一日目 破
「ほっほーぅ?今の俺って結構ハンサム?」
「お兄様……何やってるんですか」
廊下の窓に映る自分の姿(自分の姿をしていない)を眺め、顎に手を当てるなどの簡単なポーズをとっていたら、先導するアイリーンに呆れ顔されてしまった。だんだん恥ずかしくなって慌てて歩き始める。
歩きながら再び窓へ向く。窓ガラスに反射で映るはアイリーンの兄、ジョシュアの姿。
高い身長に端正な顔立ち、肌もニキビもニキビ跡とかも無くきれいな状態。俺の持ってないプラスの要素がそこに勢揃いしていた。羨ましい。ちょっとの羨望と嫉妬が胸に燃え始めるのを感じながら、次は窓の外の景色に目を向ける。見えたのは、ロンドン。今俺がいるのが本当に一八九三年とするなら世界最大の都市であるロンドンの街並み。
俺がいるのは全七階建てホテルの五階、かなりの範囲を見渡せた。
夕方。空はもうだいぶ暗くなりつつある。しかし、街は建物が落とす影で既に夜のように真っ暗だ。黒くなったそれらの中で、ポツポツと小さな光が通りを照らしていた。ガス灯だろうか、その小さな灯りを見ると俺は少し安心する。と、いうのも、ここに来てから今見下ろしている街や灯りの届かない廊下の奥にある、暗がり、闇を見ると言いようもない悪寒が走るのだ。人間が暗闇に抱く本能的なものでない、もっと何か、異質な恐怖を感じるのだ。……未だによくわかっていないこの状況に置かれているからだったりするかもしれないが。
俺は頭を振って不安を頭の中から振り払い、ロンドン市街を観察する。一九世紀末のロンドンだ、某奇妙な冒険の舞台だ。観察できる機会なんてこの先絶対ないだろう。あったら困る。いつここから帰ることになるか不明である以上今見なければ!それにロンドンは夜になると───
「お兄様!恥ずかしいのでポージングならお部屋に戻ってからにしてください!」
今回は誤解だ!
俺はロンドン観察を諦め、怒り顔のアイリーンの元へ慌てて駆け出す。その時すれ違ったボーイがニヤニヤとしながら俺を見ていた。アイリーンの言葉で廊下でポージングするイタイ奴だと思われたらしい。違うのに、誤解なのに……悔しいっ!
アイリーンに連れられ『執務室』と書かれた扉の前に着いた。
「失礼します、叔父様」
扉を二度ノックし、二人で部屋に入る。
「やあ、よく来たね。ジョシュア、アイリーン」
そう言って出迎えてくれたのは、銀髪銀眼で、人間離れした美貌を持つ男。
ジョシュアとアイリーンの叔父である人物。
「いやー、君たちに会うのは何年ぶりになるかな?大きくなったねぇ」
「私もお会いするのを楽しみにしていました。お久しぶりです、叔父様」
叔父とアイリーンが挨拶を交わしている最中、俺は動けなかった。
「あ、ジョシュア。君馬に突っ込まれたそうじゃないか。大丈夫なのかい?」
目の前の男から、街に広がる暗闇を見た時感じた恐怖より、数倍もおぞましいものを感じていた。この美しい男が俺は今とても恐ろしい。逃げ出したくなるほどに。何故なのだろう、なぜこんなにこの人物が恐ろしく感じるのだろう。わからない。
俺は、もしかしたらとんでもない事の中にいるのではないか───?