8日目 戦闘民族vs戦闘民族
監禁されて両足を失う事と、拉致監禁した男にどこか別の場所に連行される事を比較すれば、世間はどちらを選ぶだろうか。
どちらかを選ばないといけないといけないならば、僕は万が一の可能性がありそうな後者を選ぶ訳だが、結果を見ればたいして差が無いようにも思える。
拷問兼手術室から連行された僕を待っていたのは、先程まで嫌になる程聞いた銃声と悲鳴だった。
この音がどちらの側のものなのかは分からないが、仕掛けた側の主犯とも言える白髪の表情を見るに、奇しくもこの場では白の勢力が優勢のようだった。
観葉植物すら置いてない無機質な通路を突く進む。
……突き進む? まぁ、正確に表現すると強制的に担ぎ上げられている状態での連行ではあるけれど、今までの生活を振り返れば突き進むと表現しても過剰ではないと思う。
二度と拝む事のできない外の世界への期待、そして空気に血なまぐさい臭いに妙な感動を覚えた僕は、もう頭が回らなくなっていた。
天井の監視カメラが全て壊されている道をしばらく進んでいると、突き当りにエレベーターが現れた。
その前に立っている黒い戦闘服を身に纏った男が、何やら僕には通じないジェスチャーを送って来る。
「しんどいなぁ。ったく、この歳になると足腰にきちまうんだが……」
白髪の男がそう言った瞬間、エレベーターに向けて蹴りを放つ。
助走無しで放たれたその攻撃は、大きな破壊音と共に、鉄製の自動扉を一撃で吹き飛ばした。
……何を言っているのか、何を見ているのか、何を思ってしまっているのかは分からない。
僕は語学力には自信がない。だから、白髪がやった事は分からないし、理解できていない。
ただ、蹴っただけで、重い扉が吹き飛んだ。
意味が分からない。僕は何を見ているんだろうか。靴底に戦闘用装置でも取り付けてあるのだろうか。
疑問が晴れぬまま、男は三日月を描きながらエレベーターの天井に蹴りをいれ、非常用口のような場所を周囲もろとも力任せにぶち壊した。
ロープごと破壊する気か!? 一切動かなくなるぞ!? と考えた素人の考えすら蹴り上げるように――
「ここには階段が無ぇ。俺がおぶってやっから、舌を噛まないよう食いしばれよ、学生君」
僕の返答を待たずに白髪は右腕だけで僕を抱えた。
これから何が始まるのかを考える前に、ガンッ! という発射音と共に僕はエレベーターだけが通る事を許されている空間へと連れ去られた。
一体何の音なのか、考えるつく前に目の前の正解が現れた。
蹴り。そう、ただの蹴り。とてつもない威力を持つ白髪の蹴り。三角飛びなんてかわいいものじゃない。垂直に、周囲の壁を破壊、変形させながら走り続ける。
その圧倒的な脚力だけで、僕を抱えたまま、暗くて見えない遥か上の階層まで昇っていく。
ようやく一筋の光が見えたと思いきや、その場所目がけて超高速で蹴りを放つ。
……超高速かは分からない。最初から超高速だったし、超高速で壁に近づいたように見えたのだから、これはもう超高速としか例えようがない。
「スリリングだったろ?」
息を切らさず、平然と言った言葉に、僕は何も答える事ができなかった。
想像以上にスリリングだったからじゃない。ようやく外にでられる感動で声が出なかった訳じゃない。
……登れた。そう、僕は確かに昇っていた。三半規管がいじくられていなければ、僕は確かに昇っていた。
なのに、何故だろう。
なんで、こんな場所に辿りついたんだろう。
「……病院!?」
病院。真夜中の病院。人の気配がしない無人の病院。
照明が付いていないからいつもと雰囲気が違うが、月明りでかろうじて分かる構造、そして何より臭いで僕は病院に違いないと推測した。
……それも、ただの病院じゃない。
僕が定期的に通っていた病院だ。徐々に暗闇に慣れた瞳に何度も見た事のある大きなロビーが見えてしまった。
つまり、僕は病院の地下に閉じ込められていた事になる。そもれも殺されてしまった佐川先生が働いている病院にだ。
理解が、できない。できる訳もなかった。
僕は何処かのビルに監禁されていると思った。地下かもしれないとは思っていた。
だけども、病院!? 国立病院だぞここは!? 私立なんかじゃない、国が決めた病院だぞ!?
多くの患者がいる病院だぞ!? 都会の中央に、堂々と建てられている病院だぞ!? 駅から片道数分で辿り着ける病院だぞ!?
なんで、なんで、どうして。
どうしてあんなモノが、病院の地下に作られているんだ!?
ゆっくりと僕を肩から降ろしながら、白髪は言った。
「学生君はまだ何も分かっちゃいねぇ。この世界の仕組みも、自分の置かれた状況もな」
「……僕の状況って、一体なんの事なんですか!?」
「あぁ、気になるなら教えてやろう。だが、その前に片づけなきゃならねぇ奴がいる」
――左手から見えない速度で白髪が何かを放たれた。
――風を切った何かは、暗闇の中で何かに弾かれた。
金属音と共に月明りの下に転がったのは、小型のナイフ。
つまり、白髪は常人では無しえない速度で武器を投げた。
そして、暗闇にいる何かはそれを弾いた事になる。
今の状況は僕には何も理解する事ができない。
ただ、暗闇に紛れている人物は相当に手強い人物だという事だけは分かる。
白髪と比べればどれくらい強いのかは分からない。
そもそも白髪の全力を僕は知らないから比べようもない。
はっきりと言えることは、僕と比べればどちらも間違いなく最上級に強い体能力を持つ戦闘民族という事だけだ。
「……初対面の相手にこんな粗末な物をプレゼントするだなんて、躾がなって無いわね。野蛮人かしら? 人の言葉が通じるならいいのだけれど」
コツ、コツ、コツ。
この場に相応しくない、上品な足音と共に。
コツ、コツ、コツ。
空から降りそそぐ僅かな光の下に、彼女は現れた。
「あら? 誰かと思えば影人クンじゃない。良かったわ、探す手間が省けてくれて」
――現れたのは風紀委員長兼、生徒会長、南条 香澄。
……夢でも見ているのか? それともこれは死後か? 死後の世界なのか?
この世界で一番ふさわしくない存在が、なんでこんな場所に、誰も居ない深夜の病院で、このタイミングで現れるんだ?
「おぉ学生君。なかなか強欲な女と知り合いだったんだな。だが付き合う相手は選んだほうが良い。アレは最上級に性格が悪い」
「性格? 小悪党にだけは言われたくないわね。で、今回は何? 誘拐で小銭稼ぎでもしようと考えているのかしら? ちょうどいいから今すぐココに入院して頭の中身を見て貰ったらどうなの?」
「小銭なんてもんじゃねぇ。コイツは七福神も度肝を抜かれる宝船だ。事情が分からん小娘はママと一緒にバタークッキーでも食べていたらどうだ?」
白髪が放った言葉と同時に、南条さんの黒い長髪が宙を浮き、両腕を大きく左右に伸ばしながら、こう言った。
――今の言葉、撤回しなければ殺すわよ、駄犬
――あぁ、そう言えばお前のママは死んでいたんだったな。ちょうどいい、たまにはあの世で顔を見せて来い
刹那、日差しを差し込ませるように設計された天窓が、何かから発せられた空気圧と共に砕け散った。
天井を見上げた隙を付かれ、先程まで悪口大会を開催していた2人の姿は見えなくなり、代わりに巨大な破壊音があちらこちらから聞こえ始めた。
……白髪はまだ分かる。雰囲気で強いのが分かるし、そして人間離れした体能力、特に脚力を持ち合わせていた。
問題は生徒会長の方だ。ただの女子高生が、どうしてこんなに強いのか?
動きが眼で追えない。暗闇の中で戦っているというのもあるけれど、どう考えても、どう差し引いても、動きが人間離れしすぎている。
あちこちで割られるガラス製品、吹き飛ばされる座席の数々。
時より聞こえる発砲音と爆発音が、まだこの戦いが続いている事を知らせてくれる。
この戦いの実況と解説が出来る人が仮にいるのであれば、それは同じくらいの戦闘力を持った狂人でしか成し得ないだろう。
そんなどこまで続くか分からないこの戦いに終止符を打ったのは、僕の後ろから付いてきていた黒い戦闘服の兵士だった。
「――隊長。制圧は完了しました」
その言葉が合図となり、病院のロビーには再び静寂が訪れた。




