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9、春、それは恋の季節

 ついに町がピンクに染まる春がやってきた。


 といっても桜が満開だから、という訳ではなく。

 残念ながらこのアニマルランドにはお花見と言う風習がないせいか桜の木があまりない。

 私がモクレンやツツジなんかが咲いているのを見て「ああ、咲いてるな」と思うのと同じ感覚みたいで桜に対しての特別な「盛り上がり」みたいなのがないらしい。


 だから、ピンクに染まるのは町の空気だ。


 そう、恋の季節という、実に言いにくいけども発情期的なシーズン。


 とはいえ皆さん知性があるからそこは無法地帯にそこかしこでピンクな行為が行われるという訳ではなく、「皆浮足立ってるなー」というカンジ。


 バレンタインに好きな人にチョコを贈るという風習もこっちにはないけど、あのイベントに近いと思う。

 バレンタイン前の十代位の男の子が醸し出すそわそわした空気。まぁそんなものこれまでの人生を振り返ったところで見た事ないので漫画とかのイメージの話だけど。


「そろそろ春だし、今年もしばらくは和彦かずひこさんに配達をお願いしてね。会った時に俺からも言うけど」

 和彦さんとはうちの父の事。

 大家さんである千秋さんは他の皆さんよりうちの家族ともつながりが深いせいもあって、みんな下の名前で呼んでくれる。

 ちなみに母は美幸みゆきです。


「私今年で3回目の春ですよ。もう慣れましたし大丈夫ですよ」

 浮足立ってナンパが増える春。

 確かに1年目はフランクにグイグイ来るのを、ナンパなんて経験したこと無い私はそれは動揺してしまったけれど。


 みなさん心躍る、というか恋の季節で浮かれ気分マックスな季節だと思うのに千秋さんはなんだか複雑そうにしている。

 ため息をつくようになったし、尻尾も少し情緒不安定な感じで揺れている。

 そう思ったらツチノコのおじいさまが「マスターも色々複雑だねぇ」と楽しそうに喉を鳴らした。

 何か複雑な事情をお持ちですか、千秋さん。


「cafeだんでらいおん」を出るとチワワのお巡りさんに出くわした。

 春は恋の季節で盛り上がるせいでパトロール強化月間に指定されている。

 ちなみに秋も春ほどではないけど盛り上がりシーズンで、年2回のパトロール強化期間がある。

 お巡りさんはワンコ系の方が多い。

 ドーベルマンとか猟犬タイプが多いのかと思いきや、そういう訳でもない。署長さんはポメラニアンだしね。

 はじめの頃は柴犬なら頼り甲斐があるのに、と思ったけどそんな決めつけはこの世界ではNG。

 後で後悔する羽目になる。


 チワワのお巡りさんにも気をつけるように言われてしまった。

「海外の人から見たら日本人は若く見える。子供に見える」ってやつかな。


 地球では進化の過程で二足歩行になった時、手を使う事により脳が発達したらしい。

 じゃあこちらは発達した脳を持った方々が動物の能力を持っているというワケで、ヒトはどうしたってかなうワケない。

 だからこうして心配してもらって、大事にされるのもあるんだろうな。



 その数日後、気温がぐっと上がって「春キター!」な雰囲気になった。

 完売して店じまいした後、郵便局へ行った帰り道小川を散歩がてらのんびり歩いて帰っていると子供達が集まっているのが見えた。

 ヤギ頭のペーター君と子豚頭の兄妹が川に並んでいる姿なんてやっぱり絵本の世界だなぁ。

 そしてどうしてだろう、川で何かを捕っているといるとつい確かめたくなってしまうのは。


「あ、パン屋のねーちゃん。もう店締めて遊んでるの?」

 子豚頭のお兄ちゃん格フータ君がこちらに気付いて毒を吐く。


「違いますー。本日もありがたい事に売り切れたんですー」

 早寝、早起きで仕事してますよー

 遊ぶために店締めてるんじゃないですよー


「何かいるの?」

 川に突っ込んでいる虫取り網にも、用意した小さ目のバケツにもなにもいないし、川にも何もいないようなんだけど。

「ザリガニ取りしてるんだけど、石垣の奥に入っちゃったから出てくるの待ってるの」


 ザリガニいるんだ!

 ザリガニと言えばあれでしょう!

 お姉ちゃんがすごいところ見せてあげるよ!

 昔、田舎のお祖母ちゃんのうちでやったわ。


「ザリガニ釣りしてみる?」

「え、ザリガニって釣れるの?」

 聞かれて逆に驚いた。

 この街はどちらかというと「田舎暮らし」的な雰囲気だからそういう方法も普通にあるかと思ったんだけど。

 空を見上げる。

 前にちびっ子達と新聞紙で作ったマントと棒でヒーローごっこをしたら、警察官のワシザキさんが飛んできた事があった。

 文字通り、大慌てで飛んできた。

 そして困ったような顔で「子供達だけなら大丈夫だと思うけど、奈々ちゃんが混じるとちょっとマズいかも」と笑ってくれた。

 例の「暴力・武器・争い・過度な文化を発展させない」に抵触する可能性があったらしい。


 釣りは大丈夫……だよね?


「家からウィンナーとか持って来るから、釣り竿になりそうな棒探してて」

 ややダッシュで糸とハサミとウィンナーを持って戻れば子供達はちゃんと棒を探してくれていた。そしてピーター君が「これに座って」と段ボールまで用意してくれている。

 強い期待をひしひしと感じる。

 これは「失敗しました」という結果だけは避けたい。


「あー、流されちゃうねぇ」

 糸の先に切ったウィンナーを結び付けて垂らしてみたけど、意外と川の流れが強くて目標の場所に落としても流されてしまう。小さい頃祖母のうちでやったけど、あの時は流れなんて無かったのかな。

 あ。

 いや、あれは庭の池でカエル釣りだったかも。


「もっと前の方に落とさないと! 貸して!」

「待って!」

「貸してって!」


 はい、お約束のちびっ子達による取り合いが始まるのを「みんなの分作るから待ってー」となだめながら、一度没収する。

「おもり付けてみようか」

 結びやすそうな石を探してウィンナーと一緒に結び付てみる。


「これでどうー?」

 頭を少しだけ出したザリガニの鼻先にうまく落とせた。

 釣られる事に慣れてないのか、ザリガニはすぐにかかる。


「フーカ! 網、用意して、網!」

 妹に命令する長男フータ君。

「早く!」

 急かすペーター君。

「落ちる落ちる!」

 大騒ぎしながら何とか1匹ゲットした後はコツをつかんでいれ食い状態だった。

 こりゃ楽しいわ。


「何やってるの?」

「あ、ブチョーさん。こんにちわー」

「ザリガニ釣りしてるのー」

 三本の重り付き釣竿を作っていたら背後から声をかけられ、子供達はきちんと「青年部長さん」に挨拶をした。


「終わりましたか」

 ややお疲れ気味の千秋さんに思わず同情の視線を送ってしまった。

 昨日、「明日の午後は寄り合いだから半分くらいでいいかな」と言っていたから知ってるんだけど、今日は月に一度の商工会の集まりの日。


「おつかれさまでした。なんか……今回も長丁場だったみたいですね」

「まぁ、相変わらずかな」

 そう力なく笑ったけど、この気のいいお兄さんが否定しないという事は相当大変だったんだろうな。

 こちらのご老体は「頑なで新しい企画を提案するのはひどく骨が折れる」という事もなく、割といいようにやらせてくれるらしい。

 ただ、その後「毎回話が同じお年寄りのお話」的なフリートークがひたすら続くらしく、一度参加した父はぐったりして帰ってきた。

 その時も「いつもあれに参加してる千秋君はホントにえらいよ」と言ってたっけ。


 最後の釣竿を作ってる間、フーカちゃんは待ちきれないとばかりに近くで私の作業を見守り、千秋さんは川岸を歩いて次の獲物を見付けては「こっち、こっち」と男の子達を呼んでくれる。

 お疲れだろうになぁ。

 寄り合いはいつも平日の午後で、「お昼過ぎたらお客さんもほとんどいないしね」と千秋さんは毎回お店を閉めて出席している。

 そして疲労のため午後はそのまま臨時休業。

 本当にお疲れ様です。


「はい、フーカちゃんお待たせっ」

 最後の力作を託せば、「フーカちゃん、こっちこっち」と千秋さんが獲物のポイントに手招いてから戻ってきた。


「ザリガニって釣るもんなんだね」

 お忙しいかな、と思いつつござ代わりの段ボールの隣を空ければ千秋さんはそう言いながら「よっこらしょ」とばかりに隣に腰を下ろす。

 それから「ふー」と息をつきながら頭を振ってたてがみを揺らした。

 川幅1メートル位だし、流されるような危ない川ではないけど、念のため様子を見とかなきゃいけないかなと私は日向ぼっこするつもりだったんだけど。

「帰って休んだ方がいいんじゃないですか?」

「んー、そこまでじゃないから。天気いいしね」

「そうですねー」

 こんないい天気の日に気の毒過ぎる。

 と思ったら「ぐるるん、ぐるるん」と隣から聞こえ始めた。


 うんうん、ホントいい天気だし。

 そりゃ千秋さんもぐるぐる言っちゃうか。

 かっわいいなー、長いたてがみに手を突っ込んでみたい。

 どの位うずもれちゃうのかなー


 ここで。

 猫を飼っている人はご存じかもしれない。

 にゃんこの「ゴロゴロ」は非常に眠くなるという、にゃんこあるある。

 しかも母曰く、あの「ゴロゴロ」は骨を強化する周波数と同じで怪我や骨折を治す力があるとか。

 それくらいのパワーを備えた「にゃんこゴロゴロ」。

 ましてパン屋の朝は早い。

 春のぽかぽか陽気に、子供達の平和な遊びを見ていると、当然のごとく睡魔が……


 その後、子供達に起こされるまでの記憶なんてものはない。



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