ショートショート・引きこもりと人魚と市民プールと
日本中でセミの鳴き声が轟いてる中、僕たちは大きな浮き輪と水泳バックを持ち、とある場所を目指していた。
「れいじ~遅ーい!」
ダラダラ歩いてる僕に、早く行きたいショートカットが涼し気な少女は、腰に手を当て頬を膨らませている。だけど許してくれ、この暑さは正直言って引きこもりには厳しい、雪だるまを電子レンジに入れるのと同じだぞ・・・・・・体感的に。
「ちょ・・・・・・ちょっと待って~」
周りの行き交う人たちも、誰かに洗脳されたように「暑い」を連呼してるぐらいだ。もし今、流行語大賞をやったら絶対一位は取れるだろう、自動販売機が視界に入った僕は、生きるためにもとりあえず飲み物を買うことにした。普段は、飲み物や食べ物に金をかけないのだが、砂漠の上を歩いている様で、自動販売機がやたら光って見えたのだ。入れる硬貨に反応して奏でられるその音も気持ちよくて生き返らせる。
そんな溶ける寸前の僕を見て「あ!ずるーい!」なんて駆け寄るなり勝手にボタンを押されてしまった。紹介が遅くなったがこの少女は、奏だ、小学3年生で幼馴染の妹である。今日は、奏が遊ぼうと言ってきたのだ。え?引きこもりが小学生の女の子に好かれるわけがないって?まあそうなんだが・・・・・・悲しきかな、この子は唯一家にいる兄が遊びに行ってしまうから、いやいや預けられたのだった。最初家に来たときの顔は、それはもう凄い剣幕で、何を話しても舌打ちだけしか返ってこなかった程だ。
一応言っとくが、幼馴染は男だ。それもムキムキの。何で女じゃないんだよおおおおおお!!!!僕はアニメとかを観ていてつくづく思う、美少女の幼馴染って実在しないんじゃね?と。
それはさておき、悲しい音を立てて落っこちてきた"飲むヨーグルト"を取り出して手渡した。
「少女よ、僕は良いなんて言っていないぞ?」
「遅いのが悪いんでしょ」
馬鹿にしたようにカラカラ笑う、メスガキはちゃんと存在するのに世の中おかしい。
「乳製品を摂取した所で乳は大きくならないぞ?」
大人げなく仕返すように嫌味を含んだセリフを言うと「それだから彼女ができないんじゃない?」なんて冷たいまなざしを向けられてしまった。なんだろうか、その視線を向けられるたびに変な性癖に目覚めてしまいそうだ。実に危ない小娘である。
しかしこんな暑いのに乳製品って腐らないのだろうか…心配だ。
「早く行くよ!」
僕は、まだ飲んでないのだが・・・・・・小学生は元気である、大学生の僕にとっては羨ましい。身体は30超えてからガタが出始めるなんて言うけど、もうガッタガタになっていた、油物は食べれなくなっているし、1時間歩くと骨盤が痛くなったり物覚えも悪くなっている。故に「もうちょいゆっくり行こうプールは、逃げないからさ」なんて弱々しいセリフが出てしまった。まあ当然、彼女は無視をして先へ進むのだが。大きな浮輪と二人分の水泳バックを持つ僕の身にもなってほしいものだ、昔のカバン持ちを思い出させられてどんどん気分は沈んでいくのであった。水泳だけに★
奏に引っ張られるように歩いていると、やっと目的地である建物の頭が見えてくる。すると奏は、「プールだ!」と嬉しそうにこっちまで戻ってくると、手を引っ張り走り出した。
あら可愛い、異性と手を繋いだことが無いからお兄ちゃんときめいちゃいそう!これだけで今日は頑張ったかいがあったと思う。なーんて心の中でサンバを踊っている僕に「ねえ、もしかして女の子と手を繋いだことないの?・・・・・・顔ヤバいよ?」とお化けや危険人物を見た表情で顔を青ざめさせていた。
「んなっ・・・・・・」
僕よ、図星を突かれたからといって、口から出た言葉が「んなっ」はないでしょ。語彙力を失くしたのもきっと歳のせいだな、うん。そうに違いない。
「言っとくけど、奏が礼司を誘ったのはお金を出してもらう為だから」
何そのツンデレと言いたいところだが、能面みたいな表情筋が一切働いていない顔に本気だという事を察して僕も一瞬で気持ちが覚めて真顔に戻る。怖い、怖すぎる。小3なのにお財布代わりの男とか作ってるの?
だがまた奏さん、お金を払い終わり更衣室の所で別れようとしたが、「一人は、その入った事がないから」だなんて男子更衣室に来た。もう本当になんなのこの子、テクが凄い。凄すぎる!!も~一生虐められt・・・・・・まあそれはさて置き「しょうがないな~」と紳士の僕は、渋々、いやいや、しょうがなく、ロッカーを探して、汗でベッタリとくっついた服も脱がせてあげた。ぐふふ。
しっかしこう暑い日に考えることは皆同じか、ふだん人気のないプールでもロッカーが全部埋っている。入れられなかった客は、棚の上や隙間に水泳袋が置いていた。
「ギリギリだったね」
「そうだね~もしあの時、礼司の手を引っ張らなかったら埋ってたね」
あ~睨む姿もまた可愛い・・・・・・念のため言っとくがロリコンじゃないからな!でもあのランボーのようなガチムチに、何故こんな絵に描いたような可愛い妹がいるのかが不思議だ。言葉の鋭さは兄譲りだが、それ以外は。なんて見ていると「いつまで突っ立ってるの?」なんて背中を叩かれてしまった。やっぱ力も兄譲りだわ。
奏は、どのプールに入ろうかあたりを見回す、と言ってもプールは3つだけしかなく。
1つは、すごく浅い子供用プール、
もう一つは、ボールなど玩具が浮かんでるほぼ子供用のプール
最後は、大人用の実に面白みのないプールだ
奏は、殺風景の面白みのない大人用プールの方を選んだ。正直言って玩具ではしゃいで遊んでいる可愛らしい奏たんが見たかった。水をかけあって青春みたいなことを味わいたかった。
「そこは、深いから危険だよ玩具のあるプールに行こうよ」
なんて言ってはみたが、彼女が入る寸前で「浮輪があるから平気でしょ!」と軽く流されてしまった。うぅ、浮き輪め、俺はお前を許さない、浮き輪を考えたヤツは豆腐の角に頭をぶつけて●ねばいいのに、歯ぎしりしつつ僕は、渋々持ってきた浮輪を腰に通してチャポンと入る。
え?なんでお前が使うのかって?君たちの言う通りだ。しかし僕は泳げない金槌なのだ!小学生の時は、陸で生活するんだから泳げなくてもいいと思っていた程。それに比べ奏は、泳ぐのが得意でよく試合にも出る実力者である。そんな彼女は、端っこの方でプカプカ浮いてる僕を見るなりクロールで近ずいてきた。
「ねえ!鬼ごっこしようよ!」
「ほ~一生僕に鬼をやらせる気だな?」
「や・る・の!」
「え~」と言っているのだが、開始と言わんばかりに遠くへ泳いで行ってしまい、渋々追いかけてはみる。が、相手は現役の水泳選手、敵うはずがなく、早々に諦めて波に流される藻屑の如く、浮き輪の上で寝っ転がる。
しっかしフォームが綺麗なせいか、泳ぐ姿は美しく、まるで・・・・・・
「人魚のようだ」