1日目 学校
東京都内に設立された、一見ビルにしか見えない、30階建ての超高層建造物。
ここが全国から天才、金持ち、権力者達の子供が集う超有名の私立学校「東京中央高等学校」。
要するに選ばれた中から更に選ばれたような人だけが入学できる上級者向けの学校だ。
そんな学校に僕が入学している訳だが、別に勉強ができた訳でもなく、お金が有った訳でもない。
答えは単純で、何か障害を持った生徒を一定数入学させないといけないような特別枠、なんて親切なモノがどの学校にも設定されている。
特別扱いを具現化したような上級学校だが法と規則だけは守らなければならないようで「そこそこ勉強ができて、決してトラブルを起こさない、障害は持ってないけど特別枠に入れる事のできる孤児」として合格だった僕は特に試験を受ける事無く入学する事ができた。
普通の高校に行きたかったけど「君は失った家族の分、幸せにならなければならない」と孤児支援団体さんと医者に言われ、半ば強制的ではあったけど入学するはめになった。
だけどもこうして徒歩15分の場所にある学校に今日も遅刻せずに登校できそうな奇跡に、今となっては感謝しかない。
予期せぬ事態に備えてデジタルアナログ含めて10個用意していた目覚まし時計が動かなくても、こうして遅刻せずに学校に辿りつく事ができるのだから。
学校に到着、大きな自動ドアを潜り抜けた時刻は8時25分。
少し走っただけで息切れした体を、深呼吸で落ち着かせながら5階の教室へと足を運ぶ。
エレベーターとエスカレーターは動いていたが、故障する可能性を考慮して階段を使おうとするも僕の体は既に限界に達しており、半ば諦めながらエレベーダーを使用した。
特に故障もなく順調に動く器械に、日頃メンテナンスをしてくれているエンジニアさんに僕は初めて感謝した。
遅刻せずに教室に辿りついた僕は静かに一番後ろの席に着き、大きく息を吐き出した。
……安心。そう、安心だ。今の心境を簡潔に表すならば、安心という言葉以外は必要ないと思う。
黒板はタッチ式パネル、教科書の大半はタブレット端末で見る事ができる最先端の学び場。
最初は違和感でしかなかったけど、今なら自分の家のように感じる事ができそうだ。
ここまで何のトラブルも起きない所を見るに、どうやら本当に自宅以外の場所は悪魔の管轄外のようだった。
悪魔さえ居なければもう安全、ここは日本で最高クラスの秩序が保たれている神聖な場所。
何故なら選ばれた人間というのは、いじめや暴力は行わない。
彼らは誰よりもくだらない事で経歴に傷がつく事を恐れる。将来の商売敵に弱みを握られる事を恐れる。
更に言えば、エリートの中に凡人以下の人間がいたとしたら、そいつはみかん箱の中に腐りかけたリンゴが存在しているような存在。
本来であれば排除されて然るべき対象ではあるが、彼らの天秤は腐ったリンゴに触るリスクが遥かに重かった。
決して触れてはいけない。そして触れる事を許されない。それが僕、花村影人という学生の内訳。
更に僕の安全を押し上げるように、この学校には最大の権力と財力を持つ、風紀委員長を兼ねている生徒会長が存在する。
「たった1つのクラスを支配できない者に、社会を支配できる訳がない!」
……なんて言葉を、入学式で学生の身分でありながらまるで神のように雲の上から号令をかけられたかのような声明は今でも鮮明に覚えている。
まぁ僕にとっては関係の無い話ではあるけれど、その言葉が巡り巡って僕をあらゆる角度から保護してくれるとは思いもしなかった。
「――起立ッ!」
一分一秒のずれも無く、先生の入室と同時にクラス委員長が軍隊の如く号令をかける。
本日も無事に、学校での1日が始まる。
感謝の意味を込めて、僕は深々とお礼の挨拶を発声した。
◇◇◇◇◇
現在時刻は12時30分。
太陽が最もテンションが高くなるお昼の時間。
朝食を抜かしてしまった僕は体を労わるように、食堂で購入したパンを食べていた。
料理が得意という訳でもない僕の食生活の7割くらいはこの食堂が担ってくれていて、特に僕の一番好きなふっくら卵のサンドウィッチは月曜日には必ず食べるようにしていた。
そんな学校に感謝をしながら美味しく味わっていると――
――この神聖な学校に相応しくない、大きな物音を立て、何人かの子分を引き連れた女性が姿を現した。
その女性には薄っすらと見覚えがあるが、はっきりとは思い出せない。
ただし、胸元に付けられたバッジの種類で彼女は相当の権力者であり実力者であり、決して相反してはいけない存在だという事は僕にでも一瞬で理解できた。
「花村影人って誰!? いますぐ名乗り出なさい!」
そんな存在から、聞こえてはいけない単語が発せられたような気がした。
僕は音の流れていないイヤホンから、まるで大音量でも流れているかのように聞こえなかった振りをするが、そんな事はお構いなしに周りの視線、そして彼らが指差す方向が一点に集中する。
ドカドカと大きな足音を立てながら近づき、僕の胸倉をつかみながら彼女はこう言った。
「コイツをいますぐ屋上に連れてこい」
彼女は僕を睨みつけているにも関わらず、僕に対してではなく後ろに控える部下に命令を下す。
都合悪く解釈するのであれば、つまりは貴様は眼中にない、拒否権は無いと暗に僕に命令しているかのようにも受け取れる。
……ここまで来て、察しの悪い僕はようやく目の前の相手を思い出した。
そう、人に興味のない僕でも知ってしまっている人物といえば、そう。彼女だ。
風紀委員長兼、生徒会長、南条 香澄。
要するにこの学校で一番の権力者であり、更に言えば理事長の孫でもあるとんでもない人物。
さっき思い出していた「たった1つのクラスを支配できない者に、社会を支配できる訳がない」なんて言葉を壇上から叩きつけたのは彼女だ。
そして更に思い出したが「たった1つの学校を支配できない者に、世界を支配できる訳がない」なんて言葉を続けていたのも彼女だった。
そんな人物に、僕は屋上に連れてこいと言われてしまった訳だ。
つまり、この状況は小学生にだって分かる状況、偏差値の高い私立高校に通っているエリート組ならば当然理解できるだろう。
……いや、理解できないのかもしれない。だって当事者である僕にだって理解できない。
だけども、これだけはハッキリと理解している。最悪、そう、最悪だ。
この後に歓迎会、ドッキリ、バーベキュー、プレゼント交換会等が待っていたとしても、最悪という二文字だけは決して揺るぐ事はないだろう。
最悪だ、ついでに言えば朝から最悪だ、詳しく言えば昨日の夜から最悪だ。
神輿のように担がれながら、抵抗する術を封印された僕は黙って屋上へと連行されていった。