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3日目 まな板の上の何か

 どれくらいの時間が経過したのかは分からない。

 つまり、どれほど遠くに運ばれたのかも分からない。

 当然ながら、どこに運ばれたのかなんて分からない。


 仮に友人と言う物が存在していたら、同じような状況で何処に連れていかれたのかを当てるゲームをやってみたい。

 悪の組織に、突然車に引き込まれて、目隠しをされて、殺すぞと言われて、大音量のヘッドホンを付けられて、誘拐される。

 なかなか面白そうではある。少なくとも、見ている側という限定ではとても楽しそうだ。

 まぁそんな事をやられたら最後、長い付き合いの幼馴染であったとしても、その絆はボロボロに引き千切られるだろうと僕は確信するのだけれど。




 そんな余裕ぶった妄想をするくらいには、今の僕は落ち着きを取り戻している。

 ヘッドホンを外され、手足の錠を外され、最後に目隠しを取ってもらった場所が、ココ。


 上下左右をビクともしない銀色の鉄で覆われた三畳くらいの広さ。

 そこには布団が無い。窓も無い。鏡も無い。蛇口もない。暖房もない。

 照明と仕切りのないトイレ、そして4台の監視カメラが堂々と、まるで当たり前のように配置されているだけの斬新なレイアウトの監禁部屋。


 更に言えば手足と首、合わせてご箇所に銀色のリングのような何かがガッチリとはめられている。きっと逃げれば爆発でもするのだろう。

 高校生相手に驕ることなく、一切の隙すら与えてくれないこの状況、僕はもう諦める以外に選択肢は与えられていない。


 刑務所だって、もっと人間味があるというか、人権に配慮した部屋だと僕は思う。

 つまりは刑務所以下の待遇を受けている訳だけど、その点に関して僕はまだ何も説明を受けていない。

 いや、説明をされても困る。仮にどんな説明を受けようが、ここに無理矢理ぶち込まれる合理的な理由なんてこの世界に存在しないと思うからだ。

 ひょっとすると、頭のいい学者が考えた合理的で利己的じゃない説明がこの世に存在しているのかもしれないけど、そんな屁理屈は聞きたくもない。

 ただの学生を、白昼堂々、無理矢理連れ去って監禁する行為の合理性を僕はどんな理由があろうと認めたくは無いんだから。




 ――ゴンゴンゴン。

 分厚い扉の向こうで、誰かが音を立てた。

 普段聞いたことも無い音だけど、どんな音であれこれはノックを意味しているのだと推測できる。

 これから入ってもいいですか? なんて尋ねてくる意味合いは含んでいない。「今から入るから、覚悟して置けよ」そんな命令じみた気配しか僕には感じ取ることができなかった。


 地獄の釜が開いたかのようなギギィーという鈍い音と共に、想像以上に分厚い扉が開かれる。

 そこに現れたのは、背丈の高い初老の男。

 オールバックの白髪。髭も白い事から、染めている訳ではなく地毛だと思われる。

 軍人のような屈強な体である所をみると、日本人ではないのかもしれない。

 そんな老兵のような人が黒いスーツ姿をしており、黒とは対称の赤いネクタイを身に着けている。


 そんな意味の分からない人間の第一印象を尋ねられれば、最悪だとしか例えようがない。

 そもそもこんな状況で現れた人の印象なんて、警察を除けば最悪以外の言葉が無い訳だが。


「こんばんは」

「……………………こ、こんばんは」


 低い声で、白髪の男は日本語でそう言った。

 突然の事に、僕は真っ白になった頭で挨拶を返した。


「体に痛みとかは無いか? 大丈夫か?」

「…………大丈夫です。たぶん、問題は無いです。ついさっき来たばかりで状況はあまり掴めてはいませんけど」


 ひょっとしたら、この人は僕を助けに来てくれた警察官、FBI、秘密組織的な何かなのかもしれない。

 そんな希望をぶち壊すように、男は組んでいた腕を崩しながら――。


「掴めないようにしたからな。当然だろう」


 俺が犯人だ、男は確かにそう言った。

 最悪の状況に、更に最悪と言う名の調味料が振りかけられたかのようなこの気分を僕はどうしたらいいのだろうか。

 自分の中の最悪記録が軽々しくバンバンと塗り替えられていく経験は二度と味わう事ができないだろうし、二度としたくはないと強く願いながら男に尋ねた。


「……僕に、何をするんですか?」

「俺はここに連れてくる分しか給料を貰って無いんでな。後の事は分からん」

「……じゃあなんで、ここに来たんですか?」

「最後に一目見ておこうと思ってな。なんというか、普通だな。拍子抜けだ。どこにでもいる学生君って感じだ」


 そんな普通の学生君を無理矢理連れてきて罪悪感という物は無いのか、良心は無いのか、なんて気の利いた言葉を投げかける勇気は、今の僕には無かった。


「じゃあな、学生君。運が良けりゃまた会える。今から神にでも祈っておくんだな」


 そう笑いながら吐き捨てると、白髪の男は足音を立てずに去っていった。

 そのまま見送っていると、開けられっぱなしの扉の向こうに何かが見えた。……いや、見えてしまった。

 普通、部屋の前には通路が有るはずだ。こんな小さな部屋であれば尚更で、風呂場やキッチン、リビング等は廊下を挟んだ場所にあるはずだ。


 だけども、僕の目の前に現れたのは、部屋。

 それも、ただの部屋じゃない。

 何度か見た事のある、幼い頃によく見た、見慣れたようで見慣れていない、長い時間過ごしたはずなのにほとんど記憶には無いあの場所。

 手術室。そう、手術室だ。正確には手術室のようなナニかが、そこに歪を含めて作られていた。


 暗い部屋。中心部だけが明るく照らされており、手術室のような何かの中央には何かがある。

 よく見れば手術台の代わりに銀色の椅子のような物が置かれていた。

 他は暗くてよく見えないが、物騒な空間に変わりはなさそうだ。



「――30秒以内ニ 椅子ニ 座リナサイ」



 部屋中に響く音声。その声は男でもなく、女でもなく、器械の声だった。

 同時に首輪からはカウントダウンを始めたような「ピッピッ」という信号音が発せられ始めた。

 どちらもこの場に相応しい音だと僕は思った。


 逃げる事もできず、抗う事もできない。

 残念ながら僕の手元には「素直に座る」以外の選択肢は残念ながら持ち合わせていない。


 平らな床を誤ってこけないように、未熟ながらもどこからか攻撃されても回避できるように、慎重に歩みを進めて、15秒かけて椅子に座った。

 瞬間、磁石に吸い付けられるように、手足と首が椅子に固定される。

 天井からぶら下がっている照明がメインゲストを扱うように僕を明るく照らす。


 視界外の背後から、まるでガス室の中を点検するような白い完全防護服を装着した2人組が現れた。

 顔はプラスチックのような板が反射しているのか、それともマジックミラーになっているのかは分からないけど、確認ができない。

 という事は姿はまったく同じに見える訳だ。背丈に若干の誤差はあるかもしれないけど、違いが分かったとしても何の意味の成さなそうだ。


「まな板の上の鯉でももっと暴れてくれそうだが。君は実に素直で、素晴らしい」

「……できる事はなにもなさそうなので」

「できる事はある。素直に、正確に、我々の質問に真実を答えてくれるだけでいい。そうすればお互い楽しい時間になるだろう」

「……そうですか」




 ……ここに連れてこられた時、僕はもう決めていた。

 日曜日の事。悪魔の事。不老不死の事。人が大勢死んでしまう事。

 それら全てを洗いざらい話してしまおうという事を。


 悪魔は捕まったら失格だと言っていた。

 つまり、僕はもう用済みなのだ。

 こんな簡単に、まだ水曜日、つまり3日目だというのに、週の半分ですらないというのに、こうやってまんまと捕まってしまっている。

 あの悪魔だったらヘラヘラと笑いながらこの状況を眺めていると思うし、そうに違いない。



「まず最初の質問だが、君は天使か、悪魔、それに類する存在が見えるかい?」

「……はい、見えます。日曜日に見えました」



 降参とも言える言葉で、僕は敗北を宣言した。

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