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0日目 現実逃避

 今までの話を総合すると、行きつく回答はこれ1つしか存在しない。世界中の人に聞いても、人種問わず9割以上は「確実に多くの命を救えるのであれば行動する」と答えるだろう。

 日常に退屈し、刺激を求め、面白半分に参加してみるのも有りだとは思う人は一定数いそうではあるけれど、はたして悪魔を前にしてそんな(・・・・・・・・・・)事が言えるだろうか(・・・・・・・・・)

 否、できない。できるはずもない。死後の世界を信じない人間ですら、死んであの世に行けばきっととんでもない目に遭うと予測せざるを得ないし、大勢が死ぬ場面を見たいだけなのであれば他の3人に全て任せればいいだけの話だからだ。


 自分の手を汚すだけの理由は無い。

 だからこそ、僕の回答は100点満点の模範解答のはずだった。



「――おいおい。好きな事を聞いてくれとは言ったけどさ、いくらなんでもソレ(・・)はないだろう? いやさ、現実的な話だけを期待している訳じゃないし、仮定の話だって来るかもしれないとは思っていたよ。だとしたら言葉の一番前に「仮に」と付けるべきなんじゃないかな?」


 何処からか取り出した地獄の鎌で僕の首を撫でながら。

 そして、大きな単眼でぬるりと僕の顔を覗き込みながら、彼女はそう宣告した。


「だってさ、そうでもしないとソレが君の本心(・・)みたいに聞こえちゃうじゃない。

今君の前にいる非現実的な美女は君の事をある程度把握しているって事なんだよ」


 突き付けられた刃が、唾を飲み込む動作する許してはくれない。

 質問に対する返答を待たないまま、彼女は続ける。


「へっへっへ。だから君が誰かの死を願うってレベルじゃなくてさ、全人類の死を願っている人間だって事くらい、こっちも当然ながら知っていると伝えたい訳さ。分かって貰えた? 君が私に対して『いい人』という印象を与えたいのか、維持したいのかは私の知った事じゃないし別に興味もないけどさ、いくら『好きなだけ聞いたらいい』とは言ってもなんの特にもなりゃしない話を聞くこっちの心情もある程度察してほしいって事なのさ」


 銀色の長髪がまるで意思を持っているかのように、僕の頭を優しくなでるように動いた。


「君が事故で家族を失った事も、孤独になった君を親族はタライ回しにちゃった事も、最終的に孤児を支援する団体に世話になって一人暮らしをしている事も、君は友達どころか知り合いすら居ない独りぼっちな存在で『こんな世界なんてはやく滅びればいいのに!』なんて思っちゃってる哀れな高校生って事くらいは把握しているんだよ」


 すらすらと僕の顔に履歴書でも書いてあるかのように、彼女は言った。


「へっへっへ。まぁいいよ。自分に嘘ついて生きていくってのもアリさ。君がそうしたいなら私は止めないさ、それが君の人生、生き様なのだからね。だからまぁ、今後の事をよく考えてから好きなだけ質問してよ(・・・・・・・・・・)



 好きなだけ質問してもいいと言い張る彼女に、好き放題言われ続けている僕はこの不可解な出来事を一旦落ち着かせるために――

 


――僕は堂々と、彼女に向かって思いっきり言葉をぶん投げた。



「……いや、いやいやいや。なんか真実っぽい感じで言ってますけど、僕は世界の崩壊なんて望んでいませんよ」

「そうかい?」

「確かに事故で家族を失ってますけど、あれは誰にも止められなかったんですから仕方のない事なんですよ。他に死んでしまった人も大勢いた訳ですし、生き残った人も後遺症で苦しんでいる人とかいっぱい居るんですよ? そんな人達と比べてしまえば家で留守番してただけで何一つ怪我をしていない僕なんかよっぽど恵まれてますから、世界の崩壊がどうのこうのだなんて思ってしまう事自体がおこがましいですよ」


 大きくため息をつきながらお茶のお代わりを彼女に差しだすと、大きな瞳をジト目にしながら「それは本当かい?」と聞いてきたので、僕は大きく頷き返した。


「確かに僕の過去だけを見れば『世界なんて滅んでしまえ』とか思っている人だと勘違いするかもしれませんね。ですが御覧の通り、僕は五体満足で健康ですし、孤児のために作られた財団の方々がこんなに立派なマンションを用意してくれてますし。言い過ぎかもしれませんが同年代より快適な生活を送れてますよ」

「へっへっへ。まぁ確かに今の君ならそう思っているのかもしれないね。いやごめんごめん、今の私の言葉は聞かなかった事にしといてくれよ」


 物騒な鎌をしまい、熱々のお茶をスポーツドリンクのように飲み干しながら彼女は肩を上げながらクスクスと笑った。

 どうやら本気で僕が世界の滅亡を望んでいると確信していたように見えたが、先ほど言ってしまった通りこれが僕の本心だ。

 ……だけども、確かに本心ではあるけれど悪魔の手前でこんな綺麗ごとを話してしまっても良かったのだろうか。嘘でも「常日頃、滅びろと思ってます!」と気合を入れて言ったほうが身の為なんじゃないかと少し後悔しながら、僕は話題を変えるように質問を続けた。


「……仮に僕が滅べと思っていて逃げ続けたらの話なんですけど、相手は何人くらいで探しに来るんですか?」

「君を探す人間の数を指しているのであれば、無制限とだけ答えておこうかな。例えば君が金持ちであれば誰かを雇って探しに行かせる事もできるだろう? こればっかりは主催者の権力、そして気分次第なんだよ」


 不老不死なんて願っているような立場の人なのだから、きっと大金持ちに違いない。つまりめちゃくちゃ多くの傭兵が世界中から僕を探しに来る可能性もある訳だ。

 僕にとって不利な条件でしかないな、なんて事が表情に出ていたのか、彼女は悪魔のように追加攻撃を開始した。


「そうそう、言い忘れてたけど君が見つかった事になる条件は『主催者が「君がターゲ(・・・・・・・・・・)ット」だと宣言する(・・・・・・・・・)』ただこれだけだよ。君に触れるなんて原始的な方法は必要ない。君と言う存在がこの世界に存在していると認識した状態であるならば、世界中どこに隠れようといつだって君を見つけた事になるのさ」

「……それってずるくないですか?」

「だって仕方ないだろう? 人数を限ってしまえば世界のどこかにいるたった4人なんて直接捕まえられる訳がない。無理だ、無理に決まっている。そうだろ? 物理的にそれは不可能に近い事だよ」

「だったら世界中の名前を片っ端から読み上げれば終わるんじゃないんですか?」

「この星に存在する70億以上の人間を宣言して回るのかい? それは精神的にも不可能に近いんじゃないかな? 君はそんな事を1週間やり続けられるかい? 食事と睡眠を省いたって60万秒しかないんだよ? 1秒に1人読み上げたって間に合わないんだよ?」

「……確かに無理かもしれませんけど」


 目の前の悪魔ならやり遂げられそうだな、不老不死なんて物を求める為に世界を生贄に捧げるイカれた人であればなんとかなりそうだな、という言葉を大人の対応で飲み込んだ。


「そうだろう? そんな酷い事を強いる無法者に私が見えるかい? どうみても天使だろう? 見た目はアレだが天使の心を持っているんだよ。だから私はお互いの為に1つルールを設定したんだよ」

「ルール?」

「宣言するだけでOKだけど、お手付きは一発アウト! って事にしたんだ。君達はある法則に基づいて選ばれた1000人の中の4人だ。慎重に頭を使えば分かるようになっているのさ」

「……ある法則って?」

「『対象はある法則に基づいて選ばれたがこれは極秘事項の企業秘密だから今は言えないんだ』 コレ言うの二度目だよ。仏の顔も三度までって言葉があるらしいから美女は二度目までって事にしとこうよ。 ……まぁ、君と私との仲だ。お茶をご馳走してくれた恩もあるし、主催者と君は決して無関係ではないって事くらいは伝えても問題ないかな」


 彼女の中ではどんな仲になっているのか理解はできないけど、出会って数分でプレゼントされたこの情報は割と重要な部類の物だと僕は思った。

 ……ただ、不老不死を求めていたり、世界を崩壊に導くきっかけを与えてもへっちゃらな人なんて僕は心当たりの欠片すら見当たらない訳ではあるけれど。


「1000人もいてどうやって4人まで絞り込むんですか? 完全にランダムなら見つけるのが難し過ぎませんか?」

「4人には他の996人とは明らかに違う特異点があるんだよ。なんだと思う?」

「……分からないです」

「甘い物が好きで、パンを食べた事があって、お尻にホクロが5つ付いている人が選ばれるのさ」

「お尻にホクロ!? ……僕のお尻に5つもあったなんて知りませんでした」

「いや、冗談だよ。ジョークだよ。見た目に違いはないんだよ」


 自分のお尻なんて真面目に眺めた事なんてないけどれど、もしこれは冗談じゃなければ僕のお尻を不特定多数の変態が確認しにくる悪夢のような事態になるかもしれない。

 「尻を見せろ!」なんて筋肉ムキムキのマッチョマンに怒鳴られたら、僕は泣きながら黙ってお尻の純潔を捧げてしまう自信がある。


「『私と言う存在を認識し(・・・・・・・・・・)ている(・・・)』 違いはシンプルにただこの1点だけだよ。他の人間に私は見えないし、私の声も聞こえない。だから君自身に関していえばただただ平凡な人間って事に変わりはないのさ」

「……それだけですか?」

「そう、たったそれだけ。君の見た目には何の変化も無い。君が私と会話をしている所を見られない限り、簡単にバレたりはしないだろうね」


 どこかに紋章が刻まれるとか、髪の色が変わるだとか、背中に羽が生えるだとか、そんなはた迷惑な事象が起きてしまうのであれば明日の学校で何を言われるのか不安でしょうがなかった。

 だけども目の前のおかしな存在が見えるだけなのであれば、僕の平和な学校生活にはギリギリ支障は出なさそうで安心した。


「君は来週の日曜22時までにいつも通りの生活を送る事ができれば、気づかれる事はないだろうね。 ……まぁ、普通の生活が送れたらの話だよ。そう期待しなくてもいい。そんな生活は送れない事くらいは私が保障してあげるよ」

「……色々説明して貰って何ですけど、僕は誰かが不老不死になろうが構わないので聞かれたら何かされる前に素直に答えますからね。いやですよ、体を調べられたり拷問とかされるのは。絶対に嫌ですからね」


 いざとなれば警察に自首しよう。頭がおかしいと思われようともそうしよう。なんて事を思いながら時計を見ると時刻は23時を回っていた。

 いつもなら既に寝ている時間、これ以上悪魔の戯言に付き合ってられないと判断し、心身ともに疲れ切った体を寝室へと移動させる事にした。


「へっへっへ。ほかに何か聞きたい事あるかい?」

「いや、寝ます。寝て起きて、万が一、万が一ですが、有り得ないとは思いますが、もし貴方がまだ見えてしまっていたらもう少し何かをお聞きすると思います」

「成程ね。現状を受け入れたくないからとりあえず寝てみる、なんて事は必要な工程だと思うよ。ただ個人的にはお互い自己紹介をしていないって事が気がかりだよ。確かに私は不確定でふわっふわな存在に見えるかもしれないけど、これでも一応君と同じ言葉を発しているつもりなんだよ。私達はこれから1週間仲良く一緒に過ごす訳なんだし、お互い「君」だとか「貴方」だとか、そんな他人行儀みたいな事はやめようじゃないか」


 運命的な出会いではあるけれど、たった1時間の付き合いであれば他人同然なのでは? と僕は思うが、そんな常識的な思考もなんだか今夜に限って言えば自信がない。

 一週間は勘弁、せめて今夜か明日あたりまでのお付き合いになっていただきたいと願いながら、僕は布団に入りつつ自己紹介をした。


「僕の名前は花村 影人 (ハナムラ カゲト)です。高校1年生です。よろしくお願いします……」

「私の名前はリチュエル。名前と言っても、勝手にそう呼ばれてるだけなんだけどね」




 ……疲れた。今日は休日で特に何もしていなかった訳だけど、久々にこうやって人と話してしまうとすぐヘトヘトになってしまう。

 いや、正確には人ではない存在ではあるのだけど、結果的に疲れたという事実に変わりはない。僕は誰かと会話する行為が本当に苦手でしょうがないんだ。

 大きくため息をつき、朝目が覚めたらこのお喋りな悪魔が消えて無くなるか、もしくは黙ってくれる事を祈りながら、僕は遅刻しないよう目覚ましをセットした。


「おやすみカゲト」

「……おやすみなさい」


 おやすみなさい、なんて言葉を使ったのは何年ぶりだろうか。

 そんな些細な悩み事と一緒に、僕は深い闇に意識を手放した。




 ――こんな感じで、僕と悪魔との共同生活、そして誰が相手なのか分からない

ゲームのようなかくれんぼが始まった。









 ――明日から始まる、世界の命運をかけた駆け引きが始まるとも知らずに。



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