バイクと夜空
巨大な星が支配する空をすこし見上げた。一瞬でも、外に出てしまえば思い出す。この星の美しさも、歪なほどの大きさも。
「捕まれよ」と声をかければ
「ヘーイ」と適当な返事が返ってくる。
僕は、バイクのアクセルを握りしめた。
朝日が加速度を感じて耳元で嬌声をあげる。中学生かよ。
考えてみたら、あんなに服装にこだわったのに、安っぽいバイクに二人してまたがっているのは正直ダサい。会話ができるようにフルフェイスじゃなくて、丸いヘルメットなのも締まらない。二人して水色のペアルックなのも、恥ずかしい。
「私は、なんでも似合うからね」
否定できないのが、悔しい。
カーキ色の彼女のジャンパーの袖が、僕の脇腹を抱えている。久しぶりに感じる夜風も、遠くに見える商業区域のまばゆいばかりの輝きも、心を気持ちよく掻き立てる。すぐ背中に感じる彼女の体温も、久しぶりだ。
「なあなあ、あと150日切ったよ」
学生がもうすぐ期末テストまで、2週間だよ、とでも言うみたいに朝日が呟く。
僕は、何も答えられないでいた。
この話題の行く先がわからないのだ。
自分の命が、残りわずかなとき、人はどうするかなんて、哲学的なことを問う気にはなれない。だいたい、星が現れてからそういった「問い」が横行している。僕は、悲しみムードに乗り切れないところがあるし、乗りにのって酔いつぶれるつもりもない。
朝日にもそんな空気を感じる。あくまで、僕の主観であるけれども。
「あと.137日、新聞で見た。」
「あたしんとこは、140日前後って書いてあった。」
へえ、カーブを曲がりながら感心する。日にちを正確に書かないのは、パニックになるのを避けるためか。いや、それって意味あるのか?あるいは、書けないのか。商取引ができなくなるからかもしれない。実際、クレジットカードはほとんど使用不可になっている。
「どうやって計算してるんだ?」
「調査隊が、宇宙に行ってる。」
打てば響く。
「だいたいの質量と、自転速度がわかったから、計算は可能。まさか、物理学者も、万有引力の方程式をこんな使い方するとは、予想もつかななったとは思うけど」
「公転はしていない?」
頭があまり回らず質問ばかりになってしまう。いやそもそも、バイクを運転しながらだから、思索にふけっていては「終末」以前に事故で死ぬことになる。
「うん、起動が読めないんだよね、そもそも宇宙のどっかからやって来たから。」
「不思議だな」
「うん」
朝日は、自分の中で色々思うことがあるのかもしれない。天文学は彼女の方がはるかに詳しい。今までの説明も、専門的になりすぎないよう朝日が噛み砕いてくれている。
「まずは、ちゃんと死ぬまで生きることだな」
ふははっ、と朝日が軽やかに笑った。
誤魔化すように、涼しい風が吹いた。朝日が寄りかかって来て、レモンのような香りが鼻をくすぐる。