???日目 ***
静寂の中、僕は言葉を待った。
『……カゲト、私は何に見える』
「……悪魔ですかね。」
『悪魔か。ふふふ。確かに影人から見ればそう感じ取るしかないのかもしれないね。それにしても悪魔か、ふふふふふ。』
リチュエルは笑いながら、言葉を続けた。
『この世界に存在する生き物には、全て意味がある。土は命を宿し、水は命を育み、風は命を運ぶ。 ……みたいな感じさ』
「……はぁ」
『お茶は美味しい、コップに入れると飲みやすい。椅子とテーブルがあれば姿勢が楽になる。そんなものさ。物には意味がある。色々な使い道がある。』
無限に湧き出るお茶を大きな口で飲み干しながら、僕に質問を投げつける。
『さて、問題だ。人間にはどんな意味があると思う?』
「……意味なんて、種の存続とか、繁栄とか、そんなものじゃないんですか? 人間に限らずですけど」
『なるほど。ではそんな事をして、何か意味はあるのかい?』
「……意味って、生きる意味なんてそんなものじゃないんですか」
『あぁ違う違う、人間という存在がこの世界において何か意味があるのかって聞いているのさ。必要かい? 君から見て、人間って必要かい?』
そこまで言うなら逆に存在していい生物を教えて欲しい。
木や石ですら、彼女にとっては必要ない物を判断しそうだから。
『まぁ別にいいさ。周りが見えていても自分の事は見えてないって事なんてのはどの生物でもよくある事さ。だからまぁ、君と私との仲だ。参考までに私の生きる意味を教えてあげよう』
空になったコップを指先でくるくると回しながら、彼女は――
『混沌さ。私はこの世界に混沌を求めている。常に争いが絶えない世界を望んでいる。私はその為に創られ、その為に人間に仕えている』
秩序の正反対。僕が望んだ世界とは真逆の世界を望んでいると、彼女は言った。
「じゃあ、適当に殺しまわればいいじゃないですか。そしたら簡単に出来上がりますよ。お望みの混沌が」
『ソレは私が望む混沌じゃない。それに私は人の意思がないと行動できない。こうやってお茶を飲む事すら、空想空間の妄想でなければ自由にできないのさ』
僕から見れば好き放題やっているようにしか見えない。
……いや、実際部屋から出られないとかいってたし、実際そうだったし、意外とそんな感じなのかもしれない。
『不老不死。圧倒的な力を持った人間が、毒薬やミサイルを撃ち込まれても死なない無敵の超人が、不老不死を手にしたら何が起きると思う?』
「……やりたい放題やるんじゃないんですか。まさしく混沌のように」
『逆さ。秩序が生まれるんだ。世界の頂点が個として誕生した瞬間、ソコを中心とした秩序が創られるのさ。』
面白く無さそうな表情で、どこからか現れたクッキー口にした。
『もぐもぐもぐ。 ……人間は他種族を徹底的に管理している。食べる為に、着飾る為に、支配欲を満たすために、愛情を練り上げる為に、徹底的に秩序を創り上げる。 だけども、そこにはまだ混沌があった。人間という種の多様性が、有限の秩序を求めて争うからだ。』
「……それが個となると、完璧な秩序が生まれてしまうと?」
『水槽で飼われてる魚のようなものさ。決して飼い主に逆らう事ができず、飛び出せば死んでしまう。ご機嫌を損ねればエサを削られるし、喧嘩をすれば排除される。』
「争いの無い世界ならいいじゃないですか」
『人間視点から見ればそうかもしれない。だが私から見れば恐ろしい話だよ。混沌がそこにはないのだからね』
……そもそも混沌って何なんだよ。
そうツッコミたい。どうしてもツッコミたい。
絶対的存在の個が誕生した時点で、それは世界における立派な混沌じゃないのだろうか。
「……でも結局、リチュエルさんの力でこうなったんですよね。本末転倒というか、じゃあどうするんだって話になると思うんですけど」
『そこで1つ質問があるんだ。君は主催者をどう思う? 現代兵器で殺せない。毒じゃ死なない。不老不死になれば時間ですら彼を殺せなくなる。同種が同種を殺せない、つまりはもう人間という枠を超えたように私には見えるんだ』
「……まぁたしかに。もはや神のような存在になっちゃいますよね。ソレを人と呼ぶのはだいぶ無理があるように思えてしまいます。
何が言いたいのか理解できなかった。
人間と言う枠を超えたら一体なんなのか?
人でなくなったらどうなんだろうか?
リチュエルさんは具体的に何を求めているのだろうか?
「……そういえば、リチュエルさんは人間に仕えると言っていましたね」
『そうだね』
「……じゃあ、不老不死になった超人は人間じゃない! という事になったら、リチュエルさんはどうするんですか? 人間じゃないと思っているのに、そのまま付いて行くんですか?」
『私としては付いて行くメリットがもう無いよね。慈善事業じゃないんだからね。私は見た目が天使だけど、心までは天使になり切ってない節があるんだ。これはもうどうする事もできない』
「……じゃあ他の人に乗り移るんですか? それとも居なくなっちゃうんですか?」
『いやぁどうだろうねぇ。こんな平和な世界に、私のような存在を必要としている人間がいてくれるなら乗り換えちゃうんだけどなぁ』
わざとらしく、僕をにやにやと眺めながら彼女は言った。
――。
そして、ようやく気付いた。
僕が今、ここにいる理由を。
「……リチュエルさん。主催者との契約って具体的にどうなってるんですか? どうやったらリチュエルさんに願いを叶えて貰えるんですか?」
『契約らしい事はないよ。人を殺すのに何かを要求する事もない。 ただ、病気を治してほしいだとか、誰かを生き返らせてほしいとか、戦車を吹っ飛ばす程の怪力を手に入れたいだとか、そんな感じの注文にはそれ相応の命を賭けて一種のギャンブルを要求するよ』
「殺す事に対価は必要ない?」
『私は混沌を求める。秩序や平穏を望まない。私にソレを求めるって事は、要求した人間に混沌を求めるって事さ。別にしなくたっていいんだ。だけども、面白くない。私は便利屋じゃない。あまりふざけた注文をしないようにしているだけなのさ』
悪魔でもない、天使でもない。
だけども、悪魔のような、天使のような力を兼ね備えている存在を、僕は何と呼べばいいんだろうか。
一言で表すのであれば神という言葉が一番ふさわしいような気がするが、神に対極するような存在にも相応しいと僕は感じた。
「……仮にですよ? 仮に僕がリチュエルさんに「仲間になってください」とお願いしたら、どうなるんですか?」
『今はまだ奴が一応人間であるからお断りするよ。だけども、不老不死になったら話は別だ。君がその時に生きていたら、その時は「お友達」になろうじゃないか。』
……?
つまり、彼が不老不死になってくれれば逆転の可能性がある?
「……でも今回は失敗して不老不死になれないんですよね?」
『ついさっき、奴は更にチップを上積みしたよ。そして、君を直接殺したら不老不死になれるってルールでギャンブルを再開した』
「はぁ!?」
何かってにルールを追加しているんだ、この糞悪魔は。
主催者は僕を殺さないと不老不死になれない。
つまり、さっき考えついた、奴が不老不死になったらリチュエルさんが僕の仲間になってくれるという方程式は成り立たなくなるじゃないか!
『たしかにそんなルールにはしたよ。私は中立だからこれ以上の事は言えないけど、君なら意外と面白い発想を浮かべて逆転の策でも思い浮かべるんじゃないかな?』
「策って言われても……」
『これは復讐のチャンスでもあるんだ。だから、よく考えてほしい。どうしたら君は奴に勝てるのか、考えて欲しい。』
僕が死なないと不老不死になれないってのに、一体どうやったら勝てるというんだ。
誰かにリチュエルさんを託せって事なのか?
知り合いなんていない、居る訳ない。そんな人生は歩んできてない自負がある。
親戚は年に数回の連絡した取らないし、佐川先生は殺されたし。
南条さんは論外だし、だとしたらもうコンビニかスーパーの店員さんレベルでしか親しい人は存在しない。
――。
――――。
「……あぁ」
――気づいた。
さっき、僕の家族は、40人を生き返らせるために犠牲になったのだと教えられた。
だとしたら、だとしたらだ。
「……僕が殺されて、相手が不老不死になった後に、僕を生き返らせてリチュエルさんが仲間になってくれるって話はアリですか?」
『へっへっへ。アリだね』
絶望の淵で、一本の糸を掴んだ。




