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8、母がハワイみたいだと言うこの世界

 月の半ばが過ぎた頃、毎月私はcafeだんでらいおんに居座る。

 千秋さんがお店用に雑誌や新聞を定期購読していて、それがお目当て。

 読みたい雑誌は大抵月初めに発売だから、発売からある程度時間が経った頃に独占させていただくという厚かましさ。

 いつも「持って帰っていいよ」と言ってくれるけどさすがにそれは図々し過ぎるので、お客さんとしてお邪魔して読ませていただいてる。

 気分転換にもなるし、月に一度のお楽しみ。ご褒美ってやつだよ。

 と言ってもストレスとは無縁の生活してるんですけどねー。

 

 今月も毎日の業務であるアルミのパン箱と、テイクアウト用に貸し出していたバスケットの回収に行くついでにお邪魔した。

 うちはイートインスペースを設けない代わりに、「cafeだんでらいおん」に持ち込みOKにさせてもらっている。

「cafeだんでらいおん」で食べるお客様には清算の時にバスケットに商品を入れて持って行ってもらってるんだ。

 この辺りは家で調理するのは夜だけで、朝とお昼は買ったりお弁当の人が多い。

 千秋さんはお客さんが増えたにもかかわらず、お昼の多忙な時間に持ち込みしてもらえるようになってちょっと楽になったそうで、これぞまさに、ウィンウィンの関係ってやつです。

 ちなみに千秋さんも手作りパンを出したくて挑戦したけど、肉球+毛の右手のせいで断念したそうです。


「いらっしゃい、おつかれさま」

 朝のうちに「今日お邪魔していいですか」と宣言していたので、ほわり、と笑って迎えてくれる千秋さん。

 猛々しい百獣の王、ライオン。

 しかも黒獅子なんてファンタジーだったら最強レベルの響きなのに、この骨抜きにされそうな雰囲気。

 ああ、癒される……

 

「おじゃまします」

「今日のコーヒーは酸味強いんだけど、違うのにする?」

 いつもは「今日のおすすめブレンド」をお願いするんだけど、私が酸味が強いコーヒーが苦手なのでそう聞いてくれる千秋さん。

 千秋さんは常連さんの好みはすべて覚えているというプロフェッショナルで、コーヒーを淹れるのも本当にお上手なので。

「いえ、今日のおすすめで大丈夫です。前みたいにあっさりめにお願い出来たら……」

「了解。さっと落とすね」

 酸味のあるコーヒーの良さがいまひとつ分からなくて申し訳ないけど、千秋さんは笑顔で応じてくれた。

 

 そんな風にオーダーしながらお目当ての若い女性向けの雑誌を手に取り、いつもの窓際の席に座る。

 美容室でさ、雑誌持って来てくれるけど美容師さんの視線が気になる方なんデス。

 いや、美容師さんも仕事中だから後ろから紙面を見たりはしないとは思うんだけど、ファッション誌だってあるじゃないですか、こう見られるとちょっと恥ずかしい記事とか。

 カットしてもらってる間にそういうページを見られない人なんですよ。

 なのでカウンターではなく、窓際席へ。

 カウンターに座ったら千秋さんもすぐ前に出せばいいだけだから、申し訳ないなとは思うんだけど。


 私好みに淹れていただいたコーヒーをすすりながら、雑誌のページをめくればそこにはやたらとハートが飛んでいた。

 ああ、本当に春が近いなぁ。

 今月号の特集は「<最新版>相性のいい種族ベスト30! 気になる彼との相性」、「彼の困った癖と付き合う方法徹底研究」。

 異種間のカップルも多いので定期的にこういった特集が組まれて、春秋は毎年確実にこういった記事が占める割合が大きい。

 図書館に行けば専門書が取り揃えられているくらいだ。

「動物占いみたいねぇ」と母はよく分からない事を言ってたけど、私もここに来て恋愛を諦めたとはいえ花も恥じらえ、な24歳。

 当然この手の記事は大好物。

 しかも動物同士の相性だからね、動物好きにはたまらないものがあるんだよ。


 ふと思い出して窓際の席からカウンターに声を掛ける。

「来週末は幼稚園の卒園式だそうですよ。2本にしましょうか?」

 近所の幼稚園の卒園式はお昼までで、お昼代わりに「caféだんでらいおん」に寄るご家族も多い。

 いつもの納品は食パン1本だけどそう聞いてみた。

 親御さんはうちからのテイクアウトでお総菜パンの人もいるけど、卒園というお祝いごとかつ、お疲れモードのせいかまっすぐ「cafeだんでらいおん」に入るご家族も少なくない。

 お店だと手が少々汚れても気にしないという理由もあるらしく、サンドイッチがいつもより多く出るし、ちびっ子にはフレンチトーストが人気だったはず。


「ああ、もうそんな時期か……そうだね、じゃあ前日も多めに入れてもらおうかな。フレンチトーストの仕込みをしときたいから」

「そうしますね。あと限定の方ですけど、今年はちびっ子用に小さめも作ってみようかと。どうですかね?」

 大家さんで、散々お世話になっている事もあって千秋さんの所だけには「caféだんでらいおん」でしか食べられない「限定メロンパン」を納めさせていただいています。

「あ、ホント? それはいいかも。普通サイズ10個、小さめ20個くらいかなぁ」

 千秋さんのしっぽがピンと立ちあがったらしく、カウンターの向こうにネコとは違う、先だけちょっと毛が房になったような特徴的なライオンしっぽが見えた。

 何か期待するみたいに声が嬉しそうだし、『ちびっ子用メロンパン』の響きにくすぐられるものがあるのかあったと思われます。

 明日は試作品をお持ちしよーっと。



 この世界に来てもうすぐ3年になる。

 半人半獣ってキメラみたいなバイオレンスな世界かと思いきや、平和にのほほんおとぎ話の世界。


 トリップした直後は色々気になったけど、いまはすっかり馴染んでしまって、ここに来てよかったとも思えるようになった。

 父は退職金も年金も吹っ飛んだけど、「定年後、海外で悠々自適に人生の楽園生活するのと似たようなもんかな。あっちじゃ絶対無理だったろうけどねぇ」なんてのんびり言ってるし、あんまり気にしてない様子。

「むこうじゃ老後が心配で仕方なかっただろうなー。いきなり行方不明だろうから、仕事の引継ぎできなかったのは申し訳なかったけど」とか言っちゃってる。

 確かに私もあのまま日本にいたら良くて社蓄、ニートはさすがに避けたいけどフリーターの可能性もおおいにあった。


 それがこの世界は、税金は高いけど社会保障は北欧並みで老後の心配がない!


 核どころか銃器もなければ戦争もない。

 クリーンエネルギーの技術が進んでいて、地熱・風力・水力・太陽光といった使えるものはすべて使う姿勢。

 なので電気っぽい物が使えるのも本当にありがたい。


 異種交配も問題なし。

 異種間ハーフも個性として認められ、「まじで? お前カッケー」くらい軽い。

 この、個性を尊重し、寛容な姿勢は今の日本にも必要なものだと思う。


 白鳥と馬の血縁者でまさかのペガサス誕生。

 サイズは残念ながら大型犬らしいけど。

「飛べる馬」はさすがにこの世界でもレアだったらしく「ツチノコ」発見とばかりに連日報道の大騒ぎとなったけど、この世界にはすでにツチノコさんはいた。


 普通にいた。


 テレビはないからラジオみたいな音声放送と新聞になる。

 ミノタウロスもケンタウロスもいるのに、ペガサスで騒ぐのが少し不思議なんだけど。


「もうそんなシーズンかい。奈々ちゃんはこっちに来て3年になるのかねぇ。すっかり馴染んだのぉ」

 カウンターの一番奥に置かれた円形クッションの中から笑い声が聞こえた。

 こちらが「caféだんでらいおん」の常連のおじいちゃんツチノコさん。

 よくカウンターの特等席の座布団に丸まってらっしゃる。

 それはもう、住んでるんじゃないのかってくらい。

 もともとアニマルランドに生息したのか、それとも蛇と何かの混血でツチノコなのか、気になるけど恐れ多くていまだに聞けない。


「そろそろ2号店でも出さないのかい?」

 我がクサカベーカリーは家族3人の零細企業なので作るには限りがあって、完売次第閉店とさせていただいてる。

 夕方前には完売しちゃうので、姉妹店のご要望もいただくんだけど。

 生地を素手で扱える人がなかなかいないという、現実。


 そして━━

「父が『広げすぎた屏風は倒れる』と申しまして。まぁ生活出来てるんで、そう言ってくださる方には申し訳ないんですがしばらくはこのままだと思います」

 一瞬、「屏風って通じるかな」と思ったけど通じたらしい。

 ツチノコのお爺ちゃんは円形クッションからちょこっと頭を出してニコニコ笑っている。


 いつも完売で早目に閉めちゃうのは申し訳ないとは思うんだけど……調子に乗って企業拡大とかして異世界で倒産、なんて事になったら立て直せる気がしない。

 精神的に死ぬ。

 ただでさえ着のみ着のままでこちらにやってきて、生活資金やら開業資金やらを補助していただいた身。

 そんな危ない橋は渡れない、というのが我が家の共通認識だ。

 お店兼住宅の賃借料だって『収入に応じて無理のない範囲で』って超格安で、千秋さんへの支払いの不足分は町が補てんしてくれてる。

 もうホントね、「しっぽのないお客さん」の待遇が良すぎて逆に『真面目に働こう』って確固たる意志で日々生きてますよ。

 希少種の保護って言えばそれまでなんだけど、ものすごく大事にしてもらってます。


 私達「しっぽのないお客さん」が遵守するのはただ一つ。


「暴力・武器・争い・過度な文化を発展させないこと」

 

 ここにはそういった概念がないから、これは正しい。

 持たない・持ち込ませないと一緒だ。

 これを提唱したのはここに初めて落ちたとされる「しっぽのないお客さん」だそうで、その方は大変な人格者で、偉大だと思う。


 下半身が馬と聞いて咄嗟にあらぬ事を考えた私とは違うわ。


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