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6、真実を受け入れるための大人の採決

 それはこの世界に来て3日目の朝のこと。

 宿の一室を重苦しい空気が支配していた。

 家族3人でテーブルの中央に置かれた書類に目を落とし、相手の様子を窺う。


「では隣町のパン職人の所へ弟子入り体験プランを作成しておきますね。必要書類はこちらですので、記入していただきまして明日ご提出お願いいたします」

 そう言って昨日「しっぽのないお客様が社会適応するためのお勉強会」帰りにイナバさんから渡された書類。


 誰が言う?


 そんな無言の牽制が続いている。

 少年漫画にありそうな「精神世界で闘う」の図。

 もしくは「どうぞ、どうぞ」の譲り合い。

 全員分かっていた。


「言ったら最後。現実をつきつけられる」


 ……言いたくない。

 

 これ、夢じゃないよね。


 その一言。

 最後通告とも言える発言権の譲り合いで、最終的に「大人の決め方」が採択された。


「いいか? 最初はグーだぞ」

 緊迫した父の声。


 うん、もうここまで来たらジャンケンとか要らない気がする。

 もう言っちゃってるよね。

 しかしながら家長の顔を立て、父に従った。

 ちなみにうちの父は壊滅的にジャンケンが弱い。

 最初は必ずパーな人で、私と母はチョキを出すかどうか毎回悩む。

 その位、家族仲はいいんだけど……今回は家長に発言権を譲ることにした。


 チョキ一択、あるのみ━━



 氏名と年齢と性別と持病。

 家族関係。

 未婚か既婚か。

 

 ジャンケンに負けた父に書類の記入も押し付けた。

 事務職だから適任者だし。


 そう思ったのに、父はポツリと言う。

「書けない」


 ここに来て何を無駄な抵抗を、と思ったけど理由があった。

「読めるのに、書けないんだけど」

 父は困惑顔でこちらを見てきた。

 ちょ、おとーさん、なんて顔してんの。


 見た事もない幾何学的な文字を、読む事は出来る。

 それなのに書けない。

 当然だよ。言語が違うんだもん。

 読めるのがおかしいんだよ。

 でもずっと夢だと思ってたからスルーしてたんだよ。


「平仮名を読めるようになった小さい子と一緒ねぇ。なんとなくで読めるんだけど、覚えてる訳ではないから自分じゃ書けない、みたいな」

 母ののんびりとした例えで、我が一家の識字レベルが幼児並みだと判明した。

 英単語がなんとなくで意味が分かるけど、書けと言われたら綴りが分からない、と同じだった。

 読めるのも話せるのも、チートってやつか。



「えっ、三日も夢だと思ってたんですか?」

 仕方ないので未記入の書類をもって約束の時間に役所に行けば、驚いたのかイナバさんの長い耳がピーンと立ちあがった。

「マニュアルではだいたい翌朝には現実を見るから、初日はそっとしとけって書いてあったんですけど」

 初日に現実を突き付けるとパニックを起こして面倒だから、って事らしい。

 うん、間違いない。


 夢だと思ってたせいでノリノリでこの世界の解説を聞いていた私達。

 いただいた「しっぽのないお客さん向け」テキストにはこちらの言語が印刷されていたけど、そこに私は日本語で「重要ポイント」的なメモを記入していた。

 異なる言語の文字が並んでいてもそれに全く気付かないくらい、すんなりと読めたんだから夢だと思っても仕方ないと思うんだけど。


「それにしても3日は長いですねぇ、あはは」と笑われる。

 まったくです。

 諦めが悪くてすみません。

 でも先輩達、偉大だな!

 よくそんな現実あっさり受け入れられましたね!


 あの日のスーツと眼鏡は演出用だそうで、2日目からはラフなポロシャツみたいな格好をしている。

 マニュアルに「落ちて来た『しっぽのないお客さん』の案内人は正装のウサギがセオリー」という記載があったかららしい。

 かつてこちらのアニマルな世界に落ちて来た先輩達の入れ知恵だと思われる。


「だいだい100年毎くらいでいらっしゃるんですよね。場所はバラバラなんですけど」

 イナバさんに代筆してもらっていると、カウンターの上をツタタタタと走って来てくれたハムスターさんがニコニコと教えてくれた。


 体長10センチ足らず。

 どこからどう見ても、100パーセント、ハムスター。

 服は着てないけど、しゃべってます。

 ほっぺがちょっと膨らんでるように見えて、本当に愛らしくていらっしゃるんですが、口に何か入れてますか? 今お仕事中ですよね?

 いえ、本能でしょうし、可愛いから全然いいんですけどね。

 昨日「世界を知ろう・入門編」的なレクチャーを受けた時にも聞いたし。


『全てのいきものの祖先はヒトである』


 それがこちらの根幹だそうです。

 つまり、この世界の生き物は、全員が例外なくヒトの遺伝子的な物を持っているって事らしい。

 いかに人間に近い姿でも、動物のお耳と尻尾は必ず備えて生まれてくるそうです。

 もふリストにはたまんない設定だろうなぁ。


『外見が動物に近いほど動物的で、欲求に忠実かつ本能的。

 外見にヒトの要素が増えるに比例して人間的になる』


 テキストに太文字で記載されていた。


 つまり見たまんまって事らしくて、分かりやすいのはありがたい。

 それにしてもハムスターさん。

 頬袋に何か入れたまま、そんなに滑舌よくしゃべれるなんてすごいですねッ。


「大丈夫ですよ、すぐ慣れますよ。みなさんこっちの方がいいっておっしゃってくださってるアンケート結果もありますから」

 そうイナバさんが言えば。


「大昔ですけど一人だけ元の世界に戻られて、もう一回こちらに帰って来られた方がいらっしゃったそうですよ。チキュウ、でしたっけ? その方はこっちに戻れて良かったとそれは喜んでいたと記録されています」


「大通りで絶叫レベルの号泣だったとまで記録されてましたからね。よっぽど嬉しかったんですねぇ」


 イナバさんとネズミさんが感慨深そうに頷いていたけれど。

 ほのぼの頷きあう姿はまさに絵本のようで、癒される光景ではあるんだけれど。


 それは違うと思う!


 日下部一家、全会一致のツッコミを心の中で叫んだ。


 ちなみに。

 黙ったままでいる訳にもいかないし、と「就職浪人」の件を告白をしたけれども。

「いつまで経っても内定取れたって言わないんだもん。そんなの薄々分かってたわよ。こんな時にそんなの後にして」

 母に怒られた。

 怒られるのなんて中学生以来かも。

 その直後、母は「もしかしてここって人間が絶滅した未来なんじゃない? タイムスリップしちゃったんじゃない?」なんて言い出したので、そんな話より自分の発想を発表したかったに違いない。


 うん、こんな時にどうでもいい話をした私が悪かった。

 タイミング考えなくてごめんなさい。



これにて過去の話題は終了。

さぁ、恋愛パートにひた走るぞー!


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