9日目 **************
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花村影人は絶命した。
南条伊吹がこの場で唯一認識できた現実はたったソレだけ。
容易く予知できた出来事にも関わらず、彼女は動揺を隠す事が出来なかった。
彼女が信じていたのは自分だけだった。
……数分前、ようやく誰かを信じることができそうだったのに。
9年前の世界同時多発テロ。
事故の起きたバスの中で、あの日に血縁が死んだのは半数。
残り半数は何を失う事も無く、同じように力を手に入れた。
母を失った原因は、自らの命と人離れした身体能力を得た事による代償だと、彼女は薄々気づいていた。
だけども、当時小学生だった南条伊吹はソレを受け入れる事ができなかった。
「お母さんは事故で死んでしまった。遠く離れていた私ではどうする事もできなかった……」そう信じる事でしか生きていく事ができなかった。
人の為になる事を成し遂げなさい。周りを笑顔にしなさい。
母にそう言われ続け成長してきた彼女は、二度とこのような惨劇を起こさないよう、悪のいない世界を創る事に決めた。
自分には力がある、圧倒的な力がある、アドバンテージがある。できない訳がないと思っていた。
中学の時点で一流のスポーツマン選手以上の身体能力、そして博士号を取得した自分は望む事全てができると確信していた。
神が自分に全てを託した、神の意思によって行動している。
南条伊吹の類まれな行動力の源水は、自らを神の使徒だと思い込む事によるものだった。
そんな彼女が、初めて意識をした異性。
それが、花村影人という少年だった。
「……影人」
多くの死を目撃してきた彼女。
しかし、既に息絶えた者に声をかけた事は、母を除けばこれが初めてだった。
何者かも掴めない、裏世界の支配者から監視しろと命じられたその対象は、偶然にも同日に家族を失っていた。
……否、偶然では無いと確信した。これは必然であり、神が示した道なのだと、南条伊吹は感じ取っていた。
上からは「絶対に接触するな」と言われたが、学校は私の支配下にあるし、当然隠し通せる自信があった。
すぐに屋上に呼び出し、問いただした。
求めていた答えは返ってこなかった。
お前のせいで家族は殺された なんて言葉が返ってくるものとばかり思っていた。
にも関わらず、彼は私の特異な能力の事、そして母を失った事すら気づいていないようだった。
制服に盗聴器を仕掛けたが、特に問題は無かった。
ただの学生に、何故、このような事を?
疑問は深まるばかりだった。
次の日にも、同じ質問をした。
返って来る答えは、同じ言葉だった。
水曜日、髭に邪魔をされた。
「いい加減にしろよ、お嬢さん」
男は彼女の質問に一切答えはしない。
ただ1つ「世界の命運が掛かっている重要な事案だ。刃向かってくれるなよ」とだけ、口にした。
その言葉だけで、十分だった。
奴の事は何度か見かけた事がある。
仕事に関しては、無駄な事を一切しない主義の男だ。
だらしがないように見えて、やる事成す事全てが完璧。
地獄の果てまで追い続ける、番犬と呼ばている男。
そいつが、言葉を発したのだ。
意味が無いはずがない。
だから探した。
必死に探した。
何故、必死に探したのかがわからない。
だけども、ようやく気付いた。今になってようやく気付けた。
私は探していたのは、彼ではなく、母の死因でもなく、あの日忘れた自分自身だったのだ。
『リチュエル! 我が盟友リチュエルよ! 我の前に現れよ!』
目の前の悪夢は、悪魔の声を叫んだ。
数時間前に目撃した、宙を浮かぶ一つ目の悪魔が、現れた。
『へっへっへ。やぁアムシルよ、よくぞここまでたどり着いたねぇ』
『ようやく、ようやくたどり着いたぞ盟友よ! 約束だ! 今すぐ我を不老不死に! 我を更なる高みへと!』
『へっへっへ。当然さ。私は約束を守る高貴な存在だからね。いつだってそうさ、私は約束を反故した事はないよ。そりゃぁちょっとだけ解釈の違いはあったかもしれないけど、基本的に私は正しいし中立を保っていると自負しているからね。だから君は不老不死になれるよ。そりゃぁもう、いますぐ不老不死になってもらう。これはもう私の願いでもあるし、本望であるからね』
『話の続きならこれから先いくらでも聞いてやる! さぁ早く! 我を神に! 我を真の支配者に! 世界の頂点に!』
――灰色の景色が、一瞬にして紫色の歪んだ空間へと移り変わっていく。
『――分かる。我には分かる! これが不老不死の力か! ハハハッ! 今までの自分が嘘のようだ! 本当に、本当に生まれ変わったぞ! 我は神だ! 神になれたのだ!』
戦闘力、なんて子供じみた言葉で相手の戦力を測りたくはないが――。
桁どころか、次元が違う。蟻と象どころの話じゃない。蟻と戦車くらいの次元だ。
『――貴様等は許さん。皮を削ぎ落し、内臓を火で炙り、蟲と一緒に閉じ込めてやる。苦しめて苦しめて苦しめて、殺してくれと懇願されても生かし続けてやる。死なせるものか。我に逆らった奴等は我の創る地獄に突き落としてやる』
南条と白髪は動けない。
見えない何かが、彼等を縛りつけ、吊り上げる。
『……だが、気が変わった。今の我は機嫌がいい。お前達だけは楽に死なせてやろう。光栄に思え。貴様等が神に捧げられる、最初の生贄となるのだからな』
闇を纏った邪悪な神は、空を雷雲で多い尽くす。
雷が大きな剣へと姿を変え、大きな轟音と共に――
――死ねぇ!
死んだと思った。
絶対に、この場の2人は死を覚悟した。
絶対に避けられない。絶対に死ぬ。
幾千もの戦闘経験が、彼等に絶対的な確信を与えていた。
だけど。
――だけども。
瞬間、闇の中だけの、白黒世界の空で、光り輝く何かが生まれた。
まるで蛍のように小さい光が、まっすぐ、まっすぐと降りていき。
――ソレは、少年の亡骸に、吸い込まれるように、ゆっくりと降りて行った。
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