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24/24

24、にゃんこ姐さんも母もえげつない。愛なんだけど。


「ねーえ? ちーちゃんってサ、トゲあるノ?」

 閉店したcaféだんでらいおんのカウンター内で明日用のガトーショコラを作りながらニーニャさんが突然そんな事を言い出すもんだから、金属のお盆が床に落ちたものすごい音が響く。

 そりゃそんな事を私の前で聞かれたら動揺するでしょう。

 持っていたお盆を取り落とした事に構う事なくニーニャさんを見る、千秋さんの驚愕の表情はそれはもう、壮絶だった。


「ニーニャ!」

 制止するように名を呼ぶ千秋さんと、対して「そんな態度の意味が分からない」とばかりに怪訝そうな顔のニーニャさん。

「だって大事なことでショ。ねぇ? 奈々?」

 って、こっちにそれを振りますか!

 まぁ知ってるけどね!

 確かに大事ではあると思うよ!?


 あれだよね!

 はい、生物学的な話ですからね。

 さらっとちゃっちゃか行きますよ。


 めす猫が交尾終了と同時に「こンのヘタクソが!」と言わんばかりにブチ切れでおす猫に高速猫パンチを繰り出す、その原因。

 その話をしてるんだよね、ニーニャさん!

 はい、正解は「猫は痛みによって排卵する刺激排卵をする動物だから」です!

 おす猫の性器には排卵を促すための「かえり」がついてて、それが抜く時に痛くてブチ切れるという。

 うん、若い女の子向け雑誌のそういう特集の時は毎回取り上げられている、ある意味定番の話題なので。

 

「あー……まぁ、知識としては」

 なんだろう、この終わった感。

 キツイ。


「ニーニャ、お前もう上がれ」

 千秋さんは脱力を隠せない様子で追いやるように手を振った。それはまさに猫をしっしと追い払うような仕草で、千秋さんのダメージの大きさを物語ってる。


 それなのに、ニーニャさんはまだおさまらなかった。


「え、ちーちゃんお店に置いてる雑誌読んでないの? 若い女の子向けの雑誌によく出てるよ。恋愛特集とか。読んどいたらいいよ。奈々の知識がどんなもんか分かると思うよ」


 分かってる。

 ニーニャさんが純粋な気持ちで言ってくれてるのは分かってるよ。

 こっちの皆さんにしたら大事なことで、ごくごく普通の話なんでしょうとは思いますよ!

 こっちもすっかり失念してたから、この先気付いて悩む事になるのも目に見えてるけど!

 でも!

 こんな、「私、何か姐さんの気に障るような事しましたか」ってくらいえげつない目に遭ってる気になるのも仕方ないと思うんだよね!


「よし、あとは焼きあがりを待つだけだから帰るワ。ちーちゃん、焼きあがったら粗熱とって冷やしといてね」

 オーブンを閉めてやっとエプロンを外すニーニャさんに、千秋さんは恨みがましい視線を送っている。

「おつかれさん」

 上着を羽織ってマフラーを巻くニーニャさんを、脱力しきった様子でそれでも労うところが千秋さんらしい。


「じゃ、また明日ネ。あーさっむ! やっぱこっちの冬は寒いわネ」

 ニーニャさんは表通りに面するドアを開けると同時に、寒そうに肩をすくめた。にゃんこさんは暑い寒いに素直だもんね。

「あ。奈々、外見てみなさいよ。すっごい夕日が綺麗ヨ」

 つられて窓の外を見れば、向かいの壁なんかが真っ赤になっている。


 ニーニャさんが言うようにそれはものすごく綺麗でだったけど━━

 あの話題の後に二人残されたこの状況。

「えーっと……、前も言った気がするけどヒトの方が強いから」

 優しくて律儀な千秋さんはそれは言いにくそうに、ぎこちなく言ってくれたので何とか私も返答しようと頑張った結果。


「え、あ、はい、かしこまり……ました?」


 あ、今の。

 間違いなく違うね!


 ものすごく頑張って言ってくれたのは分かるけど、その優しさがなんとも申し訳なく、その後千秋さんとの間に自然と落ちてしまった何とも言えない沈黙は、当然ながら払拭出来るはずがなかった。

 そもそもニーニャさん、ネコ科のライオンも刺激排卵だけどハーレムみたいな「プライド」があるからトゲに関しては例外だった気がするんだけど。

 

 その後、たどたどしい態度で別れて帰宅する途中。

 今夜は雨になりそうだなと裏庭の物干しにかかったままのハンガーや洗濯ばさみの籠を軒下に入れていたら、近所のひつじ頭のメリーお婆ちゃんが通りかかってにこにこと手を振ってくれた。

「奈々ちゃん、今年は千秋さんの所で冬ごもりですって? 良かったわねぇ」

 やっぱりにこにこ。 

 絵本に出てくるようなふくよかな体型の、優しい顔立ちのひつじのお婆ちゃんのニコニコ顔はとても癒されるものがあるけど、そのセリフは私を固まらせた。

 まだ両親と、ニーニャさんにしか言ってないはずなのに。


「スーパーでお母さんに会った時、嬉しそうに言ってらしたのよ」

 にこにこ。


「『今年は娘がいないからいつもより贅沢する気なのよ』って」


 ……お母さん。

 スーパーのレジは店長夫人のオウムさんがやってらして、オウムの奥さんと仲良しの常連さんは九官鳥のおばさんじゃない?

 知ってるよね?

 そう言えば「ロブスターの追加しといたわよ」って言ってたけど、それってスーパーに行った時の事だよね?


 オウムのご夫婦の営むスーパーはこの辺りでは一番大きくて、猫も杓子もみんな利用するという状態からして━━私の冬ごもりの予定は早々に知れ渡っていた。


 隠す気は無かったけどさ。

 冬ごもり前にこれはなくない?

 26になったとはいえ、一応花も恥じらう嫁入り前の娘の「冬ごもりの夜」の予定なんですけど。

 そっちがそのつもりなら、じゃないけど開き直って千秋さんとお出かけする時は堂々と手をつなぐようになった。

 まあ「壁に耳あり障子に目あり」、ならぬ「ウサギの耳あり猛禽類の目あり」なこの世界。

 時間の問題だったってもんだと自分に言い聞かせて乗り切った。


「ずっと片手だけヒトの手って中途半端だなと思ってたんだけど」

 右のライオンの手を見ながらそう言って、表情を緩ませる千秋さん。

「こうやって手をつなげるし、和彦さん達みたいにおそろいで指輪もつけられる事を思うと、この手でよかったなって」

 嬉しそうに目を細めるその様子にキュンと来る。

 パンの製造中以外はいつも両親の左手の薬指におそろいではまっている指輪。

 でもアニマルな手がほとんどなこちらの世界ではその文化はなくて、千秋さんが嬉しそうにしているからそれを壊すような事はしたくなくて言葉に詰まった。


「夫婦でつけるものだって教えてもらって、憧れる」


 指輪のお意味をご存じでしたか。

 うわー、なんて言っていいか分からない。


「ヒトの手の方が便利なのは確かだけど、奈々ちゃんこっちの手も気に入ってるみたいだしね」

 そう言っていたずらっぽく肉球付きの黒くて太いライオンの手をグーパーと開閉させた。

 お見通しでしたか。


 冬ごもりの日の朝、自宅のキッチンには両親用と私達用と二匹のロブスターが妙に仲良く並んでいて、「食べ甲斐があるわねぇ」と母は笑った。

 私にまで「お父さんと二人で贅沢~♪」なんて言っていたけど、結局私達の分を追加オーダーしたから実質いつもよりお金かかってるよね。

 認めてもらえて、なんだかものすごく喜んでもらえてるようなので、ありがたいやら申し訳ないやら、恥ずかしいやらで結構私大変だよ?

 

 そう、今夜は冬ごもり。

 その前に気を引き締めて、今日は荒稼ぎさせていただきます。

 この世界にもすっかり馴染んだもんだよ。


 ちなみに心行くまでモフリ倒そうとうっきうきで迎えた初めての「恋人と過ごす冬ごもり」だったけど、結局のところは「日本的恋人達のクリスマス」と同義だった。

 うん。

 まぁ結局そうなるよね、的な。


 昨夜は見るからに「おお、こりゃフンパツしたな」なロブスターをいただいて、翌朝目を覚ましたらそこにモフモフがあって、そこに顔をうずめて、そうしたらおでこに鼻を押しつけるような軽いキスをもらえるなんて、こんなご褒美いただいていいんですか、こんなに幸せでいいんですか。

 

「ヒトに近いとは言ったけど、実は春とか秋はちょっとつらかったんだよね」

 だから配達を和彦さんにお願いしてたりしたんだけど。


 なんて事を朝になって照れたように告白してもらった時には「本能でムラッと来るのを抑えていただいていたって事ですか」と申し訳ないと思いながらも、そんな風に思ってもらえた事が嬉しかったりして悶えかけた。


 ここに来て4回目の「冬ごもり」。

 また一つ新しい文化を習得して、これからもそうやって精進していくんだろうなぁと思います。


オス猫のかえり(トゲ)と、平然と存在するツチノコさんと、親子でジャンケンしてる姿が書きたいだけで始めてしまったので完結までに時間がかかってしまいました(最低)。

しかも全体を通してあんまりモフモフしてない気が……今回の反省点です。


千秋さんは男前だけど草食男子なので、アニマルなこの世界ではあんまりモテません。

ここではグイグイ行ったもん勝ちなところがあります。


夏樹さん&ニーニャさんカップルは元サヤの予定だったのですが途中から「ニーニャさんが都会に帰っちゃったら奈々がさみしいよな。ニーニャさんにはもっと幸せになってもらいたいし」ということでこの結果になりました。


というワケで次作は出落ち・ネタバレ感満載の「解せぬにゃんことコワモテのワシ」という別タイトルとしてニーニャさんネタを更新して行きますので、興味を持っていただけましたらこの下にある「作者マイページ」などからチェックしていただけると幸いです。


ちなみに夏樹さんは40才前後で長年同じ研究室にいた少し年下の女の子への恋心を突然自覚すると同時に「好きな研究に好きなだけ没頭してていいから結婚して」と口説きに口説いたあげく、最終的に泣き落とし一歩手前でしゃーなしで一緒になってもらった末、幸せにしてもらいそう。

そういうとっても幸せなお人です。

女の子は眼鏡のたぬき系(ただし言う事は鬼シビア)がいいなぁ。

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