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0日目 終わりの始まり

「つまりはね、君が捕まらなければこの世界は滅んじゃうって事なんだけど、この点についてはどう思う? いやね、ただの日本人であって、しかも高校生である君にこう聞くのもなんだけど、こんな貴重な体験は二度とできないと思う訳さ。だからあえてこの場で聞いてみたいんだよね。思春期の男子高校生よ、世界の命運を背負った感想はいかがでしょうか? ってね」


 ……11月の肌寒い夜。僕は紅く染まる満月が見えるとのテレビ情報を鵜呑みにマンション10階のベランダから夜空を眺めていた。

 まったく紅くない、ただただいつも通りの平凡な満月じゃないかと悪態を付きつつ、時間経過で紅くなる事を期待しながらかれこれ15分は見上げ続けている。

 22時過ぎの極寒に身をさらけ出すメリットなんて僕は知らない。ただ、約15分前に現れたマシンガントークを繰り返す女の悪魔から現実逃避するためには見たくも無い満月を眺める事くらいしか行動が思い浮かばなかった。


 ……いや、これを女性と表現して良いのかと言われると少々悩む所ではあるけれど、少なくとも背中からコウモリのような羽を4つ生やし、宙を浮かんでいるという点を除けばギリギリ女性だと表現しても問題は無いのかもしれない。

 加えて長い銀色に輝く髪の下に本来2つあるはずの眼が妖怪のような大きな紅い単眼さえ無ければ、分類的には女性という事にしてもギリギリ問題は無いのかもしれない。


「いやいや、こちらも突然押しかけて一方的に色々と説明しちゃったけどさ。なーんか一言返事をしてくれてもいいような気がするんだけどね。ひょっとして怯えちゃってる? 怖がらせちゃってるかな? まぁ無理もないか、突然目の前に美女が現れたらそりゃ思春期真っ盛りの男子高校生だったら度肝を抜かれるハズだよね」


 仮に死神のような黒装束が女子高生の制服だったとしても、悪魔と宇宙人を足して2で割ったような容姿で、更に言えば空を飛んでしまっている現象の前では、百歩譲って女性であっても美女というカテゴリーからは大きく外れると断言できる。

 そんな存在からの一方的な質問を約15分ほど無視し続けていた僕の精神もとうとう限界に近づき、夢か幻だと信じながら満月よりくっきりと見えてしまっている悪魔に、僕は根負けして言葉を返してしまった。


「……確かにいままでの人生の中で断トツ一位で度肝を抜かれています。……すみません、まだちょっと貴方に返事を返せる気持ちの整理と覚悟ができていないんです」


 そこまで驚愕するほどの美女だった!? みたいな驚きのリアクションと共に、悪魔は空を舞いながら話を続けた。


「大丈夫大丈夫、安心してよ。時間は残り6日と23時間とたっぷりある訳だしね。君が急にこんな運命を背負って混乱してしまうくらい私は予想していたさ。そして次の予想が正しければそろそろ君は『夢だ、これは夢に違いない』とか思っちゃう段階に突入する訳だけど、先に言っておくね。 ――『これは現実である。嘘だと思うならそこに干してあるタオルで自分の首を絞めてみるか、私の豊潤な胸でも揉んで確かめてみるがいい』 どうだ? 取り合えず揉んでおくか? まぁ残念ながら私は実体じゃないから触れる事はできないんだけどね。それに見て分かる通り胸なんか無いし。ガッカリした? 美女の胸が触れないだなんて嘘だと思いたい? ところが残念、コレって現実なんだよね」


 彼女はケラケラと笑いながら干したばかりのタオルをこちらに放り投げてきた。

 強風で落ちないようにガッチリと固定したはずのタオルが、存在するはずのない悪魔の意図によってぶん投げられた事実を、僕はとうとう現実として受け止めなければならないらしい。


「……とりあえず、外ではなんですから中に入りませんか?」


 これが幻想だとしたら、僕はこれから狂人のような生活を送り続ける事になる。

 他人にそんな姿を見せられたくない、保険は掛けておくべきだとまだ乾いていないタオルで汗を拭きながら、僕は彼女に提案した。


「なかなか優しい所があるようだね。ただ関心はしないね、初対面の女の子を部屋に招こうとするその軽率な言動、今後は少し改めたほうが良いと思うよ」

「……すみません」


 サンダルを規則正しく脱ぎながら、一人暮らしには広すぎるリビングに歩を進めていく。

 外で照らされ続けていた月光と比べてしまえば、過度に明るい照明が彼女の存在を一層際立ててしまっていた。


「さて、どこまで話たかな? 私としては一通り説明を終えて若干の達成感を味わっている所なのだが、君の表情と心境を考えると些か不足していた部分があるように思えるのだけれど」

「……すみません。急に背中から4つの羽を生やした美しい女性…… いや、目は一つしかありませんがその点を覗けば普通にアイドルを目指せるくらいな美女が宙を浮いていたので話を聞く所ではありませんでした。すみませんがもう一度最初から説明をお願いします」

「それはそれは申し訳ない。私の姿が大変に美しすぎるせいで君に二度手間をかけさせてしまったようだ。謝るのは私のほうだよ。君は畏まって謝らなくていいのさ」


 テレビの前に置かれたソファーにふんぞり返りながら、彼女はフフフンと鼻を鳴らす。

 戻ったら飲もうとしていた緑茶を家主の許可無く堂々と飲んでいるその姿を見て、この状況が幻想ではなく現実だと再確認できてしまった僕は、もはや全てを観念するしかなかった。


「さて、優しすぎる私は混乱している君に対して、まずは端的に短く言葉にして説明しよう。君は世界中から選ばれた4人の内の1人。ある人物が4人を1週間以内に探し出さなければならない。 ……おや? おやおや? 説明に1時間くらいかかりそうな雰囲気だったけどすぐに終わっちゃったね。私はひょっとしたら要約の才能があるのかもしれないよ」


 僕の前に空になった湯飲みを差し出す動作だけでお代わりを要求する辺り、彼女には図々しい鬼姑(しゅうとめ)の才能もありそうだった。


「……そこまでは理解したとして、どうして僕が選ばれたんですか? 捕まったらどうされちゃうんですか?」

「対象はある法則に基づいて選ばれたんだけど、これは極秘事項の企業秘密だから今は言えないんだ。まぁ君が1週間捕まらなかったら教えてあげるよ」


 どんな法則かは知らないけど、その秘密を握る企業とやらに逃げきれたら軽くクレームは入れたいと思う。

 そんな心境をお構いなしに、彼女は悪魔のようにヘラヘラと笑顔を浮かべながら話を続けた。


「君が捕まったら何をされるかは分からないね。まぁ仮に私が探す側、つまり主催者側の人間なら何もしないとは思うけどね」

「そうなんですか? それは良かったです」

「これはね、大雑把に言えば賭けなんだよ。4人を見つける事ができれば主催者は力を手に入れる事ができるのさ。君は主役じゃなくてあくまで駒の1つ、宝箱を開ける鍵のようなものなのさ。そんなものをわざわざ壊す行為なんて非生産的でまるで意味がない、そうとは思わないかい?」

「世界で4人を探し出す行為についても非効率的で意味がないとは思いますけど……。 まぁそれは置いとくとして、仮に4人が捕まっちゃったらどんなお宝が手に入るんですか?」


 お茶のお代わりを差し出しながら、笑顔で質問に答える彼女に気を使いながら言葉のキャッチボールを続ける。


「不老不死って言葉を知ってるかい? まぁ知らなくとも文字と言葉のニュアンスでなんとなーく理解できるだろうけど、主催者はソレを求めている訳さ。永遠の命を手にしたいが為に、こんな楽しいイベントを開催したって訳さ。つまり主催者は1週間以内に4人を見つけ出すことができれば、生物にとって恐怖の象徴である死から逃れる事ができるのさ」


 不老不死。

 なんともファンタジックで現実味のない単語ではあるけれど、目の前のファンタジックな存在と同じ部屋に放り込まれれば嫌でも現実かもしれないと思い込まされてしまう。

 不意打ちのような言葉に少しお茶を噴き出しながら、僕は更に質問を重ねた。


「……そうですか。じゃあ僕は一生懸命逃げればいい訳ですか? 誰とも分からない相手から隠れ続ければ良い訳ですか?」

「まぁそういう事になるかな。ちなみに逃げ切っても君は不老不死なんかにはならないよ。参加賞も用意されてないから、君が世界の崩壊を望む(・・・・・・・・・・)のであれば頑張って逃げ切ってくださいねって話だよ」


 彼女が大きい単眼をまるでストロベリームーンのように紅く光らせながら物騒な言葉を口にした瞬間、暖房が効いている部屋のはずなのに、まるで外気よりも寒い空気が部屋中に充満したかのような気配が僕の体を包み込んだ。

 腕を見れば鳥肌が立っている。ひょっとしたら本当にこの部屋は冷蔵庫のように寒くなっているのではないだろうか。

 そんな僕の気持ちを、まるで今までのお返しだと言わんばかりに無視しながら彼女は話を進めた。


「これはこれは、私とした事が大事な事をすっかり要約し忘れていたようだよ。君達4人が見つからなければね、この世界は崩壊に一歩足を踏み入れる事になるんだよ」

「……」

「4人見つからなければ一発アウト! 人間というカテゴリーに分類されている生命は全て死に絶えるだろうね。3人なら半分くらい。2人ならまぁそこそこの国家が4つくらいは消えて無くなるくらいだよ」

「……1人の場合は?」

「そこはちょっとその時にならないと分からないかな。数百人かもしれないし、数千人かもしれないし、ひょっとしたら数万かもしれないよ。確実なのはそこそこの数が死ぬって事さ。コレはそういう賭け、ルールなんだからね」




 ひじ掛けに体重を乗せながら、楽しそうに彼女はそう話した。

 鉄のように重い話を、ふわふわと浮かぶ雲のように話す彼女に――


「……1つ聞いてもいいですか?」

「1つだけとは言わずに好きなだけ聞いたらいいさ」


 ――僕は、1人の人間として、こう質問を返すしか道は残っていなかった。




「それって、僕が見つかればみんな幸せなんじゃないですか? 知らない人が不老不死…… になるのは置いておくとして、僕が捕まれば少なくとも死ぬ人が少なくなるって事ですよね?」

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