9日目 世界の敗北
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――僕が、花村影人が目覚めた先は、マンションの屋上だった。
空は雷雲、景色は灰色。
まるで別世界に来てしまったのかと誤解してしまいそうだったが、すぐ近くにいる南条さん、そして白髪さんの存在でどうにか現実だと判断する事ができた。
「影人!?」
「が、学生君……!?」
2人は僕が生き返った事に驚きの声を上げる。
……いや、その事に対して驚いた訳じゃないかもしれない。
僕が目覚めた瞬間、銃声が響き渡った。
驚く隙も無く、周囲にいた6人の黒騎士が、身をもって僕を守った。
弓を手にした黒騎士が、光を放つ。
白黒の世界に放たれた唯一の輝きは、そのまま周囲に拡散され、とてつもない破壊音と共にはるか遠くの建造物が破壊された。
――そして今、僕の目の前には、かつて世界の支配者であり、主催者だった男が跪いていた。
あらゆる攻撃を物ともせず、人類からの攻撃を受けた超越者が、ただの学生に忠誠を誓っている。
「この身は全て、影人様に捧げましょう。お望みであれば、全ての大地を焼き払い、全ての空を黒く染め、全ての敵を根絶やしに――」
「……あぁ、分かりましたから。貴方は僕の命令を何でも聞く、優秀な兵士って事で間違いないですよね?」
「――仰る通りでございます」
6本生えていた腕が2本に戻り、彼は片手に持った剣を空へと掲げる。
それに呼応し、周囲に浮かんでいる黒の兵士達も、それぞれの武器を雷雲へと捧げる。
瞬間、空は青空に、周囲はいつも通りの都会色へと姿を戻した。
いつもの世界。いつもの風景。
東京都の昼12時頃の、普段より少し静かな空間が、この世界に戻ってきた。
「……学生君。これは一体どういう事なんだ?」
この状況を見ていれば100%尋ねるであろう質問を、男がストレートに聞いてくる。
その言葉に同意するように、南条さんもこちらを捕捉し続けていた。
「いえ、別にどうもしてないですよ。結果的に主催者との賭け事に勝てただけです」
11月の冷たい風を久々に感じながら、僕は伝える。
「か……影人、貴方、一体何をしたって言うの?」
「……別に、何もしてないですよ。僕は何もしていません。周りの人が勝手に僕を勝たせてくれただけです」
「勝手に勝たせてくれたですって? ……どういう事なの?」
――影人。この女は確かに、僕の事を影人と呼んだ。
ふふふ。まったく、この12時間に一体僕に何があったのだろうか。
なんにせよ、助かった。
僕はこの世で一番、僕の事を信用していない。
たった12時間で、僕の人生を騙されてひっくり返されたりなんてされたくない。
「学生君。1つ聞きたいんだが」
「いいですよ。いつでも、好きなだけ聞いてください」
他に話声も、車の音も聞こえない、静寂が佇む屋上で、僕に銃を向けながら――
「君は、俺達の敵なのか?」
「敵? もしかして、僕が敵なのかを聞きたいんですか?」
「……その通りだ」
敵? 敵なのかだって? 一体こいつは何を言っているのだろうか。
イラつく。イライラする。こんな感情は初めてだ。
どうしてこうも、僕は何もしてないって言うのに、みんなは僕を苛立たせてくれるのだろうか。
「……僕の恩人を。佐川先生を殺しておいて「俺の敵なのか?」だって? あまりふざけた事は言わないでください」
「それは仕方のない事だと説明したはずだ。俺が殺さなければ、他が殺していた。アイツの命令が無ければ、先生は死なずに済んだはずだ」
「……ハハハ! ははははは! それで、その説明で僕は納得したんですかぁ!? 「あぁ、じゃあ仕方ないですね」って答えたんですかぁ!?」
6体の黒い兵士が、それぞれの得物を男に向ける。
僕の後ろで跪いていた元支配者も、僕を庇うように前で移動した。
「僕は仕方ないですねと答えたと思いますよ。だって本当に仕方がない。僕は非力だった。前の僕には、力が無かった! どうしようもなかった! どうしようもないから諦めた! 僕は諦める事を、手放す事を仕方のない事だと思っています。だからこそ、貴方に伝えたハズだ。あぁ、それは仕方が無いですねってね!」
そんな言葉をぶつけた瞬間、僕には流れるはずのない涙が流れた。
人差し指で、そっとふき取ると、まるで血液のように赤色だった。
それを見た彼女は、一歩前に出てこう言った。
「私は……。私は仕方のない事だとは思わない。だからもし、もし、影人が力を手に入れたならば、それは人々を救う事に使うべきよ。これ以上、悲しい事が起こらないように――」
「悲しくない世界なんて無い! 誰かが幸せになれば誰かが不幸になるんだ! 何かを得たら何かを失う人が居るんだ!」
「だからって人を殺す権利なんてないわ! 力を持った貴方なら、こんな悲惨な事件を二度と起こらないようにだってできるじゃない!」
「そんな事をして、僕に何の得があるって言うんですか! 何もしなかった癖に。何もしてくれなかった癖に。見なかった癖に。見ていないフリをしていた癖に。南条さんは一体、どんな場所から僕を諭しているんですか?」
「……影人。今から貴方がやろうとしている事は、貴方のような人を大勢生み出すって事よ。家族を失った気持ちは影人が一番よく分かっているはずよ」
「……そんな事は知りません。結果的にそうなろうとも、僕にはどうしようもありません。それは運が悪かった、ただそれだけの事ですから」
左手にもう一丁の拳銃をコチラに向けながら、白髪は銃口を明確に僕の額に向けた。
「学生君。よく考えてくれ。これから行おうとしている事を、全て運が悪かっただけで済ますつもりか? こんな状況だ、興奮して多少頭に血が上っている事を、君は良く自覚するべきだ。今は正常な判断をすべき時じゃない」
「それは違います。僕は半日近く、快適な空間でお茶を飲みながら考えていました。だからこれは、正常な判断なんですよ。僕がたどり着いた結論なんですよ」
「……なにを言っているんだ?」
狂ったような人を見るような目で、白髪は僕を見た。
「分からないんですか? 貴方達は負けたんです。 ただの学生に、たった1人の子供に、世界は負けたんですよ」




