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轢かれた社畜は異世界の夢を見るか?

作者: vaniglia

つ、疲れた…。

60連勤って正気か?

労働基準法ってなんだったんだ?

神代の時代のおとぎ話か?


このままこんな生活を続けていて俺になんの意味がある?

そんなもの無いな。

ただただ下げたくもない頭を下げ、罵倒される無意味な毎日。

ああ、上司のストレス発散という意味では意味があると言えるかもしれない。

全く嬉しくないが。


こんなに辛いなら、いっそこのまま線路に身を投げ出すなんてどうだろう?

そうすれば何も感じず考えずに済む。


死んでしまったらそれまで、なんて世間は言うだろう。

けど、趣味も無く時間も無く、ただ人格を踏みにじられる為に会社に行く人生に、どんな希望を持てばいいのか。

それなら、死んでしまった方が嫌な思いしなくて済むという面で言えばよっぽどいい。

そう、いつも歩いているみたいにただ1歩踏み出せばいい。


……なーんて。

俺にそんな勇気があるわけがないんだけど。

あったなら高校のあの時、好きな子に告白しただろうし、そうなれば今とは違った人生を歩んでいたのかもしれないなぁ。

そんな事言っても何にも変わらないのは分かっているけど。


「まもなく、〜行き、列車が止まります」


電車が来るアナウンスが聞こえる。

下がっとかないと危ないかな。


ん?なん、え?

なに、なんで電車が迫ってくるの?

あれ?もしかして俺前






『お目覚めですか』


ん?

どこだここ?


『ふむ、大島裕人さんですか。歳は28。あまり裕福でもない至って普通の家の生まれ。特になにかしてきたわけでもなさそうですね』


白い、何も無い部屋だ。

壁すらもない。

ひたすら白い空間が広がっている。

その中でただ一つ、空間に紛れてしまいそうなほど白い女性が椅子に座っていた。


『気付きましたか。ようこそ、あちらとこちらの狭間へ』

「あ、どうも」


優しく微笑む女性に、会釈を返す。

誰だろう、この人。あちらとかこちらとか言ってるけど。


「仕事なら私じゃなくて上に通してください。私はただの平社員なので」

『あなたはとても貧しい人生を送ってきたのですね…』


酷い言われようだ。

就職前まではそれなりの人生だったはずだが。


『話してみて下さい。あなたがどの道を選ぶにしても、未練があっては心のままに選ぶ事はできません』

「はぁ、それでは…」


言われたので、俺の今までの人生を話す。

特に山場があるわけでもなく、小中高と誰でも経験があるような平凡な学校生活を送り、高卒で就職してからは多分大抵の人は経験した事がないような社畜の人生を送る。

話していて、よく10年も持った物だと自分でも感心した。


話し終わる頃には、女性はどこからが出したハンカチで目元を拭っていた。

え、なんでこの人泣いてるんだろう?


『本当に、本当に辛い人生だったのですね…悪い事は言いません。今すぐ別の道を歩むべきです』


もう死んでるんだが。

そういえば、この人誰だろう?ここまで何も聞かずに来たけど、全くわからない。

そもそも声もただ聞こえるような感じではなく、言葉にはできないが不思議な響きだ。


『ああ、自己紹介がまだでした。私はこの世界の転生を管理する女神です。まだ名前はないのでお好きにお呼びください』

「はぁ、これはご丁寧にどうも。俺の名前はわかっているみたいでしたね」


女神。女神ね。

転生って事はやっぱり俺は死んだのか。

最後の光景通りだとすると、死因は電車に轢かれたことだろう。

で、最近よくある転生だと。小説みたいだな。


『はい。辛い人生を送り、若くして自ら死を選んでしまった人は、転生する権利を持ちます。残念ながら全ての人が持つ訳ではありませんが』

「権利という事は、しなくてもいいということで?」

『それはもちろん。そのまま天国へ向かうも良し、罪の意識があるならば地獄で罰を受けるも良し、霊として現世に残る事も、異なる世界へ生まれ変わる事もできます』


冗談みたいな話だが、そう話す女神の顔は冗談を言っているようには見えない。

慈しむような眼差しで、柔らかく微笑んでいる。

それなら真面目に考えてみるのもいいかもしれない。


『あなたはどうしますか?』


天国に行く?悪くないかもしれない。この女神が言う天国がどんな場所かは分からないけど、天国と言うからには良い所だろう。ヴァルハラなんてものもあるが。


地獄は嫌だ。俺に罪の意識は無い。俺よりも怒鳴るしか能のない上司が行けばいい。

そもそも、自分から好んで地獄に行く人の方が珍しいだろう。


幽霊になってみるのも良さそうだ。もしイメージ通りなら大概の事は自由だ。何せ幽霊を取り締まる法律は無いし、そもそも滅多に人に見えない。たまに見える人もいるらしいが。


だが、それらよりも違う世界に転生というのをしてみたい。

俺がまともに生活できていたのは、何度も言っているが就職するまで。それ以降は時間も金も余裕がなく、ただただ会社と家を往復する毎日。

俺が今世でできなかった余裕がある人生というやつを、送ってみたい。


「転生でお願いします」

『理由を聞いても?』

「今世とは別の人生を送ってみたいので。もしかしたら、充実した人らしい人生を送れるかもしれませんし」


理由を言うと、女神が目元にハンカチを当てた。

どうでもいいけど、この人涙腺緩すぎるだろ。


『わかりました。あなたの辛い境遇を考慮して特別に今世の記憶を残して差し上げます。苦労することの無いよう、十分な才覚と家柄も与えます』

「いいんですか?」

『本当ならダメです。この後、私は怒られるでしょう。それでもいいんです。あなたの為なら』


優しい人だ。この人にとっては、恐らくいくらでもいる人間の内の一人。それが俺。

だがそんな俺に心を砕き、上に怒られる事を知りつつ便宜を図ってくれる。こんな上司がいたなら、俺もこんな事にはならずに済んだのかもしれない。

そうなったら、この優しい女神に会うことは無かったのだろうけど。


────い!


「ありがとうございます。俺の為に」

『いえ、私がしたいのです。次の人生、十分に楽しんで下さいね』


───パイ!


「俺は今までクソみたいな人生だと思っていましたが、最後に女神様の様な人に会えたのは、幸運だったのかもしれません」

『決して楽ではなかったあなたの人生、最後にそう思えたのなら救いがあったのではないでしょうか』

「かもしれませんね」

『そうある事を願います。それでは、準備を』

「いつでもいいですよ」

『では、裕人さん。新たな人生、心の赴く





「…パイ! センパイ!」

「ん…」


目を覚ます。どこだ、ここ。

白い。白いが、女神と出会った場所程ではない。人工的な白さだ。


「大丈夫ッスか!?」

「なんだ久保田…暑苦しいから止めろ」

「気付いたんスか!?」


体を起こすと、そこは病院のベッドの上だった。

手を上げようとして、右手が吊られているのに気づいた。


「外回りしてたらセンパイがホームから飛び下りたって聞いて仕事サボって来たんスよ!?」


ホーム。仕事。

頭が冴えてきた。そういえば電車に轢かれて、なんか女神って名乗る人物に、転生させるみたいな事を言われた気がする。


「久保田ぁ…てめぇ相変わらず空気読めねぇなぁ!」

「ちょ、痛い、痛いっス! なんなんスか!せっかく人が心配してるのに!」

「うるせぇあと少しで転生できたんだよ!」


思い出したらムカムカしてきた。あと少しでこの苦しい生活から解放されたというのに、こいつに起こされたせいで全部消えてまたこの世界に戻ってきてしまった。


「あ!ヤバいっス、俺サボって来たんでした!」

「話はまだ終わってねぇぞ!」

「頭おかしくなった妄想なら仕事終わりにまた聞きに来るっスから!そんじゃ福永さん、あとはよろしくっス!」


そうだけ言って久保田が慌ただしく病院から出ていった。あいつ、今日は覚悟してもらう必要がありそうだ。


「……先輩」

「福永か。いたのか」


それまで椅子に座っていた福永が立ち上がる。ベッドで体を起こしている俺の手を握り、祈るようにベッドに倒れ伏した。


「良かった…本当に良かった…!」

「…なんだよ」

「先輩が自殺したって久保田くんに聞いて、頭の中が真っ白になって、もう会えないんだと思って…!」


よく見れば、福永の肩が細かく震えている。

そんなに怖かったのだろうか。俺が死ぬ事が。

久保田もだ。なんで俺が電車に轢かれたくらいで、わざわざ仕事をサボって来たのだろう。いや、あいつのことだからサボるいい口実が出来たとか考えてそうだ。やっぱり後でシバこう。


「先輩全然休まないから心配してたんですよ。そんな時にホームから落ちたなんて聞いたので…もう絶対に無理はしないでください」

「いや、それは」

「約束です。絶対ですからね」


顔を上げた福永の目には有無を言わせぬ迫力があった。


「…おう」


気圧された俺はそう言うしかない。


「じゃあ、私も仕事に戻ります。久保田くんと一緒にまた来ますね」


そう言って福永は久保田とは違って静かに病室を出た。

1人残された俺は、枕に頭を預ける。

クソみたいだと思った人生だけど、久保田みたいに馬鹿で暑苦しいが仕事をサボってまで見舞いに来てくれるやつがいたり、福永みたいに泣くほど心配してくれる奴もいたり。


俺の人生も意外と悪くないのかもしれないと思えてきた。

女神には悪いが、もうちょっとだけこの人生を楽しんでみようかと思う。判断はそれからでも遅くない。


「さて、じゃあ退職の電話でも入れるかね」


再就職とか色々面倒になりそうだなあと考えつつ、俺は職場に電話をかけた。

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