9日目
僕の命は5時間後に死を迎える。
だからこそ、そんな言葉は聞きたくなかった。
「私はあの日、学校が終わってスクールバスに乗っていた。バスは動き出してすぐに爆発したわ。何度も、何度も爆発したの。窓から助けを求めようとしたら、外には銃を持った男が見えた。私はそこで死んだと思っていたの」
「……そうなんですか」
「そこから先は何が起こったのか分からなかったわ。気が付いたらバスは元通りだし、誰も傷ついていないし。外に武装勢力も居なかった」
カリカリと机に爪を立てながら、彼女は続けた。
「夢だと思った。だけど、みんな同じ夢を見たと言ったの。そしてその日から、バスにのっていた生徒は全員とてつもない身体能力を持ち始めたの」
「……なるほど」
「神が力を授けたのだとみんな思ってた。私達は選ばれたのだと。だけども違った。こんなに、こんなにも血塗られた呪いだとは知らなかった! 私たちのせいで大勢が死んでしまっただなんて、考えもしなかった!」
自分が死んだと思ったら無傷で生き返って、しかも超能力を得たのであれば誰だって神に選ばれたと勘違いするだろう。
結果はそうじゃなかった。選定者とやらは神のような力を持ってはいるけど、神ではなかった。
あえて呼ぶのであれば、死神。彼女は死神に力を与えられたのだろう。
「お嬢、それは良くねぇ。自分が悪いと思っていないのに「ごめんなさい」は良くねぇよ。自分だって被害者だけど、とりあえず謝りますって俺には聞こえた」
「……そうかもしれないわね」
「俺だって学生君の恩人を殺した。だが仕方がないと思っている。俺が殺さなければ他が殺していただろうし、結果は変わらん。弱い者が淘汰されるのはいつの時代も一緒さ」
強い者は支配し、弱い者は支配される。
搾取され続ける人生にはもう慣れた。
差し伸べてくれた手も、健康な体も、家族も、学校も、普通の生活ですら、僕は奪われ続けた。
だけども、僕は仕方がないと思っている。
世界はそうやってできているし、そんな世界に弱者として生まれてしまった僕が一番悪いのだ。
……だというのに、何故だろうか。
何故、こんなにも、この状況が楽しいのだろうか。
今までの人生の中で、僕が今が一番楽しい。
この感情を僕は何と呼べばいいのか分からない。
僕を虐げ続けた立場の人間が、こんな弱い人間と一緒に死ぬ事になる。
なんて事に僕は喜びを感じているのだろうか?
……違う気がする。違う気がするんだけど、違わない気がしないでもない。
「……白髪さんって、家族とかいるんですか?」
「白髪と呼ばれた事は無いんだが……。 まぁいい。確かに俺には嫁と娘がいる。写真くらいは見せてやってもよかったんだが、職業柄そういう類の物は持てなくてな。いや残念だ。美人な嫁と可愛い娘の姿が見せられなくて非常に残念だ」
「……愛していたんですか?」
「そりゃぁそうとも。愛を語れるような仕事はしてないが、守る者がいなければこんな仕事はできないのさ。学生君もあと数年後には理解できるさ。残念ながらあと5時間であの世行きだがな」
重要な任務に就く人は、裏切らないように人質として家族が必要なんだろうか。
愛とやらで正義感が芽生えてこんな酷い事もできるようになるのだろうか。
それとも、多くの人を救えるのであれば多少の犠牲者が出てもやむを得ないと割り切れるのだろうか。
僕には家族が居ないから分からない。
僕には力が無いから分からない。
だけども、これだけはハッキリと思えた。
「……なんだか、とても勝手ですね」
南条さんと白髪さんは息を止め、僕の方へと顔を向けた。
死んだような表情と、笑顔を含んだ表情で、それぞれがこちらに向いた。
「守る者がいるからだの、神が力を授けただの、色々と御託を並べてますけど結局は自分が可愛いだけじゃないですか。力があるのに弱者を救おうとせず、ただただ奪い尽くして来ただけだ。あなた方のやっている事は弱い者いじめ以外何物でもない。別に弱者の立場になって考えろとは言わない。 ……ただ、僕に対して「仕方なかった」なんて言うな! 「ごめんなさい」なんて口にするな! 僕の人生がそんな言葉で流されてたまるか!」
精一杯勇気を持って声を上げた僕に、彼女は――
「……私のお母さんもね、死んだのよ。9年前の12月4日に」
――震えた両手で、涙を流しそう答えた。
「どうして、どうしてなんでしょうね。私は一体、誰に謝ればいいのかしら。私は、誰を責めればいいのかしら。私はお母さんがいてくれたら、他には何もいらなかったのに」
そこには、強者であるはずの南条香澄は居なかった。
ただ1人の、か弱い女性に僕には見えた。
「神様が、力をくれたんだと思った。復讐しろと、私に命じたのかと思っていた。でも私のお母さんを殺したテロ組織は壊滅した。 ……だから、もう二度と同じ事は起こさない為に私はここまで頑張ってきたの! 世界を変えようと思った! だけども、何? あの悪魔が言ってた事が本当なら、お母さんは私の為に死んだ事になる。じゃあ私は、今まで何をしてきたの!? なんの為に生きていたの!?」
両手を握りしめ、爪が喰い込み、テーブルに赤い血が流れる。
……僕は今まで、自分だけが被害者だと思っていた。いや、思い込まなければ生きていけなかった。
世界で一番不幸だと、家族を全て失った僕こそ真の弱者だと、そう思い込んで生きて来た。
なのに、今の僕の隣には。
愛していた家族が、自分の犠牲になった1人の少女がいた。
南条さんは母親を殺したと思っている。最愛の家族を、殺したと言っている。
そんな、今にも消え去りそうな少女が「ごめんなさい」と僕に言った。
どうすれば、いいんだろうか。
何て、言葉を返せばよかったんだろうか。
僕には分からない。何も分からなかった。
「オーライ、お嬢、学生君。いいかい? 部外者の俺で悪いんだが、1つだけ、ハッキリと分かる事がある」
残っていたお茶を一気飲みしながら、白髪は言った。
「君達は家族を愛していた。という事は、無くなった家族も君達を愛していたという事だ。 究極の反面教師みたいなダメ親で申し訳ないんだが、俺が死ぬとき、娘には笑っていて欲しいし、幸せになって欲しいとも考える。 ……俺が言えた義理じゃないがな」
一番の年長者である白髪さんは、もっともらしい事を、らしくないように口にした。
確かに隣の彼女を見ていれば、きっとお母さんは南条さんの幸せを願っているのだろうなと思う。
……僕は、はたしてそうなんだろうか。
確かに両親からは愛情はたっぷり受けていた。
お姉ちゃんからも、溢れるくらいにいっぱい貰っていた。
だから、僕はまだ生きていられた。
お母さんの「学校にはちゃんといくのよ」という遺言めいた言葉を胸に抱きながら、僕はここまで生き延びる事ができた。
僕は、幸せになるべきだったんだろうか。
そんな事を許される存在なのだろうか。
だけども、これだけは言えた。
これだけは、言わないといけないと思った。
「……南条さん。僕も南条さんのお母さんは幸せを願っていると思っています。 ……だから、ごめんなさい。こんな事に巻き込んでしまって、ごめんなさい」
僕はあの時から、涙を流せなくなった。
枯れてしまったのだと思った。何を見ても、何を聞いても、悲しくはあるけれど泣く事は無かったから。
だけども今の僕の目には、涙が溢れ出している。
何故だろう。分からない。
分からないけど、きっと、これが幸せなのだろうと。
あの時から見失っていた幸せなのだろうと、僕は思った。




