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2日目 偽りの真実

「本当に、本当に言いにくい事なんですけど……」

「影人クン、先生は何があっても君を受け入れる事ができるし、その準備もできているよ。どんな些細な事でも私に教えてほしい」


 コチラ側からは見えないけど、向こう側に表示されている数字は少なくとも平均以上の数値を出している事は間違いないだろう。

 だからこそ僕は正直に、今思っている事を素直に話す事にした。


「変かどうかはわかりませんが、実は昼に暴力を振るっていた南条さんと先生の目が少し、少しだけ似ているように見えたんです」

「うん」

「僕は疲れているのかもしれません。こんなにも良くして貰っているのに、なんでこんな風に思えてしまっているのか、自分にもよくわからないんです」

「なるほどね」

「ただ、南条さんは暴力をしたくてやっていた訳じゃないと思うんです。僕から何かを聞き出す為だと思うんです。たまにお父さんかお爺さんがこんな感じの試験を受けさせてくるから、なんて事も言っていましたし、僕はきっと人違いだと思うんです」

「うんうん」

「お金持ちの気持ちはあまり理解はできませんけど、わざわざ僕を虐めて何か得があるとは思えないんです。こうやって定期的に先生に診てもらっていますし、財団の方ともたまに会っています。現にこうやっていつかはバレてしまうんです」

「そうだね」

「もしこのまま南条さんの暴力が続けば、その時は先生にお願いをさせて貰いたいです。たぶん長くは続かないと思うんです。こんな弱みを握られるような事を続けるだなんて、メリットがどこにもありません。そして僕は本当に特別な事なんて何も教えては貰っていませんし、答える事なんて何も無いんです」


 ……嘘はついてない。一切ついてない。真実しか話していない。

 これが僕の本当に思っている事で、心の底からの言葉なのだから。

 だからこの器械も「この人は正直に言っています」と分かりやすく数字で返してくれているに違いない。


「……確かに、影人クンは少し疲れているのかもしれないね。新しい環境、特別な学校、そして勉強。生活が落ち着いたタイミングで今までの疲れがドサっと現れちゃったのかもね」

「来月は冬休みがありますので、そこで十分に休めるとは思います」

「影人クンはあまり運動をしないからさ、あまり自分の体力を過信するのはよくないよ。だから今週末、もう一度ここに来て貰う必要があるね」

「え、先生は出張があるんじゃないんですか?」

「そんなもの、キャンセルだよ。影人クンがこんな状態で、私が離れる事なんてできないじゃないか。 あ、気にしなくても大丈夫だよ。元々は手際の悪い上司が無計画に投げて来た案件だからね。私だって全然乗り気じゃなかったんだ」


 嬉しいやら悲しいやら、僕の感情は自分でもよく分からなくなってきている。

 出張が本当にあったものなのかなんてどうでもいい、本来居心地がいい場所ではあるけれど、僕はただ一刻でも早くこの場から立ち去りたいとしか考えられなかった。


「……先生、この器械はいつまで付けてればいいんですか?」

「あぁごめんごめん! 話に夢中で外すのを忘れてたよ! 数値は正常、大丈夫、特に問題はないよ! よかったね! 私も良かった! 最後にもう一度聞くけど、おかしな物は何も見えてないんだよね?」

「えぇ、見えてないですよ。そういうのは小学校で卒業しましたから」

「はははっ! 私の記憶では中学生くらいまでは入学したままだと思っていたけど、そうだね、そういう事にしておこうか」


 はっはっは、と笑いながら先生は複雑に絡まりそうなケーブルと機器を僕の腕から解放した。

 少しだけ跡になってはいるけど、銃で撃たれた軽い痣と比べれば大した事はない。

 右腕が自由に動く事がこんなにも嬉しい事だなんて、僕は今まで知らなかったし、今後は二度と味わいたくない感覚だった。


 時計を見ると、この部屋に来てからもう30分も経過している。

 時間の流れと言うのは早い。いや、ひょっとしたら遅いのかもしれない。

 少なくとも肝が冷えっぱなしだった時は遅く感じたし、開放されてみれば早いと感じるし、この感覚をどう表現したらいいのか分からないけど、少なくとも気持ちの整理がまったくついてない事だけは自覚できた。


「影人クン、今日は色々と怖がらせちゃって悪かったね。だけども理解してほしいんだ。自分の患者さんが全身傷だらけになって現れたら君ならどう思う? きっと同じように、心配すると思うんだよね」

「確かに、僕も先生の腕が痣だらけになってたら、すごく心配すると思います」

「だろぉ? まぁ私の場合は夫が良い人だからね。しかも草食系。なんだよ草食系って、まるで私は草なのかって感じだよね。たしかに眼鏡をかけていてヒョロっとしているけど、やる時はやる男なのさ。いいかい影人クン。女ってのは、ギャップに弱いんだ。いや男も弱いのかもしれないけど、例えば普段大人しい男の子が、女の子がピンチになった時に急に守っちゃうアレとか、すごく興奮するだろう? だからね、影人クンももし好きな女の子ができたとしたら、そのギャップを使わない手はないのさ。一撃必殺のイチコロさ。その為にも、少し運動は必要かもしれないね。いざと言う時に守れなければ意味は無いからね。いや、無いとは言えなくも、薄くはなるんだ。まぁ助けようとした行動自体が、既にギャップを生んでその女の子を射止めている可能性はあるんだけれどね。備えあればなんとやらって奴だよ」


 いつも通りのマシンガン雑談が発射された先生を見て、僕は心の底から安堵した。

 今まさに先生のギャップを見せられた所だけど、好きか嫌いかと問われれば嫌いだと答えてしまいそうだ。

 「二度とこんな空気は味わいたくない」なんて言葉を伝えたい所ではあったけれど、、今はもうそんな空気を微塵も感じなくなってくれた。


「じゃあ先生、僕はそろそろ帰りますね」

「あら、もうこんな時間か。この時期は陽が沈むのが早いからね、気を付けて帰るんだよ。 あ、金曜日はちゃんとここにくるんだよ! 時間は今日と同じでいいからね!」

「はい、ありがとうございます」


 ゆっくりと立ち、扉の前まで移動し、先生にお辞儀をしてから部屋を出る。

 最後の最後まで、先生は「ばいばいーい」と、手を振りながら見送ってくれた。



 静かな病棟を、コツン、コツンと音を立てながら歩く。

 普段通りなのか、それとも今日が特別静かすぎるのか、僕にはもう理解ができない。


 ……まぁ、別に理解しなくたっていい。できなくたっていい。

 今日と言う最悪の日は、もうすぐ終わってくれるのだから。


 7階からエスカレーターで1階までたどり着き、カードを受付の器械に通す。


『影人様 お気をつけて お帰りください』


 器械は無機質に、そして今日に限っては大変珍しい簡潔な言葉で僕を見送ってくれた。

 全員が器械でいてくれたらいいのに、僕はそう思いながら、夕日の下へと足を運ぶ。



 ……そういえば、今日は先生からお菓子を貰っていない。

 こんな事は初めてだし、僕からしてみてもこんな状況は初めてだし、正直お菓子の事はどうでもいいとは思っている。

 だけども、いつもとは違う日常というのは、なかなかどうして居心地が悪い。


「なんだか、少し疲れたな……」


 どんなに疲れても、時間は止まってはくれないし、明日は学校に行かなければならない。

 誰も聞いてない帰り道、思わず弱気を吐き出しながら、僕はいつも通りの道を通って家に向かった。

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