???日目 蘇生
月曜日。南条さんに暴力を振るわれる。
火曜日。引き続き暴力を受け、病院で佐川先生と検診を受けた。
水曜日。学校でトラウマを蘇らせられてから、下校中に拉致、監禁、拷問を受ける。
木曜日。体をいじくりまわされ、ボロボロの欠陥品になりながら再度拷問を受ける。
金曜日。先生が殺され、首を目の前に置かれた。口にはドーナツが挟んであった。
土曜日。自殺防止の為に一日中眠らされていたのか、疲れ切って自分の意思で眠っていたのか、分からない。
日曜日。全身の身動きが取れないよう固定され、白髪さんが何か雑談めいた事を一方的に喋っている最中に寝落ち。
――時刻は日曜日の22時。主催者とのゲーム、儀式、戦争のような出来事が終わりを告げる時刻。
その時は時計も無ければ意識も無い状態だった。
そんな状態の中、まるで夢の中に現れたかのように、悪魔…… じゃない、まるで天使のようなリチュエルさんは現れた。
『へっへっへ! やぁカゲト! お久しぶりだね!』
いつ自分が目覚めたのかが分からなかった。
慌てて周囲を見渡すと、そこには何も無く、ただただ黒い色だけが広がっていた。
すくなくとも、灰色の監獄じゃないし、薬品臭の漂う拷問部屋なんかじゃない。
無臭の、まるで宙に浮かんでいるような感覚に陥る影の無い空間。
まるで死後の世界のような場所に、僕はいつのまにか1人で立ち尽くしていた。
「……お久しぶり、です」
『だいぶやられちゃってるね! へっへっへ! 最後に言葉を交わしたのって月曜日の朝だよね。あれからまだ一週間も経ってないってのにこんなに変わっちゃうんだから、なんだか本当、お疲れ様ッ! って感じだよ。よく頑張ったと思うよ。いや正確には君はたいして頑張っては無いというか、頑張り所がなかったんだけどさ、なんだかんだここまで生き延びたってのは才能だと思うよ。運も才能っていうでしょ。あれはマジだからね。運が無い奴っていくら能力が高くてもすぐ死ぬし。意味無いからね、死んじゃったら』
「……僕って死んだんじゃないんですか? ここって地獄とかじゃないんですか?」
『へっへっへ! カゲトは死んでないよ。ここが地獄かって話になると、まぁある意味地獄なのかなと言わざるを得ない部分がチラホラと見え隠れはしているけれどね。結論から言えば君はまだ生きてる。ここは私と君だけの、意識だけが存在する世界…… まぁ簡単に言えば、君の脳内に私が直接話しかけているようなものさ。あまり深く気にしないでくれてもいいと思うよ』
深く気になる状況ではあるけれど、気にするなと言われればソレに従うしか僕に手段は無い。
白い椅子、白いテーブル、そしてお茶の入ったコップが突然現れようとも、僕はもう考えないように努める事にした。
『まぁ座ってよ。時間はいくらか余裕はある。御もてなしはこれくらいしかできないけど…… いやさ、もっと準備に時間をかければお菓子とかも用意できたと思うんだよ。私はやればできる存在だからね、だけどもさ、君はオヤツよりも大事な用事があるんだろうなぁって、気を使ったのさ。だからめんどくさいとか、そういった感情は無いんだよ』
「……そうですね、ありがとうございます。確かに甘いクッキーよりも、今の置かれている状況の方が気になります。深く気にするなと言われたばかりのような気はしますけど」
ふわふわと軽くなった体を椅子に預け、落ち着かせるようにお茶を飲む。
まるで双子のように、僕の作るお茶とまったく同じ味がした。
『結論から言うと君は勝った。逃げ切ったんだ。だからこれから多くの人が死ぬ事になる。当然主催者側は不老不死になれない。晴れてハッピーエンドって訳なんだけど、カゲトはどう思う?』
「どう思うって…… 僕は完璧に捕まっていて、情報も全て教えてしまったんですから完全に負けてたんじゃないんですか?」
『実は私ではない存在が、まったく同じ容姿で同じセリフを喋っちゃったんだよ。私の意思じゃないし、止められることでもなかった。まぁ予測はできていたけど、それを止めるのも別になんだかなぁって思って放置してたんだけど、まんまとそのトラップに主催者がひっかかっちゃってね。2択の問題で君はギリギリ生き延びたってトコなんだよ』
「……被害者の立場で言うのもなんですけど、なんというか、そんな事をしたらルールも何も無いと思うんですけど」
コップの底から無限に溢れ出るお茶を眺めながら、僕はそう言った。
『そんな事言うけどさぁ! じゃあ「不老不死になりたいから、不老不死を賭けた勝負の時にヒントをくれ」なんて事を事前に10回くらい言っちゃった奴の方が悪いと思わないかい? ずるいよずるい。おかげで沢山の命が失われてくれたけどさぁ! なんだか反則じみた無法地帯って感じがするじゃん? ポーカーで予めエースが4枚揃ってるような状態で勝負を挑むなんてフェアじゃないよね?』
「……なんですかそれ。じゃあ試合が始まる前からほとんどターゲットは決まっていたという事ですか?」
『そりゃそうさ! 一歩間違えば全てを手に入れた自分が死ぬかもしれないんだからさ慎重にはなるさ。ちなみに捕まえられなかった時の保険として「我がいる地域は殺すな! 対象とするな!」ってお願いも事前にしてあるんだよ。もうこれはリスクなんて無いようなものだよ。ふざけてるよね』
「……そんな願いを聞いてしまうリチュエルさんも…… なんというか、寛容すぎるというか、優しすぎるような気がしますけど」
ふざけてるのは貴方も一緒なのではという棘のある言葉をあえて使わない。
僕は大人だからだ。
『でも結局は捕まらなかった。初日に暴走した女がペラペラと接触さえしなければ、君は油断して色々と喋っていたと思うけどね。全身あちこちに痣ができた甲斐があったと思うよ。私だったらブチ切れて殺してるけど』
「……やっぱ南条さんも敵だったんですね。いやまぁタイミング的にそうなんでしょうけど」
『敵というか、なんというか。いやはや難しいね。不老不死の件に関しては敵じゃない、だけども君の家族が死んだ点に関していえば、彼女は敵なんだろうけどさ』
――コップを大きく叩きつけた。
黒い空間に、白く輝く星のように。
「……どういう事?」
『あの出来事ってのはね、とあるバスがテロリストに襲われた事を無かった事にする為の犠牲だったのさ。つまりは生き返らせたって事。君の家族を含めた多くの人間が死んだのは、たった40人の人間を生き返らせる為と、生き返らせた人間の身体能力を強化する為だったのさ。』
「意味が分からない」
『意味は分かるだろう? 主催者の血縁が巻き込まれたから、生き返らせた。1人だけ生き返ると色々と面倒な事がありそうだからまとめて生き返らせた。ついでに実験と実益を兼ねて人間離れした力を手に入れたって事だよ。その代償は当然デカイ。君の家族はついでに殺されたって事なのさ』
目の前の悪魔がヘラヘラと笑いながら、僕のトラウマをグリグリとえぐって来る。
『私が憎いかい? 私はただお願いされたから実行しただけなんだけど、まぁ別に勝手に憎めばいいと思うさ。交通事故に遭って運転手じゃなくて車を怨む趣味があるのであれば、まぁそうすればいいさ。』
「……この車とは少なくとも意思疎通が取れますけどね」
『確かに。車に文句を言っても無駄だから相手にしないって前提はあるかもしれないね。だけども大して違いは無いと思わないかい? カゲトが私に何を言っても「そりゃぁ大変だね」くらいの返答しか返ってこないんだから』
「……なんだよ。じゃあ何なんだよ。なんでこうして僕と君がココにいるんだよ。なんの為に車が話しかけて来たんだよ。イラつかせる為? どいつもこいつも僕は何もしてないのに暴力を振るっておいて、オマケに説法ですか? 悪魔が? 僕に? 人命の儚さでも教えてくれるんですかね?」
『少なくともカゲトと喧嘩をするつもりは無い。いや、無かっただね。いやはや、君と話しているとちょっかいを出したくなるというか、お節介になってしまうというか、母性がくすぐられるというか、なんというか、まぁそんな感じさ』
わざとイライラさせるような言葉を、悪魔は投げつけてくる。
「五月蠅いな! 何なんだよ! なんでここまで追い込むんだよ! 僕が何をした! じゃあ僕を殺してくれよ! 僕の願いを叶えてくれるなら、殺せよ! 今すぐに! 」
『君の願いは聞けないな』
「聞きたくない? じゃあ何をしに来た! なにが望みだ! 僕はもう疲れた! もう嫌だ! 生きていたくない! どうせこの先もずっと失い続ける! 明日も明後日もずっとずっとずっと! 何も得る物なんてない! 何もいらない! 何も持ってない! なのに僕は失い続けるんだ! もううんざりなんだよ、そんな世界に付き合わされるのは!」
涙を流しながら、吐きつけた言葉に、悪魔は、彼女は――。
――今は 聞けない。
そう、答えた。




