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7、我が家の家業

「冬ごもり」も「どんど焼き」的イベントも終わってまだ寒い朝。

 外の掃き掃除を終えて「OPEN」の看板を店の前のテラスに引っ張りだしていたら、キィーキィーという声が朝の空に響いた。

 ワシザキさん、今日のランチはパンですか。

 それとも朝ごはんを食べる時間がなかったのかな。


 空のパトロールを担当しているお巡りさんはイヌワシのワシザキさん。

 2メートルくらいの身長に警察の制服着用の腕には大きな翼。

 常に裸足の足には鋭い爪が生えていて、それは見まごう事なく猛禽類のたくましい足。

 顔の回りは黒っぽくて、先に向かって茶色に変化する羽がオールバックみたいでワイルド。

 鷲鼻に眼光鋭い精悍なヒトの顔で、一見ちょっととっつきにくい印象なんだけど、話すとノリが良くて面白いお兄さん。

 我が家がこっちに来た時も、森の私達に気付いて役所の白ウサギさんに連絡してくれた方だ。なんでも第一村人発見ならぬ「第一の接触担当」は出来る限り役所の担当者じゃないといけないらしい。


 店内に入っていつもの肉まんみたいなお総菜パンを3種類、アルミホイルで固めに包装して外に出る。

 これがうちのベーカリーが繁盛している理由。

 こっちには具材などがないシンプルで素朴なパンが主流だった。

 手が汚れると大変だという理由もあるんだと思うけど、それならば、と肉まんみたいに具材をパンで包んで食べやすくして販売したところヒットしました!

 しかも他にパンを作る人はいないのでパクられる心配はない!


 母の思い付きで勢いで開業してしまったパン屋だけど、母は日々ワイドショーの食べ歩きコーナーをチェックしてた人だったのが幸いした。

 流行のパンを片っ端から再現する努力の甲斐あって完成作は次々空前の大ヒットを飛ばし、大繁盛。


 うん、パクられることはないけど、こっちはまるパクリってやつだね!

 でもこっちで生きて行かなきゃいけないんだから、そこは許して欲しい!


 なんでもかんでも包んで形成するのでちょっと中身が分かりにくくてレジ泣かせなので、値段は大・中・小の大きさによる3パターン。

 小さいネズミさんからゾウさんまでいらっしゃるので「一般的な大きさ」という定規が全く役に立たなくて苦肉の策だったんだけど、「パンの概念を覆す革命的な食べ物と、斬新な商売方法」だとオープンしてしばらくした頃に新聞に載ったくらいだよ。

 地方紙だけど。

 「しっぽのないお客さん」の自立支援の意味もあって、それは持ちあげまくった記事を掲載していただきました。ありがたや。

 ありがたいと言えば、ネコは血液が固まるから玉ねぎがダメ、とか、犬はチョコレートはダメ、とかあっちじゃ色々あったけどこちらは「アレルギー」という言葉の存在さえ怪しいくらいなんでも食べていいらしくて、これはもう本当に助かりました。 


 包んだパンをもって通りの真ん中に出て、空に向かって大きく手を振って合図を出す。

 さて、やるか。

 力を入れ過ぎて潰さないように気をつけながら両手でパンを持つと、「せーのっ」とばかりに頭上に向けて思い切り放り投げる。


 運動能力が低い私が投げるんだから、多分地上から3メートルくらいの高さまでしか投げられないと思うんだけど、急降下したワシザキさんは速度を落とさないまま、足で包みを華麗に受け取ってくれた。


 猛禽類の捕食光景さながらの受け渡しは何回見てもかっこいい!


 「いってらっしゃい、頑張ってくださいねー!」と叫びたいところだけど朝なのであまり大きな声も出せず、代わりにジャンプしながら大きく両手を振ればワシザキさんは一度キィーと鳴いて手を振り返してくれた。

 代金はいつも帰りに払いに来てくれる。

 ワシザキさんはお巡りさん。

 なのでこれほどの信頼はなく、ツケもOKです。

 

 そして朝7時前に1件だけ配達に行く先が、お隣にある「cafeだんでらいおん」。

「だんでぃ・らいおん」じゃない。

 そりゃマスターはダンディー感満載のたてがみをお持ちのハンサムなライオンさんだけど。

 落ち着いた緑色の塗り壁と、木の窓枠が可愛い店構えで、和訳すると「たんぽぽ」。


「おはようございまーす。クサカベーカリーです」

 開店前なのでお客さんがいないはずだけど、この世界は自由な御仁が多いので念のため確認してから通りに面したドアを開けた。

 店内のカウンターにいる事の方が多いから、いつでも表から入っていいとは言われているけど、そこは一応気を遣っている。


 そして「クサカベーカリー」がうちのパン屋の店名。

 両親の趣味だから!

 ブゥランジェリーとか提案したけど「分かりやすい方がいい」と言う事でこんな不憫な名前になりました。そりゃ遠い目にもなりまさぁ。


「おはよう、奈々ちゃん」

 そう朝から爽やかな笑顔で柔らかい美声を響かせてくれるのは、今日もバリスタを思い起こす白いシャツに黒いエプロン姿の千秋さん。

 地球にはいなかった黒いライオンなのは、ひいひいお祖父さんが日本人だった事に起因するらしくて、そのせいで名前の表記もこの辺りでは唯一「春川 千秋」と漢字なんだそうだ。

 他に妙に日本人っぽい名前が多いのは「しっぽのないお客さん」みたいでカッコ良くない? とキラキラネーム的に名付けられる事が多いかららしい。


「日系2世とか3世みたいなカンジかしらねぇ。日本語も通じるし、なんだかハワイみたいねぇ」と言ったのは母だ。


 異世界をハワイと同じ感覚で言っちゃうなんて、オカンの感覚恐るべし。

 人間絶滅なんて恐ろしい事を言っていたのに。


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