21、あの日、美ニャンコさんとツチノコお爺ちゃんは
今回はニーニャさん視点でお送りします。
これから雨になるだろう昼下がり。
みんな雨が降りそうなのは勘で分かってるから、ちょっと前からお客さんがぱったり途絶えた。
あ、奈々が走ってくる。
雨が降ってきて、奈々がパタパタ慌てた様子でこっちに駆けこもうとしてるのが分かったからちーちゃんに向けて言った。
「ワタシ達、別れた方がいいと思うノ」
ま、夏樹とワタシって意味なんだけどネ。
裏口から入って来た奈々は「アンタそれ、乾くわヨ」ってくらい目を見張ってそのまま固まって、裏口から入ってきたのに、挙動不審な態度で表から出て行った。
ウン、いいカンジじゃない?
ほら見なさい、ちーちゃん。
これがどういう意味か分かるデショ?って思ったんだけど━━あれ、あの子、家に帰らなかったな。
なんかフラフラ歩いて行ってるケド。
「あの子、どこ行くんだロ」
追いかけた方がいいんじゃナイ? の意味でちーちゃんに目配せするのと、ちーちゃんが動き出すのは一緒だった。
さすが。ずっと奈々見てたのネ。
「ちょっと頼んだ」なんて奈々の方だけを見て肩で風を切るように出て行こうとするから。
「ちーちゃんなんで言わないノ? 遠慮してるノ? 『お客さん』だカラ?」
外に出ようとするち-ちゃんをつかまえて、慌ててるタイミングで質問攻めにしたら答えるカナと思ったけど、「ちょ、ジャマ」と棚のフックに引っ掛けられた。
幼馴染には雑なもんだ。
奈々を追って行く背をニヤニヤ笑いながら見送ってから、首の後ろのフックに手を伸ばして引っ掛かっている襟元を外して床に降りる。
後ろ姿なんてホント瓜二つ。
……やっぱちょっと、羨ましいかな。
追いかけてもらえる奈々がうらやましいのか、ああやって、素直に追いかけられるちーちゃんがうらやましいのか。
まぁ、両方なんだろうなぁ。
「ニーニャさん、貴女はとても耳が良かったですよね」
カウンターの一番奥の円座クッションの中からひょっこり顔を覗かして、ツチダ先生は笑顔で穏やかに言った。
先生、そういえば居たワ。
まあ見られてどうこう言うもんでもないんでいいんだケド。
「まぁ、けっこうネコの血が強いみたいで」
「そうですね、貴女はいつも遠くの教師の足音を聞きつけておとなしくしていましたもんね」
……バレてたカ。
でもそれは先生の足音が独特で派手だったからってのもあるんだケド。
ぴたーん……ぴたーんって、ジャンプしながら来るからさぁ!
「奈々ちゃんが来るの分かっててわざと言ったでしょう?」
あ、そっちもバレバレでしたカ。
てかこんなの誰だって分かるヨネー
でもなー
「あの二人ほっとくと何にも進展しなさそうだったンデ」
もうホント。
何か月も見てるけど、何やってんだか。
しかも3年もこんな状態って!
「相変わらず面倒見がいいですねぇ」
ニコニコしながら言うのやめて、先生!
それは不本意な買いかぶりってもんだからサ!
目を細め、のんびりと感慨深そうに言われて実に居心地が悪い。
「あ、ちょっと洗濯物取りこんで来マス。すぐ戻るカラ、お客さんが来たらよろしくお願いしマース」
白々しく言って裏庭に逃げた。
ちーちゃんとは幼稚園に入る前からの付き合いで、ここじゃ自分に出来ない事は手伝ってもらって、自分に出来る事は手伝うのが当たり前で、何も考えずに洗濯を取りこんだのだけれど。
奈々にしてみたら男の下着を取りこむのは出来ないらしい。
そうか、ワタシずっと夏樹と一緒だったからなぁ。
……あ、なんかまた腹立って来た。
※※
「あれ、何やってんの?」
外で左右交替で握手しているちーちゃんと奈々の姿を眺めていたら、夏樹が顔を寄せてくる。
近い。寄るナ。
「奈々が自分を嫌がらないかの耐性テストってトコじゃナイ?」
「は?」
夏樹はぽかんと、それは間抜面をさらした。
うん、まあそうなるでしょうヨ。
あ、ちーちゃん嬉しそう。
何か進展あったカナ。
「奈々ちゃん、絶対ちーの事好きだろ?」
やっぱ誰だって分かるよねぇ。
女心が分からない、研究命の研究馬鹿にだって分かるのに。
「それが上手く行かないのがあの二人なのヨ。ヒトの血ってそんなもんなのかしらネ」
動物に近いほど本能的って言うし。
ここまで来ると二人のヒトの血が邪魔してるって言われたら納得しちゃうレベルだワ。
「『しっぽのないお客さん』ってサ、ものすごくフレンドリーでパーソナルスペースが恐ろしく狭いんだヨ」
警戒心ゼロでホントひどいもんヨ?
奈々なんてセクハラされまくりだけど、本人は全然、まったく気付かずニコニコしててホント見ててイラッとするレベル。
「誰にでもそんなカンジだからサ、ちーちゃんも踏み込めないみたい」
頑張ってるとは思うし、高校生か、みたいなアピールは続けてるケド。
「あー、『お客さん』に家貸すって千秋から連絡あった時、うちの弟はついにその域に達したのかって思ったもんなー」
「どういうコト?」
「『お客さん』の生活圏内って出来るだけ安全に保つってのがあってさ。それが独身妙齢の男が隣人で、家まで貸すって、ねぇ? 年頃のお嬢さんがいるってのに聖人君子扱いされてどーなのと思ったけど」
そりゃお役所も千秋を指名するワケだ。
なんて夏樹は呆れたような素振りで外の二人を眺めてるケド。
うらやましいって顔。
ソレ、隠しきれてないカラ。
……ホントにネ。
「あ、ツチダ先生にご挨拶しなくていいノ?」
ふと思い付いてカウンターの奥の円形クッションを見ながら一応言っておく。
「……え? ツッチー、いたの? え、ずっと?」
夏樹は愕然とそちらを見やる。
今日もずーっと「指定席」で静かにされていたのダヨ。
「ちょ、ツッチーなんで黙って潜んでるの、意味が分からないんだけど!」
円形クッションを覗きこんだ夏樹は騒ぎだす。
ちょっといい気味だワ。
昔から優しくてあったかくて公平で、みんなに好かれてたツッチーこと社会科のツチダ先生。
先生の楽しみが教え子たちの成長ってのは知ってるけどサ。
そんな先生の食い付きが一番いいのは実は「教え子達の色恋」って、ワタシ気付いてるカラね、センセ。




