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9日目 死

 ソレには翼があった。

 例えるならば、まるで天使のようなその翼は、モノクロ世界で唯一の光を発する金色の翼。


 ソレには6本の腕があった。

 まるで阿修羅像のように、それぞれには武器が握られている。

 剣、斧、槍、槌、棍、そして杖。

 翼とは対称に、それら全てが周囲の光を吸い込みながら、禍々しく歪んでいた。


 ソレには、眼が3つあった。

 額に1つ、大きく吸い込まれそうな瞳があった。

 まるで心まで見通しそうなその金色の眼球は、まっすぐ僕を見抜いていた。


 まるで伝承で伝えられている神々のように、歴史に彼方に葬り去られた神々のように。

 ゆっくりと、ゆっくりと、金色の長い髪をなびかせながらビルの屋上に降り立った。




 全世界が協力しても敵わなかったと聞いた時は、どんな人物がくるのかと思っていたが――。



 これはもう、人じゃない。

 人じゃない、ナニカ。


 人の遥か先を歩んでいるような、リチュエルさんのような存在に分類されるような。

 世界の支配者、そして全生物の頂点に君臨するようなナニカが、とうとう僕の前に現れた。




 アレと僕は争っていたのか。駆け引きをしたのか。

 そう思うと、身分不相応な事をしてしまったのだなと反省するしかない。

 反省した所で結果は同じ事だとは思う訳だけど、この状況下に陥るならば僕は自ら命を絶ってこのナニカに手間をかけさせないようにしたほうが世界の為なんじゃないかと思えてくる。


 金持ちで、権力者で、不老不死を願っちゃうような愚か者で、どうしようもない奴。

 そんな奴に負けてたまるか一度でも思ってしまった自分の愚かさを呪いたい。


 ソレは世界を支配する為に存在している。僕にはそう捉えようがなかった。




 跪いていた6つの守護者がゆっくりと腰を上げ、それぞれの武器をこちらに向けた。

 とうとう処刑が始まるようだ。


 南条さんと白髪さん程の実力者でも、この場では僕と同じ抵抗力になっている事だろう。

 ただ、殺されるのを待つしかできない。

 神に祈る事さえできない。許されない。相手は神なのだから。




『――貴公には、随分と楽しませて貰った』


 音声ではなく、直接脳内に言葉が届いた。


『だが、これで終わりだ。我は不老不死を手に入れ、真の神となり世界を我が物とする』


『そして、いずれ宇宙を支配する。神をも越えた存在となり、未来永劫全てを我が支配する』


『その礎となるのだ。神に感謝するがいい』


『では死ぬがよい』





 ――刹那。




 一方的な判決の元、心臓を貫かれた。

 現代医療ではどうする事もできないとなると、かろうじて意識が残っているとしても、これは死んだと判定していいだろう。


 そう。

 僕の人生、つまりは花村影人の命はここで終わりを迎えた。

 ……なんて言葉を自分で言うのも、なんだかおかしいような気がするが。



 ハッピーエンドではない。

 だけども、初めからハッピーエンドなんて有り得ない。

 全てを失ったあの日から、僕の中から幸せという感情は遠い何処かに逃げてしまっていたのだから。




 どうであれ、不老不死を手に入れたアレが神の如き力を振りかざして世界を支配するだろう。

 ソレが世界にとって不幸なのか、それとも幸福なのか、僕には判断が付かない。


 全ての人類を支配して、争いの無い世界を創るのか。

 今回とおなじように人類を玩具にして遊ぶのか。

 選ばれた者以外は奈落の底へと突き落とすのか。

 それとも、人類を絶滅させるのか。



 世界なんて、糞くらえ。滅びてしまえ。無くなってしまえ。壊れてしまえ。

 ……常々そんな事を思っていた僕だけども、本当にそんな情勢になるなんて思いもしなかった。

 これが不幸なのか、それとも幸せなのか、僕には分からない。





 ……まぁ、どうでもいい。

 ようやく、僕は死ぬ事ができた。死ぬ事を許された。

 これで、学校に行かなくてもいい。

 これで、お母さんとの約束を守らなくてもいい。


 きっと、許してくれるだろう。赦してくれるに違いない。

 だって僕はベストを尽くした。

 結果として相手がとんでもない存在だっただけで、僕はやれるべき事をすべてやった。



 ……佐川先生には申し訳ない事をした。

 僕に巻き込まれて、死んでしまった事に対してどれほど謝罪をしたらいいのか分からない。

 あの世で会う事があるならば、まずは第一に謝りたい。

 そして、今まで支えてくれた事に感謝の言葉を伝えたい。


 ……白髪さんに、僕を自宅に連れてきてくれた事に対して感謝の言葉を伝えるべきだった。

 確かに佐川先生を殺した、恩人を殺した最悪な人だ。

 だけども「彼が殺さなければ誰かが殺した」というのもまた真実だろう。

 家族を守るためにも、白髪さんは殺さなければあんらなかった。

 悪いのは命令をした奴、つまりはアレだ。

 アレに命令されたのであれば、従うしか道は無い。

 だから、今までやってきた事はどうあれ、今回の件に関しては白髪さんは悪く無いのだ。



 ……南条さんに、感謝しなければならない。

 僕は今まで1人で苦しんでいた。自分がこの世で一番不幸だと思い込んでいた。


 でも、それは違う。

 確かに彼女は確かに生き返った。

 強靭な体を手に入れて生き返った。


 でもそれは、手に入れた物と天秤が合わなかった。

 彼女は、大好きなお母さんの命を代償としてしまったのだから。


 お母さんの命と引き換えに生きたいと思っただろうか?

 親の立場であれば子供に対してそう思う事はあっても、子供であればソレはない。

 僕がその立場であれば、迷いなく断るだろう。


 家族とは、子供の全てだ。世界だ。

 世界を手放す事なんてできない。

 まともに生きていれば、愛情を注がれて生きてさえいれば、こんな取引に応じる事なんてないんだ。


 自分のせいで、母がしんだ。

 世界が、壊れた。

 彼女は誰よりも、少なくとも世界で一番不幸だと思い込んでいた僕よりも、遥かに深く苦しんでいた。




 僕は愚かだった。

 人と関わる事が怖かった。

 失う事が怖かった。

 もう親しい人を失う事に耐えられなかった。


 だから、僕は常に1人でいた。

 孤独は辛くなかった、それが当たり前だったから。






 だけども、奇しくもこの勝負に巻き込まれたおかげで、僕は1人では無くなった。

 少し。

 ほんの少しだけ、外に目を向ければ、そこに幸せがある事を知れてしまった。







 あぁ。

 もう少し。

 もう少しだけ、生きたかったな。

 もう少しだけ、話していたかったな。



 後悔は後を絶たない。

 だけども、何故だか分からないけど、

 僕はきっと、この瞬間だけは、幸せだった。

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