプーンのみが置かれていた。
「お代わりはいりますか?」
「いや、いい。美味しかったよ」
「はい!では、片付けてしまいますね」
真夜は笑顔で答えると、皿を片付け始める。
テキパキと片付けをする真夜。
大神がテレビに飽きた頃には片付けは終わっていた。
2人はその後件の霊の話をすることなく、この日は終わった。




