23、モフモフ天国という至福。でもモフモフはおまけだった。
「この間のあれね、最後の確認だったんだ」
続けて肉球を見せるように右手を差し出された。
「違う世界、とか訳の分からない状況だろうにすごく頑張って、ここに馴染んで日下部さんちはみんなえらいなと思って。奈々ちゃんも明るくて誰とでも仲良くなれるし」
それは、八方美人とか、気が多いって言うんです。
「きっと和彦さんや美幸さんの育て方が良かったんだな思うんだけど、誰にでも優しくて明るいから俺もその中の一人なのかなって」
少しだけ陰った表情を見て、愕然とした。
片っ端から欲望のままアニマルなみなさんにデレデレむっはーしていたがために、千秋さんを不安にさせていたのだとしたら。
私、なにやってんだよ、と。
「でも夏樹が来た時、誰でも受け入れられるってワケじゃないのかって思って少し安心した」
晴れやかに笑って、でももう一度思いつめたような表情になって。
「あとはまぁ、体の違いとか気になるかな、ってのもあったし」
……すみません。
白状します。
「水かけ祭りって最終的には男の人、上は脱ぎますよね。実は見慣れてきてます」
下はちょっと想像もつかないですが。
「あ……」
思い出したのか千秋さんは決まりが悪そうに右手を口元に持って行った。
「奈々ちゃんの前では脱がないよう気を付けてたんだけど……」
見た? 表情で問われた気がした。
「あー、今年の夏に」
ビキニがスケスケ状態の私にTシャツを貸してくれた時に、実はけっこうガッツリ見てます。
首から下はヒトと変わらなくて、でもそこは動物だからか筋肉が素晴らしくカッコ良かった、とか……うん、今は言うべきじゃないな。
というよりもむしろ。
「あの、私ってしっぽ無しじゃないですか。逆に千秋さんの方が……」
気になるんじゃないかな、と。
それは怖くて言えなかった。
ここではヒトは完全に異質だから。
何の能力も持たないに等しいから。
毛とか、ほとんどないし。
いくら混血におおらかだといっても、完全に異質で、「しっぽ無し」なんて言葉があるくらいなのに。
「好きだよ」
高い所から降ってきた声とともに、こちらへそろりと挿し伸ばされたライオンの右手。
そちらの方へ体ごと向いて、その肉球に自然と左手を乗せていた。
嬉しそうに細められる目を見上げて、途方もなく安堵する。
「好きだって、言ってる時点でそういうのってもう、問題ないと思わない?」
ゆっくりとした声。
「大丈夫。ここじゃみんな違うし、ひいひい祖父さんのとこもちゃんとうまく行ってたくらいだから」
そうだ、千秋さんのひいひいお祖父さんご夫婦はヒトの男性とライオンさんだったと聞いている。
そして、ゆっくりとモフモフの手に力が入って、大きな手に私の手はすっぽりと握りこまれた。
「奈々ちゃんがいいなら、大丈夫だよ」
その手も声もあったかくて、なんだか泣きそうになった。
それなのに。
「前に奈々ちゃんがいた世界のライオンって一夫多妻って和彦さん達から聞いたんだけど……」
……なんて事を話してるんだろう、うちの両親は。
言っていい相手じゃないでしょ。
「うちの血筋はみんな奥さん一筋の人だし、俺は特にヒトの血の方が強いみたいだから心配しないでね」
「心配なんて、してないですよ」
「そう、よかった」
穏やかに、優しく微笑んでから何か考えるように黙る。
驚いた。
そういう人だとは知ってた。
でもこんなにたくさん考えてくれていたなんて。
黙り込んだ千秋さんを見て、その瞳に迷いがあって、何か躊躇ってるのが分かって。
それが何を躊躇っているのか、なんとなく分かってしまったので━━
「たてがみに手つっこんでもいいですか」
先にこちらの欲望を吐露した。
驚いたように少し目を見張ってから、すぐに穏やかに目が細められたのを了解と受け止めて立ちあがって首に両手を回す。
首元から両手をさしいれて、毛皮パートの厚さに驚きながら地肌をなぞってみる。
地球にいたライオンのイメージでもっとごわごわした毛だと思ってたのに、さらさらでありながらふわふわで、指通りなめらか。
そしてたくましい首。
ああ、男の人だ。
そう思った瞬間、ものすごい羞恥心に襲われた。
どうしよう。
この後どうしたらいいのか、どの方向に何をどう持って行ったらいいのか分からない。
モフモフを堪能させてもらうだけのつもりだったのに、ここまで強烈に千秋さんに男性を感じたのは、初めてで。
自分から言い出しておいて、こっちが途方もなく恥ずかしくなるなんて予想外だった。
戸惑って、途方に暮れて見上げると、じっとこちらを見詰める金色の瞳にかち合う。
ちょっと前までくすぐったそうに目を細めていたのに。
目をそらす事も、何か言う事も出来ず、少しだけ千秋さんに身を寄せる。
それが自然な事にしか思えなかったから。
千秋さんが身をかがめてくれたから、そこに吸い寄せられるように口づけた。
ライオンさんの、シュッと出た鼻。その下の口元に軽く口づけて、照れくさくて一度は離れたののもっと近付きたくて、モフモフに抱きつきたくて首筋の方へ少しずつずらすように何度も軽く口づける。
ライオンの手が背中に回って抱き寄せてもららって、ヒトの手でそっと頬を撫でてもらえて、距離が縮まったのをいい事に首に手を回すというのを無意識にやっちゃってた。
全体的につくりは違うはずなのに、何の不自由もなく、逆にどうして今までこうして来なかったのかと不思議なくらい、自然と出来てしまった。
それはもうガッツリめに、触れるだけの軽い奴じゃ済まなくなるレベルに。
雄だと、思った。
侮蔑する意味ではなく、普通に人間の男性相手にも使う意味での!
これはヤバい。
ギリギリまで追い詰められた感でいっぱいになった、その時。
「ごめん……言うだけの予定だったんだけど」
突然千秋さんはそう言って私の肩口に逃げて、自分を落ち着けるよう大きく息を吐いた。
さすが。
さすがです千秋さん。
ヤバかったです、私。
あまりに自然に出来過ぎちゃって、でもって厚くて大きい舌が「どうして」というくらい器用でいらっしゃって、ちょっと止まらなくなりそうでした。
「三年越しだったもんで」
そんな暴露とともに千秋さんはもう一度ふう、と息をつく。
まさかそんな。
そんな感じでしたか。
そんなにお時間を取っていただいたとは思ってもいませんでした。
何か応えなきゃまた千秋さんは色々考えて心配しちゃいそうなので、顔のすぐ横のモフモフに頬をうずめてぐりぐりしながらぎゅっと抱きつく。
温かくて、なんだか甘い香りがしたような気がした。
なんて幸せなんだろう。
それから、お互いちょっとぎくしゃくしながら、照れ笑いを交えつつ。でもって離れがたく感じつつ遅くなるのもいかがなものかと、まだドキドキしながら家に帰って、のろのろとカレンダーを見る。
あと半月くらいで冬ごもり。
またドキドキがぶり返してきた。
カレンダーの冬ごもりの日にはすでに父の字で「昼まで営業」と記入されている。
他のお店は冬ごもり前に休業に入るけど、冬ごもりの日中にお店を営業しちゃダメって法律がないのをいい事にうちは最後まで営業。
稼がせていただきます。
町の皆さんにも「助かるわぁ」と喜んでいただいています。
「おかーさん、今年の冬ごもりなんだけどね」
千秋さんもうちの両親にお願いに来るとは言ってくれたけど、やっぱ先に話を通しといた方がいいし、と思うものの言い辛い。
「私、お隣にお邪魔しようと思うんだけど、いいかな」
「はいはい。奈々お隣っと」
父が書いたメモの下の余白に母はあっさりと「な隣」と書き入れる。
「な」というのは私の予定っていう意味だから間違いないんだけど。
ん?
あ、意味通じなかった?
どういう事か詳細に説明しなきゃいけないの?
と思ったら。
私達の話を黙って聞いていた父がこちらを向いた。
「奈々子、よく考えなさい」
珍しく真剣な顔をしている。
ああ、うん。
ものすごく緊張した。
そりゃそうだよね、彼氏が金髪ロックンローラーとかよりもまだ特殊だもんね。
そう簡単に受け入れられないよね。
でも千秋さんに対してそんな反応を示すなんてちょっとショック……と思いかけた所で宣った。
「千秋くんと一緒になったら、うまくいけば猫耳の子供が生まれるかもしれないぞ」
……
「お父さん、すごいわ」
……今「天才か」みたいなノリで言ったね、おかーさん。
おとーさん。
おとーさんと言うのは世間一般で言う所の「男親」ってやつでしょ。
何を言い出すかな。
ああ、そうだ。
役所のイナバさんも言ってた。
こっちに来る『お客さん』はここに来るべくして来るもので、適正があるって。
動物アレルギーの人が来たら大変だもんね、とか言ってたけど、うちが選ばれたのは絶対この二人のせいに違いない。
理解があるのはありがたい。
非常にありがたいんだけれども。
もうイヤだ、この両親。
「はじめに千秋くんをうちに呼んだ時に、お父さん千秋くんに諭されてるし。女の子のご家族と過ごすのは婚約したって事だから、って。なぁ母さん?」
「そうよー。でもまわりに誤解されても千秋さんならいいかな、って。どうせ『お客さん』のする事だからって大目に見てもらえるでしょうし」
父の言葉にからからと笑う母。
……明日、千秋さんにこれまでの事を謝ろう。
奈々さんは実は『奈々子』さんが正式名称でした。
あっぶねー、うっかりR18レベルの表現に暴走するところでしたわ。
うちの男性キャラの中で一番の草食タイプだったから油断してました。
千秋さん、エロさがハンパなかったっす。




