3日目 監獄授業
水曜日の朝。悪魔の存在を信じるならば、3日目の朝でもある。
目覚まし時計は正常に稼働し、いつも通りの朝6時に目が覚めた。
月曜日というイレギュラーを除けば、いつもどおりの平穏な起床時間。
体の節々が痛いという点を除けば、概ね満点を貰えるくらいの平和な朝の始まりだ。
冷蔵庫からカット野菜を、冷凍庫のひき肉を、味噌汁を、ご飯を。
パーフェクトな朝食と同時にビタミン剤を摂取する。
身だしなみを整え、教科書を鞄に入れていく。
スマホに表示された天気予報は雨、降水確率は70%。
折りたたみ傘は昨日入れたままだけれど、念のために入っているか確認する。OK、間違いなく入っている。
テレビを付け、ニュースを確認する。
くだらない政治の話題と混じるように、頻発するテロの状況が映し出されている。
『カナダのバンクーバーで起きた複数人による同時自爆テロ事件。死者が100人以上に増えたと現地から発表がありました』
悲しい事に、犠牲者は92人から更に増えてしまっていた。
昨日考えついた語呂「カナダはバンクーバーの92ですよ!」は残念ながら不採用という事になってしまう。
……そういえば今日の授業の中には現代社会がある。
小テストがあるのであれば、この事件の内容は当然のように出されると推測する。
毎日毎日多種多様なテロ事件が多くて覚えるだけで大変だ。
昨日も言ったかもしれないがどこぞのテロリスト集団の皆さまは、少しは限度と頻度という物をいい加減覚えて欲しい。
『最近、悲しい事件が多いですね……。ではここで約10年前の世界初の同時多発テロ、12.4事件を振り返ってみましょう』
――。
――――。
テレビの電源ケーブルを抜く。
ポチ。ポチ。ポチ。
念のため、電源ボタンを押して、本当に電気が流れていない事を確認する。
ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。ポチ。
電源が入らない事を確認する。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
気づけば時刻は7時。
靴を履き、鏡の前で最終チェックを行う。
忘れ物、ナシ。特別行事、ナシ。
火元の確認、問題ナシ。天気、傘の準備有り。身だしなみ、問題ナシ。体調、問題ナシ。
全て問題ナシ。浮かんでいる一つ目の悪魔が見える事だけを除けば、何もかもが問題ナシ。
ただ、何も喋らないから実害はナシ。いや、実害はあるけれど、ここはナシという事にする。
対応のしようがない。それが昨日、僕が導き出した結論なのだから。
外に足を踏み入れ、鍵を閉める。
そのままエレベーターに向かい、正常に稼働している事を確認する。
朝のホームルームは8時30分。現在時刻は7時。片道15分に対して1時間30分を割り当てたのだから、絶対に間に合うはずだ。
大地震が起きようとも、大津波が発生しても、空から飛行機が落ちて来ても、遅刻する事はないだろう。
更に安全マージンを上乗せするのであれば、この町で通学途中に犯罪に巻き込まれる事はほとんどない。
何故ならば、僕が今から行く場所は金持ち、権力者、実力者、そして超訳アリの人間しか存在する事を許されない学校、東京中央高等学校。
見渡せばそこらかしこに設置された監視カメラ。24時間体制で常に目を光らせる警備員と警察官。
そんな場所で異常な学校の制服を着た生徒に関わるなんて事は、地雷だと分かっている場所をわざわざ踏み抜くような愚かな自殺行為と同じだ。
ここは正義があらゆる犯罪者を排除する場所…… いや、正確に言えば「選ばれた人間」に刃向かう者は全て駆除する裁きの領域。
この周辺全てが学校の校庭であり、つまりは支配下なのだ。
最初はとんでもない学校に行かされてしまったなんて思っていたけど、異常な程に強固で強力な力が都合よく僕を守ってくれると思えばこれ以上頼りになる権力は存在しない。
このルールを作った人に、いまなら全力で頭を地面にこすりつけながら感謝できる。
そんな感謝の気持ちを持ちながら歩いていると、何の問題も無く、あっという間に学校に到着できた。
ガチガチに守られた大都会の中央、そこに創られた無機質な40階建ての超高層学校。
時刻は7時15分。
警備員以外の人がいない閑散とした校門に、僕はいつも通りに、何のトラブルを起こす事無く一歩足を踏み入れた。
――――――――――――
奇跡。奇跡だ。
水曜日のお昼を無事に終えた僕の第一声は、まるで目の前に神が現れたかのような言葉だった。
いつもの日常、いつものお昼時間。
いつものように何事もなく、何のトラブルもなく、粗相もなく、誰とも会話する事なく、誰とも視線を合わす事もなく。
――無事に、お昼時間の終わりを迎えることができた。
これらが、奇跡。先週までが当たり前の光景が、僕には光り輝く奇跡に見える。
平穏とはこんなにも素晴らしい物なのか。二度と手放したくはない。できれば僕の隣に居続けてほしい。共に人生を歩んでいきたい。
恋には無頓着であるという自覚はあるけれど、彼女となら一生付き添って生きていけるだろうと確信する。
昼に何も無いって事は、即ち南条さんは諦めたという事だ。諦めたのか、人違いなのか、既に役目は済んだのか、まぁそんな事は些細な違いでしかない。
重要なのは、僕にはもう関わっては来ないって事だ。少なくとも、今日と言う日は間違いない。帰り道に拉致するくらいだったら、昼の方が効率的だと思うからだ。
どう効率的なのかは深く考えない。考えても結論はでない。彼女の目的がハッキリしない今、何を推測しようと想像であり想定でしかないからだ。
だから、もう考えるのは止めよう。
災害ってのは無くす事ができない。それが自然に起きた物でも、人工的に起こされた物でも、だ。
巻き込まれたら残念、無事なら奇跡と考えるくらいが僕にはちょうどいいに違いない。
午後に待ち受けてくれる5時間目と6時間目の授業さえ終われば、僕は解放される。
こんなにも放課後を待ちわびた日は無い、そう言い切れるくらいには楽しみでしょうがない。
椅子に座り、机の上にタブレット端末を準備する。現代社会の授業はあまり好きじゃないけど、端末の中に入っている情報が日々更新されていくのを体験すると「お、なんだか現代っぽいな」と楽しくなってしまうから悪くない。
好きじゃないけど、悪くはない。僕はあまり物事に興味を持たないタイプではあるけど、こういう近未来的な器械や機能はなんとなくワクワクしてしまう。
そうこうしている内に、先生が入室してきた。
50歳くらいの先生でも、タッチパネル式の黒板…… いや、機械化している時点で黒板ではないんだけれど、そんなIT機器を50過ぎた先生が使いこなしているんだから、改めて考えるとこの学校の先生は優秀の中の優秀なんだな、と思えてしまう。
……なんて、普段想像をしない事をしてしまうくらい、今の僕はいつもと心境が違うし、安全だからと浮かれている。
だけども、実際安全なのだからしょうがない。安心だからこそ、心に余裕が生まれ、余計な事を考えてしまうものなんだ。
つまりはとてもいい事だし、いい傾向だと断言できる。
「えー、今日の授業はある映像を見て感想文を書いてもらう。提出期限は今週末、つまりは金曜日の17時まで受け付ける。1秒でも遅れれば受け付けることができないからな」
なんだなんだ、今日は本当にツイている。運が僕に味方をしてきてくれている。
どうやら本当に苦しみの波が抜けて極楽の時間が訪れているようだ。
そうこなくっちゃいけない。人生は飴と鞭がなければだめなんだ。最近は鞭が強すぎて痣になっているくらいだ。
甘い甘いキャンディのような、キャラメルのような、それ以上の物を与えてくれなければ釣り合わない。
その点、この学校はよく理解している。生徒をどのくらいまで厳しくすればいいのかをちゃんと理解しているのだから。
カーテンが自動的に閉められ、薄暗くなった教室で黒板の代わりに一番大きな意思表示を示す大型のタッチ式パネルが白く輝く。
さながら映画館のようなシチュエーションになった所で、僕を含めた全生徒が、これからどんな娯楽が放映されてしまうのかをワクワクしながら心待ちにした。
そんな僕達の眼に、まず最初に映ったテロップの文字は――
『世界同時多発テロ 12.4事件の真相』
……成程。
これは本当に予想できなかった。
本当に、本当に想定できなかった。
昨日の夜、そして今朝。
定期的で意図的に流される糞のような出来事が、何故、このタイミングで放送されるのか、不思議に思わなかった訳じゃない。
ただ、別に流されたとしても見なければ問題無いと思っていた。聞かなければ、見なければ意味がないと思っていた。
成程、成程。
確かに僕に超巨大級のエベレスト並な嫌がらせをかましてくるのであれば、この企画を発案した人間は頭はいいが相当に性格が悪いし、地獄に落ちるべきだし、なるべく苦しんで死んでほしいし、親族を巻き込んだテロにでも遭遇したらいいと心の底から願ってもいいし、というか本当に死んでほしい。
いつの間にか僕の背後に位置する現代社会の先生。
犯人はコイツか? ……いや、もうそういう次元じゃないんだろう。
分かり切っていた事だ。だけども、信じてはいけないと思っていたし、見えてはいけないとも思っていた。
だけども僕は見えてしまっているし、存在してしまっている以上、コレは見なければならないんだろう。
見るまで嫌がらせが続くのであれば、受け入れなければならないんだろう。
12月4日に起きた、世界同時多発テロ事件。
僕は約10年ぶりに、その事件の事について関係を持つ事になった。




