3日目 絶対に安全な場所からの
長いようで短い水曜日の授業が終了した。
少し問題はあったけど、それでも昨日一昨日の強制屋上連行事件に比べれば些細な問題だった。
今日の予定は帰りにスーパーで買い物、そのまま帰宅というシンプルで簡単なスケジュールとなっている。
買う物はカット野菜とひき肉だけ。お米と味噌はまだ余裕があるから買わなくていいと言う事実にこれ程喜びを覚えた事はないと思う。
……つまり、勝った。確実に勝った。完全に勝利したという事になる。
これほど極端に気分が悪くなったり、小さくガッツポーズをするような一日はは二度と無いだろう。
いや、二度とない事を願いたい。もう普通に、優しく平凡な学生生活だけを送らせていただきたい。
そんな不安定な妄想を浮かべながら、学校の正面口から堂々と退出。
遠くまで並ぶ送迎車を横目に、冷たいコンクリートの上を一歩、そしてまた一歩、確実に自宅に近づけさせる。
本当はスーパーになんか寄りたくない。このまま自宅に籠って温かいお茶でも飲みながら過ごしていたい。
だけども、買わなければご飯が食べられなくなる。それは困る。僕の体は普通の人より弱いのだから健康状態だけはちゃんとしなければならない。
ちゃんと食べて、ちゃんと寝て初めて僕は普通の人と肩を並べる健康状態になる。
今週末まで朝と夜のご飯を抜くという手段もあるにはあるけれど、そんな事をすれば監視している人に違和感を持たれてしまう。
監視されているかは明確じゃないけど、ここはもう監視されている前提で動いたほうが良い。
別に悪い事をしようって話じゃないんだ。犯罪を犯そうとしている訳じゃない。
逆に良い事をしようとしているのだから、ここは神様に日頃の行いを監視されているような気持ちで動いたって違和感も問題も無いだろう。
それに、金曜日は先生からの診断が待っている。
ご飯を抜いている事なんて、一目見ればすぐに見抜かれる。
だから結局、僕はいつも通りにご飯を食べるしか道は無いんだ。いつも通りって言葉は好きだ。いつも通りに生活って言葉も大好きで大好きで仕方がない。
ゆっくりと、ゆっくりと帰り道を歩く。
あちらこちらには警備員、警察官、そして監視カメラがまばらに配置されている。
今の僕の立場を考えると、建物の中より外のほうが安全なのかもしれない。
日々のお勤めに感謝しながら、また一歩、一歩と足を進める。
―― 『こいつだ』
僕の横を通り過ぎようとした車が、甲高い大きなブレーキ音を立てながら急停止をした。
誰にも聞こえないように小さく誰かが呟くと、黒いマスクを被った彼らは僕の体を掴み、車の中に引きずり込もうとしてくる。
「た…… 助けて! 助けてください! 誰か! 助けてください!」
僕は大きな声で叫んだ。
確かに、僕は人生で一番大きな声で、肺活量には自信はないけど、それでも大きな声で助けを求めた。
それでも、動かない。
警察官も、警備員も、こちらを眺めるだけで誰も動いていない。
他に人がいるかと期待すれば、いつのまにか僕の周りに通行人は誰もいなかった。
この時間帯にしては不自然に、誰一人としてこの道を通っては居なかった。
目隠しをされ、両手足を拘束され『騒ぐな、殺されたいか』そう耳元でつぶやかれた後、大音量のヘッドホンのようなモノが耳に装着される。
まるで、拉致。テレビや映画で誘拐犯がよく使うシチュエーション。
僕は誘拐されたのか? 僕は誘拐されているのか? 心当たりはある、真実であれば誘拐される理由がある。
……だけども、だったとしても、これはもう、本当に。
――回避のしようがない。
――抵抗のしようがない。
――対策の立てようがない。
僕あの日から、日曜日から、家に引きこもり続けるべきだったのだろうか。
硬いセキュリティで守られた、あのマンションに立てこもり続けるべきだったのだろうか。
それとも、どこか遠くに逃げるべきだったのだろうか。
監視カメラのない、どこかの山奥に潜んでいるべきだったのだろうか。
少なくとも。そう、少なくとも結果だけを見れば。
――悪手。いつも通りの生活で、堂々といつも通りの道を歩くだなんて、僕はどうかしていたのかもしれない。
気づくべきだった。感じ取るべきだった。
月曜日の異変に、火曜日の警告に。
何度も何度も、僕の為だけに知らせてくれたような神の啓示は沢山あった。
だからこの、視覚と聴力、そして行動力を奪われた状態で何処かに運ばれるハメになったのは、因果応報というか、自業自得だと思えてしまう。
反省する。今なら、全力で反省できる。感想文じゃなくて、反省文を書きたい気持ちでいっぱいになっている。
だから、僕を許してほしい。
何のために、誰を相手に許しを乞いているのかは分からない。
だけども、僕にはただ、祈る事しかできなかった。




