8日目 物語の続き
……捕まっていない? 僕が? あの状況で?
『どうして捕まえられたのに、捕まえられていない事になっているんだ? って表情をしているね。 どうしてそう思うんだい?』
「……いやだって、そうですよね? アレで捕まえた事にならなければ僕は一体どんな酷い目に遭えば捕まった事になるんですか?」
記憶が正しければ、僕は水曜日の段階で捕まった。
両手足と首を変な器械で管理され、最低限の食事も与えられず、分厚い鉄でできた監獄に閉じ込められた。
そして佐川先生を殺された。僕の知り得る最悪の状態で、先生は殺された。
『カゲトを捕まえたのは第三者だ。確かに主催者の関係者であり雇用者なのかもしれないが、私には関係ない。つまり君は移動を制限されていただけで、捕まえた事にはなって無い。だってそうだろう? そうしないと仮に運悪く事件に巻き込まれて知らない奴に捕まってしまったらそこでゲーム終了になってしまうじゃないか」
「それはおかしい、おかしいよ! だって僕はリチュエルさんの事を喋ったよ! 見た目も喋った! 全部喋ってしまった! この儀式めいたモノのルールだとか、不老不死になるだとか、それらも全て説明したよ! だから奴等は全部知っている! そうだろう? 僕が本当にリチュエルさんが見えてしまっている事なんて、奴等は知っているはずなんだよ!」
監視カメラ、武装兵士、得体のしれない防護服の男達。
それぞれが僕の事を監視し続けていた。
だから僕は全てを観念して諦めた。
死を受け入れた。ここで死ぬのが、僕の人生だと、そう思ったから。
『へっへっへ! ハーハッハッハ! いやいや、ごめんね、ちょっと面白すぎてね。いやね、カゲトの事は同情もするし、悪いとも思ってるよ。あ、おかわり貰える? ごめんね、こんな状況でおかわりなんておかしいと思うかもしれないけど、私だって飲まないとやってられない時期があるんだ。それが今って事さ』
「……最近、この世界で僕だけが異常なんじゃないかって思えて仕方ないです」
『へっへっへ! 分かった分かった! まずは率直に説明するよ。実はね、君達4人の選定者の他に、悪魔が見える人間が1人混じっていたのさ。主催者は最後の最後まで4人とその1人を迷っていたんだけど、結局は君を選ばなかったという事さ』
「……ますます意味が分かりません。悪魔…… いや、天使は4人にしか見えないんじゃないんですか? じゃないと成立しないじゃないですか。というか最後まで迷ったって事はその人もルールを知っていたんじゃないんですか?」
お茶のおかわりを用意している最中も、リチュエルさんの笑いは高笑いは止まらない。
……この世界は分からない事だらけだ。
悪魔は居るし、体能力の高すぎる女子高生は居るし、凄まじい戦闘能力を持ったおじさんはいるし、病院の地下に巨大な監獄がある。
1週間前の僕に伝えれば「成程、面白いね。その話に興味がある人を知っているんだけど、一緒に行ってみないかい? 佐川先生って言うんだけど」と返ってくるに違いない。
……こんな馴れ馴れしい言葉をチョイスするとは思えないけど。
『お茶を作ってくれている間に正解を教えてあげよう! 4人の共通点は「私を認識している」だけだと伝えたけど、まさしくコレなんだよ! 無関係の1人が捕まってしまったのは、私に似ている誰かさんを見てしまったからなのさ! ついでに言えばその悪魔は友人で、オチャメな子なのさ。だからルールとか条件とかを同じように全部説明しちゃったのさ。無関係なのにね! へっへっへ! これは私は悪くないよね。だって私は何もしてないもん。勝手にアイツがやった事だし勝手に勘違いした事なのさ』
「……そんな事をしちゃったら、ゲームとして成り立たないじゃないですか」
『いーや! 成り立つね! 成り立ったね! 現に君ともう1人は最後まで残ったし、これはもう50%の確率の大勝負だった訳だよ。勝負を分けたのは初日の行動って所かな! はい! おかわり! もう3杯くらい同時に作っちゃっていいよ! 効率を求めていこう! ね?』
作り終えた瞬間に、リチュエルさんは僕の右手からお茶を奪い、そのまま喉奥に流し込んだ。
そこまでするなら自分で創ればいいのにとは思うけど、何か事情があるのだろう。
どんな事情なんて聞きたくも無いし、知りたくも無い。少し興味はあるけれど、知ってしまったら最後、そこから帰って来れそうにない。
『そこにいる女の名前って何だっけか。確かナンチョーさん? 難聴さん? 耳が悪い女なの? ……まぁ、どうでもいいや、とにかくそこの女が初日に君と接触したのがポイントだったね。アレが無ければ君は間違いなく私と会話を交わしていただろうし』
「……あぁ、確かにそうですね。後から考えたら、なんで初日に来たんだろうって思いました。あれだけの巨大な権力を持つ組織だったらやっぱり盗聴器とかしかけていると思いますし、初日に遭って無ければ絶対に話しかけてましたね」
『だろう? そうだろう? 最後の最後で判断材料になったのはソコだね。いつも通りに学校に行ってたというのもポイント高いけど、怪しい点が少ないって所は大きなプラスになるよ。はい、おかわり。5杯くらい作っていいよ。今コップ直したから今度からそれに入れてよ。このコップ壊したのもあの難聴さんのせいだろ? 耳だけじゃなくて頭まで悪いのかよ。救いようのない女だな。カゲトもそう思うだろう?』
ノーコメント。
その問いかけに関しては、僕は答える事ができないし、この会話を聞いているであろう南条さんの顔を確認する心の余裕と度胸を僕は持ち合わせていない。
代わりとして白髪の方へと視線を向けると、顔に血の気が無ないにも関わらず物凄い汗をかきながら、瞬き1つせずにこちらにナイフを構え続けていた。
「リチュエルさん、そろそろ許してあげないと…… と言うべきか、開放するというべきなのか。……その、なんというか、そうしてあげないとあの2人はとても辛い状況だと思うんですけど」
『あぁ、そうだね。君は優しいね。仏のようだね。分かった分かった。許すよ。動く事を許可するよ。私はこれからこのビューティフルな日本茶を味わって飲む事にするから、あとは男の方に説明を任せる事にするよ。アレならだいぶ理解しているだろうしね』
調理台に座りながら、リチュエルさんは嬉しそうにそう言った。
瞬間、部屋の両角に張り付いていた2人は大きい吐息と共に、汗だくになりながら膝を曲げる。
「だ、大丈夫ですか? お茶でも用意しましょうか?」
「……が、学生君。もうちょっと早く提案してほしかった。だめだこれは。次元が違う。俺じゃあ絶対に敵わねえ」
「……アンタのねぇ、そういう鈍い所が羨ましいと思った事は生まれて初めてよ。な、なんなのよ、これ。無理よ。一体、なんなのよ」
倒れる体を両肘で拒む様に、2人はなんとか耐えているようだった。
どんな酷い目にあっていたのかは分からない。
それが殺し合いの場で感じるような殺意的というか、威圧的な物だとしたら、僕には効かない。
正確には効きにくい。何故ならどんなに巨大な殺意であろうと、僕は感じ取れないまま速攻で死ぬ存在なのだから。
「学生君。と、とりあえずだな。テレビを付けろ。まずはそれで君の知りたい事はだいたい分かる」
――その言葉の意味はだいたい察しはついた。
つまり、人が大勢死んだという事だ。
リチュエルさんは初日にこう言った。4人が逃げ切れば全人類が死ぬ。3人なら半分が死ぬ。2人なら3つの国が消えて無くなる。そして1人の時は、数千人が死ぬ。
これがもし本当であれば…… いや、本当に違いない。
僕が生き延びたせいで、大勢の人が死んだのだろう。
佐川先生だけではなく、僕は大勢を殺した事になるのだろう。
僕は白髪さんが力を振り絞って出した言葉の通りに、僕はテレビのリモコンを右手に装備し、電源ボタンを押した。
「続報です。ベルギー全域で起きた連続爆破事件ですが、未だ原因は分かっておりません。死傷者も確認できておりません。また、この事件による犯行声明等は確認できておりません。先ほど、日本政府は非常事態宣言を発令し、ベルギー及びヨーロッパ各国への渡航を制限すると発表しました」
画面には燃えさかる建物と悲鳴を上げながら逃げ惑う人々が映し出されている。
どのチャンネルも同じ内容。恐らくは全世界がこのニュースを大々的に放映しているだろう。
まるで9年前の全世界同時多発テロ事件の再来のように、日本ですら非常事態宣言を出しているのだから。
「つまりは学生君が捕まらなかった結果、コレが起きた訳だ。……そんな目で見ないでくれ。別に責めようって訳じゃない。俺にはその資格はないと自覚しているし、問題はソコじゃなからだ」
「……いや、コレってかなり大問題だと思うんですけど」
「些細な問題だ。今流れている映像が一千万人のベルギーだけで収まっている間は些細な問題なんだよ。ベルギー人には悪いが、これがコテコテの軍事国家じゃなかった事は本当にツイていた。 ……いやまさか、俺だって少しは情報として聞かされていたが、今さっきまで冗談だと思っていた。 ……悪魔が居たとなれば、もはや一国が滅びたと聞かれたら信じるしかないんだが」
視線はリチュエルさんを見据えたままで、白髪は深呼吸をしながらそう口にした。
軽い言葉でサラっと「一千万人が死んでしまったけど結果的には本当に運が良かった」と喋ったように聞こえるけど、冗談では無く、心の底から喋っている事は僅かながら感じ取れてしまった。
「お嬢もよく聞いておけよ。この戦争はまだ終わっていない。続いているんだ。学生君が捕まらなかったおかげで、続いてしまっているんだ」
「髭、意味がわからないわよ。なんなのさっきから。話が見えなさすぎなのよ。まるでコイツと誰かさんの火遊びでこうなったとしか聞こえないんだけど、そんな事はありえないでしょう!? 絵本の中の物語じゃないのよ?」
「お前がどう思うかは関係ねぇ。腹をくくって目の前の現実を見て認識しろ。ただの学生があの組織に連れ去られたのも、テレビで不愉快極まりない映像も、茶を飲みながら桁違いの殺意を向けられたのも、全部現実だ」
僕は被害者の立場であったはずなのに、いつのまにか加害者扱いを受けている事に大きな違和感を感じざるを得なかった。
僕はただ普通に生活をしていて、普通に学校に行っているだけの学生君だったはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
などと深く思案してしまう前に、僕は気になる事を白髪さんに聞いた。
「……続いているってどういう事ですか? もう終わったんじゃないんですか? 捕まらなかったのであれば僕の勝ちじゃないんですか?」
「そこから先は、お茶を嗜んでいる美しい方に聞いたほうがいいだろう。俺の持っている情報は、正確じゃない可能性が高い」
いつの間にか5杯のお茶を飲み干していたリチュエルさんに、視線を戻す。
紅い一つ目と口元をニヤニヤさせながら、彼女はご機嫌そうに宙を舞っていた。
『いいよ。ここから先は私が説明してあげよう。なぁに、すぐ終わるさ。この世界は君が思っている以上に、単純明快に積み上げられているんだからね』




