8日目 親切な誘拐
「何故本気を出さなかったの? 私を舐めているのかしら?」
「学生君がいなければそこそこ本気を出していたさ。俺達の目的はお互い消耗する事じゃない。お互い協力する事だ。そうだろう?」
「はぁ? なんでアンタなんかに協力しなきゃなんないのよ? ちょっと死になさいよ」
粉塵の中から現れた2人は攻撃の手を止めても口は止めていなかった。
再び両脇から抱きかかえられて、僕は病院の外へと連行される。
何が起きているのか。何がどうなっているのか。
何故白髪は僕を助けたのか。何故南条さんはここに来たのか。
まったくもって分からない。
体内のアドレナリンが消えかけている今、両脇にいる兵士がめちゃくちゃ怖く見えてしまって何も聞けない。
当然ながら白髪には聞けない。南条さんにも聞けない。正確にはあの2人からは何も聞きたくはない。
無い、無い、無い無い尽くし。そもそも何の意見も聞かれないまま連行されていく僕には自由も無ければ発言権も無い。
どこか優しく接してくれる人がいればその人に聞きたいけど、佐川先生は死んでしまったし僕の周りにはもう話の通じ無さそうな戦闘集団しか残っていない。
無残な姿になったロビーから一歩足を踏み出すと、目の前には黒塗りの高級車が数台止まっていた。
理由は分からないけど、間違いなく僕を待っていたのだろう。まさかこの車で轢く為にわざわざここに連れて来た訳では無いのだから。
できれば、要望が叶うのであればあの2人からできるだけ遠ざけてほしいと思った。
だけども、僕の人生はまだ谷の底から這い上がってはこれないらしい。
一番最初に白髪、次に僕、最後に南条さんが車に乗り込んだ。
つまり、僕の右側には白髪で白髭で黒いスーツに赤いネクタイを身に着けた戦闘狂、左にはそんな戦闘員と肩を並べて暴れる事が可能な性格の悪い生徒会長がいる事になる。
事情の知らない動物が見ても一目散に逃げだしそうなこの状況下で、僕はただ黙って嵐を過ごすのを祈る事しかできなかった。
「なぁお嬢さん。学生君の事はどこまで知ってるんだ? 俺は7割くらいは知っているつもりだが」
「そうなの? 私はコレを世界中の権力者達が注目している事しかしらないんだけど。 ……一体何なの? この小汚いポケットの中に核兵器でも隠し持ってる訳?」
「核であればまだ可愛げがあったんだがな。まぁ話の続きは学生君のマンションに着いたら話してやろう。そこで全ての裏がとれるしな」
「はぁ? なんなの? コイツの部屋なんてここに来る前に全て調べさせたわよ。無かったわよ、面白い物なんてこれっぽっちも。ムカつくから食器を片っ端からぶっ壊してやったわ」
食器を壊した!? なんて事を言い出すんだこの女は。
しかも本人を目の前にしてよく言えるな。本当に逞し過ぎて逆に畏敬の念を抱いてしまう。
そんな事を思いながら彼女の方を見ると「何よ? 何か文句でもあるのかしら? あの時と同じように痛めつけられたいのかしら?」なんて目で僕を睨み返してくる。
助けを求めるように白髪の方を見ると「クックック」と笑いながら僕らの様子を眺めていた。完全に玩具を見るような目で見ていた。
分かってはいたけれど、この場に僕の味方は居ない。1人も居ない。これだけ大勢の人がいても尚、1人も居ない。
最初から分かっていた。この世界には僕の味方は既に存在しないという事は分かり切っていた。
だけども、決して敵う事が出来ない強敵が両隣に、しかも車の後部座席だなんてこれっぽっちも想定できないしできる訳が無い。
もはやどう逃げ出すのではなくて、どう被害を抑える事しか考える事ができない。
……考えた所で、この2人のご機嫌次第だと結論が付きそうな所で、僕はすぐに考えるのを辞めなければいけない訳だけど。
何はともあれ、僕は自分の家に連れていかれる。
結果だけを見ればこれで十分すぎるだろう。
二度と帰る事が無いと思っていた我が家に、待望の我が家に、僕は帰宅する事ができるのだから。
久々に帰れる自宅。
僕が唯一安心できる、心休まる空間。
食器が全て割られても、ひょっとしたらまだいるかもしれない悪魔を考慮しても、僕はそれでもいますぐ家に帰りたい。
女神様、中途半端なご慈悲に感謝します。
「おいお嬢さん。一応女なんだからもう少し配慮を覚えたらどうだ? 股を開いて場所を取るなんて今時ヤクザだってやらねぇよ。学生君が窮屈そうにしてるだろ。そしてその余波が俺にも来てる」
「アンタにお嬢さんって言われたくないし、名前も呼ばれたくないわよ。あぁ、本当にイライラするわ。今年で一番ね、このイラつきは。とりあえずどちらか死んでくれないかしら? できれば今すぐに広くしてもらいたいんだけど」
「気持ちは分かる。訳が分からないもんなぁ今のお姫様は。お高く留まっているにも関わらずなんの情報も得ることができない無能と気づいちゃった訳だからなぁ。だが我慢するんだな。俺等に挟まれてる学生君がこの中で一番訳が分からないんだからな」
「なんでコイツと一緒の括りにされなきゃいけないのよ。合わせないよ、私に。というか次にお姫様って呼んだら殴るわよ。アンタじゃなくて、コイツを殴るわ。と言うか無能って言ったわね? 今すぐこの車を止めなさい。でなければコイツを面白い形になるまで殴り続けるわ」
「……なんで僕を殴るんですか。本当にやめてください」
暴力を利用して拉致した暴力男が、すぐに暴力を振るう暴力女に油をかけて炎上させる世界がどこにあるのだろうか。
これはきっと夢だ。違いない。夢じゃなければ女神様、なんとかしてください。
「おい、学生君が怯えてるじゃないか。そのとりあえず暴力で解決しようとする癖をどうにかしないと一生結婚できないぞ。俺なら絶対にしないけどな。全裸で金塊積まれながら土下座されてもお断りだ」
「アンタのケツに鉛玉をぶち込みたくなったわ。見て、ちょうどここに銃があるの。この偶然は神の御導きだと思わない? ……はぁ。どうでもいいわ。どうでも。まだ到着しないの? いつ到着するの?」
「誰も走ってない道路を速度超過しながらすっ飛ばしてんだ。あと数分で着く。いつもと少し違うロマンチックな夜景でも眺めてはいかがですか? お姫様」
拘束具が無いのにも関わらず両隣に視線をずらす事ができなかった僕は、外の景色を見る余裕が無かった。
言われてみれば、確かに大都会の東京にも関わらずこの車は一度も止まっていない。
信号も、渋滞も、何もかもが無い。まるでサーキットを走っているかのように、超高速で周りの景色が移り変わっていく。
僕が監禁されている間に一体何が起こっていたのか。
異変があったのは僕だけではなく、別の場所でも起こっていたのだろうか?
自分の事で精一杯なのに、周りも気にしなければならない状況になっているならば、それはもう酷というものだ。
気にしたくはない。だけども話を聞いているとこの状況は僕に少なからず関係性がありそうだ。
……はぁ。
なんとも、なんとも例えがたい心境だ。
色々あり過ぎて、僕の頭はパンク寸前に陥っている。
大きなため息をつくくらいに落ち着いた頃、僕の視界に現れたのは見慣れた高層マンションの1階玄関だった。




