序
目を覚ますと、俺は見知らぬ天井を見上げていた。
とてもおかしな話だ。あまりに不可解な状況に思わず自分の頬をつねってみた。痛かったから夢ではないのだろう―――多分。こんな時どうしたらいいのだろうか。笑えばよいのだろうか。わからないので俺はしばらく思考を放棄し呆然としてみるのだった。
俺の名前は月津町ゲン、どこにでもいる普通の大学生だ。突然だがありのまま今起こっていることを話すぜ?俺は多くの人が想像するような『いつもの一日』を終え、自室のベッドで寝たら知らないベッドで目を覚ました。何を言っているかわからねーと思うが俺も何を言っているかわからねー。ただ、今のこの状況が夢なんかじゃあないということだけはなんとなくわかる。
さて、放棄していた思考を引きずり戻し、何かこの状況に関する情報を手に入れるべく周りを見渡してみる。
俺は現在『洋風ホテルの一室』という印象の部屋のベッドに寝ている。ベッド脇にある小さなテーブルの上にパンフレットのようなものが置いてあったのでおそらくホテルで正解だろう。そのテーブルの他にはクローゼット、ソファー、鏡台、ベッドの横のより大きいテーブル(その上にランタンが三つほど)と椅子が一組あって本が一冊乗っている。壁には絵画が飾られていて床は赤い絨毯のようなものが一面に敷かれている。部屋だから当然かもしれないが出入り用であろう扉もあった。
部屋が少し広めなので少し物が少ないと感じたが、置いてあるものはほとんどがお洒落な装飾が施されていて、部屋も掃除が行き届いていることに気付き、結構ランクの高いホテルなのではと無駄に緊張した。アイ・アム庶民!故に仕方ない。
部屋の内装の他に一つ、気づいたことがある。この部屋には電器製品がない。部屋を歩き回ってみたがコンセント見つからない。じゃあ置いてあるランタンは飾りじゃなかったのか。実際に使うのか。ランタンの横にマッチ箱が置いてあったからそうなのだろう。古風だなぁ。
部屋の中をだいたい調べ終えたので部屋の外に出てみることにした。外なら誰かしら人がいるだろう。そう思って扉に向かう。
その途中、鏡台の前を通り過ぎるとき、何か大きな違和感を覚え引き返す。
「っ―――!」
違和感の正体を探るべく鏡を覗き込んだ俺は本日二度目の驚愕に襲われた。なんと覗き込んだ鏡に映っていたのは見飽きた自分の顔ではなく、見たことのない外国人の青年だったのだ。あまりの驚きで仰け反ると鏡の中の青年も仰け反った。姿は違えど映っているのはやはり俺のようだ。やはりこれは夢なのか?
またぶつけられた不可思議に今度こそ思考が真っ白になり絶句していると、ガチャリ、と扉の開く音がして扉が開かれた。思考空白の俺はビクッとして来訪者へと振り向く。
扉から現れた来訪者は、とても美しい少女だった。うなじ半ばあたりまでの明るい茶髪、サラサラとしていてとても柔らかそうだ。目は緑色で活発そうに輝いている。肌は白く健康さを感じる。装いは真っ白な、フリルが控えめに付いたワンピースに黒い帽子をかぶっている。年齢は十五か十六ぐらいに見える。
少女は絶句半分、見惚れ半分で放心している俺に、
「あ、おはようございますお兄様」
と、明るい笑顔を咲かせたのだった。