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1日目 寝ぼけた故障中

 月曜日の朝。一週間の中で最も憂鬱な1日が月曜日である事は間違いない。

 日曜日の夜こそ憂鬱だ! と感じる人もいるかもしれないが、それは月曜日のしんどさがあってこその憂鬱であると進言したい。

 月曜日ってのは、前日から世界の支配を始めている悪魔である。つまりはそういうことだと僕は思う。


「むにゃむにゃ」


 空に浮かびながら寝ているのは、夢に出て来た翼4つ生やした銀髪の紅い単眼以下省略的な悪魔の女性。

 女性かどうかすら区別は曖昧な存在を見えてしまっている現実は、最悪な月曜日から逃避しようと脳が意図的に寝ぼけさせているのではないか?

 ……という可能性に賭け、僕はゆっくりと彼女に触れてみようと試みるが――。


 ――貫通。いや、通り抜けたと、透けていたと、ホログラムなのかと、どんな表現をしたらいいのかは分からないが。

 彼女はそこに居ながら、そこに居ない。

 顔でも洗えば多少マシな現実が返って来るかもしれないという期待を込めて洗面所で眠気を洗い流してみると、後ろから聞きたくない声が聞こえて来た。


「やぁカゲト、おはよう」

「……おはようございます。……えっと、すみません。名前がちょっと思い出せなくて」

「私の名前は魔法戦士アップル・ロイヤル・ポテトチップス、略してリチュエルだよ。二度と忘れないでね。もし忘れたら『僕の頭はカボチャです』って入れ墨を顔に刻み込んでやるからね」


 二度と外出できない権利をプレゼントさせないように、僕はリチェエルという単語を脳内で咀嚼しながら顔を拭いた。

 とうとう自分の脳がどうにかなったのかと思ってしまったが、大きな鏡に僕だけしか存在していない所を見ると、成程確かにどうにかなっているようだと判断ができた。


「まだ状況を飲み込めていないようだね。だけどもまぁ、消化不良を覚悟で流し込んだ方がいいとアドバイスをしておこうかな。私はどちらかに肩入れする事はあまり好きじゃないんだけど、まぁ今回は特別だよ。特別の中の超特別。君と私の仲だからね」


 僕がまだ寝ぼけているのだろうか。知り合って数時間。いや、寝ている時間を覗けば1時間にも満たない付き合いではあると認識できているけれど、どうやら既に彼女の中では特別な扱いを受けているようだった。

 このまま順当にいけば明日には結婚できそうなくらいには仲良くなれそうだなと思いながら、僕はタオルで顔を拭きながら彼女に伝える。


「……その、何でしたっけ。僕の記憶が正しければ世界規模のかくれんぼ的な物が始まっていたような気がするんです。逃げ切れば大勢の人が死ぬとか、そんな感じの内容だったと思うんですけど」

「日曜日の22時までに逃げ切れば君の勝ちってルールだよ。……今気づいたけど22時って中途半端すぎるよね。いっそ日付が変わる辺りにしたほうが君も分かりやすいと思うのだけれど、残念ながら途中でルールは変えられないんだよ」


 ただでさえ長いと思える一週間に、彼女は更に2時間上乗せしようとしていた。

 ……そんな馬鹿な話があってたまるかと思いながら時計を見ると、短い針が既に8の数字を指そうとしているのを確認してしまった。


「――はぁ!? 8時だってぇ!? ち、ち、遅刻じゃないか!?」


 平日で見る事を許されない光景を目にした僕は、反射的にふぬけた声を出してしまう。

 時刻は8時。……馬鹿か? 学校には8時30分で着かなければならないのに現在時刻が8時!?

 少なくとも15分前行動、余裕を持って8時、更には念には念を押して7時30分迄に到着していてもおかしくない時間なのに、8時だって!?


 つまり、遅刻。完全に遅刻。片道15分ではあるけれど、僕にとっては起床したタイミングが既に大遅刻という事になる。

 起きてから視線は彼女に釘付けにされていて一切時計を見なかった僕の落ち度だ。……いや、彼女の落ち度だ。彼女が居なければ寝坊なんてしなかった。


 そもそも目覚まし時計が鳴らないのもおかしい。僕はキチンと寝る前に10個はセットしているハズだ。物理的な時計と電子的な時計を合わせた10個だ。隙は一切ないはずだ。

 更に念には念を押して携帯のアラームをセットしているのに、それすら鳴らないのはどういう事なんだ!?


「へっへっへ。勤勉だね。君はこの非日常的な状況下においても、ちゃんと学校に行こうとしているのかい?」

「そうですよ! これが唯一の、僕がやるべき事なんですから!」


 下の住民の事なんてお構いなしにダッシュをして寝室を確認すると、見事なまでに全ての時計から電池が抜かれていた。


「私はこの部屋からは基本的に出ない事にするよ。本当は君にずっと付いて回りたい所なんだけど、これはルールなんでね」

「ご丁寧に時計の電池と携帯のバッテリーを抜くのもルールだったんですか!? なんて事しやがるんですか!?」

「それは私の趣味だよ。物事を面白可笑しくするためには多少のハプニングも必要って訳さ」


 意味がわかない。間違いなく彼女は疫病神か貧乏神か、その辺りに区分された神様なんだろう。いたずらが悪魔にしては度が過ぎている。


 朝ご飯を食べる時間もない。携帯を充電する時間もない。現実を見直す時間もない。

 一週間どころか後30分の時間にすら僕は押しつぶされてしまいそうだ。


「カゲトに一応聞いていくけど、他にもっと聞いておきたい事はないのかな? 昨日も言ったけど、私は君の質問には全て応えるつもりなんだよ。いつでも聞いてきていいよと言っちゃったから、君が寝ている間に想定される質問に対する答えをいっぱい準備していたんだ。だからさ、何かないのかな? あるだろう? 普通はあるんだよ? この状況下で電池とバッテリーについてしか質問しないだなんて、どうかしているよ。私の苦労と気遣いを少し考えて欲しい所だよ。君には気遣いができないのかい?」

「……リチュエルさん。申し訳ありませんが僕は急いでいます。少し静かにして貰えませんか?」


 制服に袖を通し、学生証その他忘れ物が無いかをチェックしながら、彼女に言葉を投げ捨てる。

 そんな僕の対応に不満があったのか、彼女は大きな目を細めながら言った。


「それは、世界の命運よりも大事な事なのかな?」

「僕にとっては、少なくともそんなモノよりかは大切なんですよ」


 言葉を吐き捨てながら、僕は靴を履いて外に飛び出す。時刻は8時10分。タイムリミットまで残り20分しかないが、ここから学校までの距離は片道15分、まだまだ諦める時間じゃない。

 何か大きなトラブルに巻き込まれなければ5分前に学校に到着する計算になるが、既に巨大すぎるトラブルに巻き込まれている僕にとっては油断できない時間となっている。

 唯一安心できる要素としては、悪魔が部屋からは出られない事、つまりはこれ以上僕を妨害する事ができないハズという点だ。

 途中で転んで怪我さえしなければ、車に轢かれなければ十分間に合う、だから落ち着けと心の中で念じながらエレベーターの前に到着すると――。



 ――「現在故障中」という、見た事も聞いた事もないような文字列が自己主張するようにデカデカと張り付けてある。

 ……朝から頭に血が上ったり、血の気が引いたりと、僕の体のエレベーダーは激しく上下に動き回っているというのに、この器械は朝から動いていないときたものだ。

 まったくふざけている、こんな馬鹿げた事をして許されるのは悪魔くらいしかいないはずだ。戻って一言二言くらいは文句を言ってやってもいいが、残念ながら僕には残された時間がない。

 何故なら20階建ての高層マンション、その10階から僕は朝っぱらから下山をしなければならない。それも5分という制限時間を設けられてだ。


 普段使われていない階段を降りると、3段目あたりから少し滑るような感じがした。

 いや、実際には滑ってないのかもしれないけど、一度「なんとなく滑ったような」と思ってしまったら最後、あの悪魔がまた何かをやらかしているのではないかという疑念が沸き上がってきてしまう。

 なんで階段を降りるのに、学校に行くだけなのに、いつもの生活を送りたいだけなのにこんなに神経をすり減らさないといけないんだ。




 ……だけども大丈夫。きっと大丈夫。

 悪い事が立て続けに起きたって事は、そのうち良い事が続く前兆のようなもの。

 そのうち集束するかのように、頑張った僕に、まだ起きて1時間も経ってない僕に対して何か良い事が起きるに違いない。

 そう確信、そして思い込む様に精神を安定させながら、僕は一歩一歩確実に学校へと歩を進めた。


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