8日目 100%確定されたバッドエンド
「つまり、南条さんを生き返らせる為に僕の家族は犠牲になったという事ですか」
『なかなか難しい質問だね。彼女だけを生き返らせた訳じゃないし…… まぁ、彼女を生き返らせる代償だったのか、彼女を生き返らせるついでに肉身体能力を強化させた代償だったのか、今となっては分からない』
「……? それはつまり、あの細身にも関わらず強靭で人間離れした力はその時に得た物って事ですか?」
『まぁ当然だよね。普通はできないよね、あんな事。だって人間じゃん』
生き返るだけでなく、強靭な肉体までセットにしたおかげで、彼女は花壇を蹴り壊したり、マンション10階を蹴り登った身体能力を得たらしい。
どんな生き方をしたら、そんな強欲な欲望を持てるのだろうか。
「……じゃあ強くならなければ僕の家族は生きていたかもしれないって事ですか?」
『その可能性はあるよね。生き返らせるのが3割、強靭な体を手に入れるが7割って所だろうしね。説明しとくと、生き返らせる事より強くなる方が代償が大きいんだよ。だからまぁ、生きてたかもしれないね。かもしれないだけど』
目の前に、僕の家族を殺す一端を担った存在がいる。
その真実だけで、僕は人生は一瞬で山頂に上り詰めたような気がした。
「違う、違うわよ! 私が殺したんじゃない! 勝手に生き返っただけよ! 私はそんなの、望んでいない!」
キッチンの引き出しには未使用の包丁が入っている。
だけども僕の力では彼女に傷一つ付ける事はできないだろう。
「……誰でしたっけ。"たった1つの学校を支配できない者に、世界を支配できる訳がない"なんて事を言っていたのは。全てが自分中心に積みあがっていると言っていたのは」
「罪もない人を殺してまでとは言ってない! 思ってない! 絶対に! 私は望んでいない! 絶対に! 望んでいないのよ!」
「南条さんには力があります。僕には無い力がね。良かったですね、望んでないのにそんな力が偶然手に入って」
この包丁では、彼女の命には届かない。
彼女には届かない。だけども、僕には届く。
このツギハギだらけの自分の体を一突きで殺す力を、僕は持っている。
「学生君、考えている事は分かる。だけども、この先の話を聞いてから判断するべきだ。まだ話の途中だ。この戦争の勝敗によって何がおきるのか、知ってから今後を考えても遅くはない」
両手にナイフを握りしめたまま、白髪は言った。
確かに、ようやくここまでたどり着いた…… いや、違うな。僕はここまで連れてこられたんだ。
決して自分の力なんかじゃない。僕には力が無い。今もただ、流されているだけだ。
そんな僕が意図的で、奇跡的に自宅に戻る事ができたんだ。
もうすこし、もう少しだけ話を聞く価値はあるのかもしれない。
『へっへっへ。カゲトが死ねば戦争は終わる。私も大勢殺さなくて済む。そして主催者は不老不死を手に入れる。それだけだ。世界はいつも通りの日常が戻って来るだろうさ』
「……勝てばどうなるんですか? というか僕に勝つとかあるんですか?」
『カゲトが勝つって事は、つまりは主催者を殺したって事になると思うんだけど、その場合は当然ながら奴は不老不死にはなれない。この世から主催者が消えるだけだ。一応言っておくけど、君が不老不死になるなんて事もない。裏の支配者が居なくなる影響はあるかもしれないが、まぁ世界にはいつも通りの日常が戻って来るだろうさ。国は1つ滅んじゃったけどね』
僕が死ねば、主催者は不老不死を手に入れ、世界は平和になる。
主催者が死ねば、世界は平和になる。
僕が勝っても何も貰えない点については不公平に思えてしまうけど、元々この世界は公平にできていないから受け入れるしかない。
ただ、復讐とまではいかなくても、一発やり返すチャンスがありそうなのは、ある意味報酬と言ってもいいのかもしれない。
……そして、聞けば聞くほど、疑問が深まる。
僕が死んでも、物事は全て解決するように思える。
だけども、あの白髪は僕を殺そうとしていない。
すぐ近くに潜んでいる戦闘集団も、僕を襲おうとはしない。
何故なのかと、僕は考えながら白髪を見ると、全てを察したように口を開いた。
「学生君を殺すのは簡単だ。だけどもな、一度不老不死になった人間を殺すのは不可能だ。絶対にできない。 ……考えてもみろ、思い通りに人を殺せる人間が、自己利益の為に大勢を殺し続けた存在が、不老不死になった後の世界を」
……あぁ、そういう事なのか。
今でさえ絶大な権力を持っている人間が、不老不死を手に入れてしまったら、世界は間違いなくソイツだけの物になり、人類は未来永劫支配され続けるだろう。
「奴は私利私欲の為に人を殺す。簡単に殺す。誰が死のうと関係ない、自分の為になるならば全人類をチップとして扱う人間が、この世界を支配したらどうなるか? 分かるか? 俺には考えつかないが、少なくとも明るい未来は待っていないだろうな」
人を玩具のように扱い、いらなくなったら捨てる。
思い通りにならない奴は斬り捨て、自分だけの理想の世界を創り出すに違いない。
「今、世界は奴と戦っている。誰も学生君を殺さない、殺させない。となれば、奴は自ら出向くしかない。だからようやく姿を現した奴と、人類は戦争を始めている。今の情勢ってのは、こういう事だ」
僕の知らない所で、全人類の未来を賭けた戦争が始まっている。一週間前まではただの学生だった僕が、世界の未来を賭けた重要な鍵になっている。
世界がどうなろうとどうでもいいと考えていた僕が、こんな立場になっているんだ。
もはや笑う事しか僕にはできない。
「学生君が復讐を望むのであれば、それはお嬢さんじゃない。支配者の血族を生き返らせるついでに、お嬢を含めた40人が強者として生き返ったんだ。代償に君の家族は巻き込まれて死んでしまったが、そもそもソレを実行したのは主催者だ。お嬢を責める道理はあるが、根本的な原因は奴にある」
まるで南条さんは悪くないと、むしろ被害者だと白髪は言った。
怨む相手が違うと。俺達と一緒に悪を倒そうぜと。正義はこちらにあると。
そんな風に、僕には聞こえた。
『へっへっへ。だけども君達に殺せるかな? 不老不死ではないけれど、アイツはもはやミサイルが直撃したって殺せはしないよ。核なら可能だけど、まぁそんな兵器に巻き込まれる程アイツは馬鹿じゃない』
「……つまりは戦闘能力も高いって事ですか?」
『当然さ。素手で戦車を破壊できるし、スポーツカーより速く走るよ。しかも空まで飛べっちゃうんだ。もうなんでもありだよね。まぁ、それに伴う死体の数がアイツの足元には積み上げられているんだ。彼は誰よりも無責任に命を払い続けてくれたからね』
そんな存在が今まさに僕のところに向かっていると思うと、どんな対策を練ろうとも全てが無意味なような気がした。
ミサイルがダメなら、銃もダメだろうしナイフもだめ。手足が切れるカッターもだめであれば手術用のメスなんか使い物にならないだろう。
僕にできる事といえば、ただただ器械のようにお茶を作り続けて待っている事くらいだ。
「じゃあ何をやっても無理じゃありませんか? 僕とか赤子のように殺されると思うんですけど」
『そこは世界の皆様が頑張ってくれているさ。そこにいる2人のように、強靭な肉体を持った人間が立派に戦ってくれている。まぁ結果は分かり切っているけどね。この世界に存在する生き物でアイツを殺す事はできないさ』
「……じゃあ、リチュエルさんなら殺せます?」
『そりゃぁ殺せるさ! だから主催者でありながらアイツはここに向かってるんじゃないか。ひょっとしたら次のターゲットになる地域は自分が住んでいる場所なのかもしれないからね」
圧倒的な権力をもった立場の人が、まさか日本の学生風情に後れを取るとは思ってもいなかったのかもしれない。
そりゃぁ逆の立場だったら僕もそう確信していただろう。
……中立だと明言しているリチュエルさんが中立らしからぬ事をしなければ、だけど。
『へっへっへ! 人類最強の体を手に入れても身を隠し続けるくらいに用心深い奴がさぁ、自分の身勝手で人間を殺しまくっていた奴がさぁ、いざ自分に矛先が向いたと気づいたら顔を真っ赤にしながら必死になってしまっていると思うとさぁ、なかなか面白いよね。写真に撮って額縁で飾りたい所だよ』
少なくとも主催者とやらとの付き合いは9年以上だと推測されるリチュエルさんは、爆笑しながらそう言った。
まぁ、リチュエルさんだからこそ、主催者とやらも信用はしていないんだろう。
次に殺されるのは何処で、誰なのか。不確定のまま野放しにするのは悪手だと判断したんだろう。
……別に、僕は死んでもいいと思っている。
だけども、逆に地球上で一番の権力、戦闘力を持つ人は絶対に死ぬ訳にはいかないと思っている。
……だけどもまぁ、一生懸命考えてはいたけど、結果的に僕は負けるだろう。
色々と説明は受けたけど、結局は死ぬ事に変わりはない。
仮に主催者が殺されたとしても、色々と知り過ぎた僕は用済みとなって殺されるだろう。
そもそもこんな体だ。僕はもう長く生きられない。
時計の針は夜中の3時を指している。
月曜日、明日は学校だ。だけども、きっと休校になっているだろう。
だけども、もう寝よう。僕にできることは、できるだけいつも通りに生活する事だけ。
それすらできないようであれば、僕をどうにかしようとする組織の意思に従うまでだ。
「……僕、もう寝ますね」
『ようやく緊張が解けたみたいだね。ここに来た時からカゲトの顔はそりゃぁもう寝不足ッ! って感じだったよ。君が寝たんじゃ暇になるだろうし、君達の試合が終わるまで私も眠るとするよ。どうせ明日には決着がつくだろうしね』
疲労感が空から降ってきた所で、僕はもう限界だった。
ボサボサの髪と傷だらけの体の対応は、明日の自分に任せよう。
涙で目を真っ赤にした南条さん、そして鋭い視線を向け続ける白髪さんの前を、ふらりふらりと横切っていく。
白髪さんが何かを言おうとした瞬間、去り際にリチュエルさんは言った。
『そうそう。どうでもいい事かもしれないけど、カゲトと親しくしていた医者を殺したの、そこにいる男だよ』
「……でしょうね。おやすみなさい」
白髪の目が大きく見開いた。
だけども、もう、僕には怒る気力も無い。
ベットの上に倒れる。
意識が遠のく中、僕は思った。
明日になれば、全てが終わってくれる。
何もかもから解放される事を祈りながら、僕は意識を深い闇の底へと手放した、




