表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/42

8日目 殺すべき相手

『私は確かに約束したさ。1人だけ逃がした場合は数万人くらいは死ぬんじゃないかってね。でもその数っていうのはさ、一度で殺される数(・・・・・・・・)であって、累計(・・)じゃない訳だよ。分かる? 私は数万人くらいを定期的に殺す(・・・・・・)つもりで言ったんだけど、なんかあいつ等勘違いしちゃったっぽいんだよね。いや、当時の私は一度だけのつもりで言ったのかもしれないよ? だけども、時間と言うのは残酷でさぁ。心変わりするには十分すぎる時間もあればハプニングもあった。だろう? まさか君が逃げ切れるとはだれが想像した? これはもうちょっと延長したって構いやしないと思ったんだよ。だから定期的に殺していくしかないんだよ』


 ずいぶんと身勝手な発言で約束も何もあったものじゃないと思ったけど、そう思うしかない存在だという事はこの場に居る3人は重々承知の上だった。


「じゃあいつどこで起こるか分からない大災害に怯えて日々を過ごさないといけないんですか?」

『ん? そんな事は無いよ。私だって鬼じゃないし悪魔じゃない。心が清く正しい存在なんだ。 ……だから君が死ぬか、主催者が死ぬかでパタッと止まるようにしたさ。このちょっとした大量虐殺を止めるボタンはカゲトか主催者の命って事さ。簡単だろう? 単純だろう? そして望ましいだろう? カゲトは無価値な存在では無くなったんだよ! 人類の命運を握っている1人の人間となったんだ! これは実に素晴らしい事だと思わないかい?』


 サッカーのオフタイムみたいなノリで、リチュエルさんは軽々しく言ってしまった。

 僕が再びなんだかよく分からない争いに再び巻き込まれた所の話ではなく、その中心に立たされてしまっている事を。


 僕が死ぬか、敵が死ぬか。


 少なくとも、少なくとも、だ。

 今までの話を総合すると、僕が死ねば試合は終わり、多くの人の命が奪われ無いという事になる。

 ……なんて所まで考えた瞬間、僕の心の底で何かが笑った。


「ふっふっふ。 ……いや、だめだ。笑っちゃダメなんだ。不謹慎だよこれは」

『へっへっへ! いやいや、気持ちは分かるよカゲト。よく分かる。君はどうせ「僕が死ねば多くの人が救われる」とでも思ったんだろう? まるで最初に出会った時と同じ反応だね! へっへっへ! いやいや、私だって笑っちゃいけないんだよ、この場面では絶対にダメなんだけど、笑っちゃうよね。仕方ないよね』


 何故笑ってしまったのかは分からない。

 だけども、僕の中の何かが笑っているような気がした。

 だからつられて笑ってしまった。これが何なのかは、僕にはもう分からない。


 あんな酷い目に遭ったんだから、多少心にヒビが入っていても不思議なんかじゃない。むしろ必然なんだ。

 だけども、なんだろう。

 なんでこんな感情が湧き出てきてしまうんだろうか。


「でも今考えたら、中立であるはずのリチュエルさんがそれをバラしちゃっていいんですか? 僕が死んで終わるのであれば、あの人と南条さんに殺されてしまうと思うんですけど」

『あの2人どころの話じゃないよ。当然この部屋にもまだ盗聴器は仕掛けられているし、君の体の中にもその類の機械は仕掛けられているんだよ。だから結構な人数がこの会話を聞いているって事になるのさ。凄いだろう? 凄い事になっているだろう? まさに世界を巻き込んだ何かが始まろうとしているんだよ。あ、お茶のおかわりを頼むね。5杯くらいでいいよ。今すぐでいいよ』


 僕の体に、そんな器械が埋め込まれているのか。

 縫い目だらけの胸をさすりながら、僕は再びお茶を作ろうとした ……その時だった。




 バン! バン! バン!

 3発の銃声と共に、テレビを蹴破りながら彼女は叫んだ。


「ふざけてんのか知らないけど、今すぐアンタを殺せば多くの人が救われる訳でしょ!? 博愛主義者でもなければ有神論者でも無いけど、この一撃で全てが終わるなら私はアンタを殺す! 殺す! 今すぐに殺す!このトリガーを引いて、全てを終わらせてやる!」


 銃口をこちらに向け、怒りに身を委ねているかのような表情をしながら南条さんはそう言った。

 注いでいた熱湯が腕に少しかかってしまったが、そんな些細な熱さを感じさせない程に、彼女は怒り狂っていた。


 怒り狂っているからこそ、正常。

 この状況では南条さんこそが正しい行動を起こしていると、殺されようとしている僕には理解できた。

 つまりは正義だ。彼女は正義を執行している。

 その行動を咎める人なんて誰もいない、いるはずがないだろう ……と、僕は思っていた。




「お嬢さん。今すぐその銃を下ろすんだ。言っておくが、お前がトリガーを引く前に俺は殺せる。理解したなら銃を下ろせ。今すぐにだ」


 ゆっくりと、そして素早く、誰にも気取られない動作で、白髪は南条さんの首にナイフを突き当てた。


「……アンタ、何をやっているのか分かっているの? ま、分かった上でやっているんでしょうね。どれだけ金を積まれたかしらないけど、たいした根性よ。覗き込んだらブタの死骸みたいな臭いがしそうだわ」

「分かってねぇのはお前だ世間知らず。勉強はできても状況は理解できねぇのか? 話はまだ終わっちゃいねぇんだ、最後まで聞け」

「最後? 最後ですって? なかなか面白い事を言うのね。 これ以上何を聞けっていうの? アイツを殺せば全てが終わる。それだけ分かればいいのよ。他に何が必要かしら? 保険金の話でもするのかしら? それとも火葬じゃご不満かしら?」


 何故、白髭が僕を庇っているのかは分からない。

 話の続きとやらに、一体何が待っているのかも推測できない。


 僕と誰かが死ねば大勢が助かる。生き続ければ大勢が死ぬ。

 それだけじゃないのか? それ以外に、一体なにがある? 一体、僕に何を隠しているんだ?

 多くの疑問を抱きながら固まっていると、目の前を空を飛びながらリチュエルさんが視界に飛び込んでくる。




『馬鹿は死んでも治らないって言葉が日本にはあるだろう? あれ、本当だと心底思うよ。だってあの女は1回死んでるんだよ? わざわざ生き返ったのにコレだもんなぁ。犠牲になった人間が悲しむよアレは、同情しちゃうよね』




 明らかに動揺を見せた南条さんの銃を、白髪は一瞬で叩き落とす。

 そんな銃なんてもうどうでもいいと思っているような、無表情の姿のまま、南条さんはリチュエルさんを指差した。


「……何故!? ……なんで!? なんでその事を知っているの!?」

『へっへっへ。知ってるも何も、アレをやったのは私だからな。同じさ、今回と同じようにやったのさ。 どうせ薄々気づいていたんだろう? そして知りたくなかったんだろう? 君の命が多くの屍の上で成り立っている真実を。そして君が誰よりもブタの死骸のような臭いを漂させてるって現実をさ』


 南条さんは全身を大きく震わせ、頭を両手で抱えながらしゃがみ込んだ。

 ……一体何を言っているのだろうか? 何が起こっているのだろうか?

 その疑問を払拭するように、リチュエルさんは言った。


『あぁ! ごめん、ごめんよカゲト。君に何でも答えると言ったからには今の言葉を説明しないといけないんだよね。なぁに、簡単さ。すぐ説明できる。簡潔に説明できる。たった一言で、君は全てを理解するだろうさ』


 楽しそうに、そして笑いながら、今まで見たことが無いほどに、彼女は喜びと一緒にその言葉を伝えた。







『あの女が死んだのも、生き返ったのも、9年前の12月4日なんだよ。  ……あれ!? そう言えば君の家族が死んでしまったのも同じ日だったよね! これは偶然かな? それとも必然かなぁ? 』







 ……成程。成程。成程。

 ようやく見えて来た。

 ようやく、この意味の分からない戦争に巻き込まれた意味が、意図が、おぼろげながら見えて来た。

 この奥底から這い上がって来る感情、普段なら霧がかっている感情が、真正面から見る事ができなかった感情が、今この時、ようやく見る事ができる。


 嬉しい。そう、嬉しいだ。僕は今、歓喜に震えている。

 ようやく見つけた。

 ようやく、僕の生きる目的を見つけた。


 誰かを怨む事もできず。

 誰かに復讐する事も許されず。


 ただ1人生き残り、生きて、ただ生きて、生かされてきた。

 この人生に、ようやく意味を見出せる時が来たのかもしれない。






 ――ねぇリチュエル。その日の主催者とやらは、今回と同じ人なのかな?



 ――その通りだ、カゲト。ようやく君は、復讐する相手を、殺すべき相手を見つける事ができたんだ。






 この世界には、救いがある。

 僕はこの日、初めて神を信用した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ